山岳系ロックスター「ブロック・ベイ」

ケーエス

私の推しは……

 ここは小学校の教室。

「さあ、じゃあ次は山野くらさん。お願いね」

「はい……」

 先生に指名された女の子はよろよろと立ち上がった。手には発表用の紙がある。周りのクラスメイトの視線が気になるのか、手が震えている。


「わ…私のは山岳系ロックミュージシャン「ブロック・ベイ」です」

 なんだよそれ、聞いたことある? とみんなコソコソ話をし出した。くらは目をきょろきょろさせた。

「みなさん、静かに。発表の途中ですよ」

 先生の一声で話し声が止んだ。くらは先生の目を見た。先生はニコッと笑った。


「ブロック・ベイは世界中の山のてっぺんでライブをやってます。アルプスの山々、アンデスの山々、エベレストとか富士山でも」

 有名な山の名を聞いてクラスメイトがまじまじと話に聞き入り始めた。

「ブロック・ベイはお父さんのえいきょうで聞き始めたんです。その、すごく、すごーくかっこいいんです」

 話しているときの体の揺れ具合から、彼女が確かにブロック・ベイが大好きなことはクラスメイト達にもわかった。


「これがブロック・ベイです」

 くらは机に置いていたもう一つの紙を取り出してみんなに見せた。途端にみんな吹き出した。

「なんだよそれー!」

「人間じゃないじゃん」

「やっぱニセモンじゃん」

 クラスメイトが口々に言い出した。

「ニセモンじゃないもん! 本当にいるんだもん!」

 くらは先生の顔を見た。先生までもが苦い顔をしていた。彼女の紙にプリントされていたのはレンガでできた人型モンスターだったのだから。


 くらは席に沈んだ顔をして座ってしまった。目からは涙がこぼれでていた。


 ▲


「みんな信じてくれなかった」

「そうか……。そうか」

 その日の夜、くらのお父さんはぐずつくくらにしがみつかれていた。彼は娘の頭をなでてやった。

「お父さん、次はいつ帰ってくるの?」

「そうだなあ」

 お父さんは壁にあるカレンダーを見た。

「次は南米に仕事に行かなくちゃならないからな……」

「早く帰ってきてね」

「もちろん。ブロック・ベイのライブにもついでに行くからな。スマホで撮っとくよ」

 お父さんはくらの顔を見てニコッと笑った。

「やったあ」

 くらも顔じゅうしわだらけになるほどの笑顔になった。


 ▲


 やっとだ。ここまで来た。くらは息を吸い込んだ。目の前にある看板には「ブロック・ベイ フェスティバル JAPAN」の文字がある。とうとう来たんだ。くらの胸の内は心地がよかった。今まで登ってきた富士の山を見渡す。登山は大変だけど推し活をしてきたかいがあった。


 小学生だったあの頃からこの時のために、汗水流して推し活をしてきた。筋トレ、高所トレーニング、低酸素トレーニング。全てはこのときのために。そして高校生になり、とうとうくらは自力でブロック・ベイのライブに参加することができたのだ。


「いよいよ見れる……」

 くらは期待で胸がいっぱいになった。あのかっこいい姿を、あのかっこいいサウンドを早く見せて欲しい。

 火口をぐるっと取り囲むようにして観客席が作られている。真ん中にステージとテントがある。くらは観客席の後ろの方に座った。登頂した者順に中央から座れるのだ。彼女にはまだ早いらしい。真ん中にいけばいくほど筋骨隆々の男女が座っているのであった。くらはその光景に圧倒された。

 父はこの風景をいつも見ていたのだろうかとくらは思った。彼女は反抗期に入り、父親と会話さえ交わすことも無くなっていた。


 ふと目の前の観客たちが雄たけびを上げた。ステージにはブロック・ベイの姿があった。

「ブロック・ベイ!!」

「キャー」

 観客と一緒にくらも歓声をあげた。ブロック・ベイが歌い始めた。


 積み上げた嘘があだとなって降り注ぐ

 正義の鉄拳が嘘を貫く

 たとえ台風に隠されても 嘘は隠せない


 今会場は一体となっている。バンドメンバーから奏でられるロックなバイブスが、ブロック・ベイの熱くとろけるような歌声と混じり合い、観客に届けられる。観客は熱狂し、その興奮を何倍にも増幅させる。くらもそれに巻き込まれていく。


 さあ暴け! 嘘を暴け


 サビに入ろうとした瞬間、突如突風が吹き荒れた。タオルやらなんやらが飛んでいく。くらは必死に前の人の椅子にしがみついた。

「うわあ」

「きゃあ」

 観客はみなひっくり返りの大騒ぎとなった。ステージ上でドスンと音がした。ついでに悲鳴も上がった。どうしたのだろう。くらは目の前の観客を盾にその様子を覗き、目を見開いた。ロック・ベイが倒れている。しかも頭の部分がとれて人間の顔がのぞいている。しかもその顔は――。   

「お父さん?」

 くらの声に周囲の観客が反応した。

「え?」

「いや、何もないです……」

 くらは慌てるスタッフに顔をはめられるロック・ベイの様子を茫然と見ていた。


 その後ライブは絶妙な空気になった。ロック・ベイ自身姿を見られたことでかなり動揺したのか声は震えていたし、観客もブルーレイで見るより歓声は抑えめだった。くら自身このライブをどう見ていいのかわからなくなってしまったのだ。


 ⛰


 数日後、ロック・ベイは活動休止を宣言した。くらは日頃やっているトレーニングをおろそかにし、母から心配された。自分の部屋のベッドに寝転がって天井をただぼーっと見ている。なんともいえない複雑な気持ち。あのロック・ベイがもうライブをやらない。でもそのロック・ベイは父だった。うっとうしくなっていた父。そんな父がかっこいいロック・ベイ……。信じられない。でも見てしまった。


 はあっとため息をついた。しばらく天井をみたままだった。そのまま眠ってしまいそうなほど。


 ふとベッドの下の引き出しを開けたくなった。何かあったような。のそりと体を起こし、引き出しの中身をまさぐる。中から出てきたのは拙い文字で書かれたあのときの発表用原稿だった。

「すっごくかっこいい………か」

 くらは微笑んだ。それと同時に涙もあふれてきた。正体が誰だろうと、ロック・ベイにいなくなって欲しくない。彼はいつでも私の推しだから。


 廊下で物音がした。父だ。胸騒ぎがした。もう1年まともに話したことはない。うっとうしいけど、お父さんはロック・ベイだ。

 心に決め、ベッドから降りてドアを勢いよく開いた。目の前には顔面蒼白の父が驚いた様子でこっちを見ていた。

「な、何……?」

 娘の唐突な登場に警戒感たっぷりだ。一瞬ためらったが、そんな父にくらは言い放った。

「ブロック・ベイ、すっごくかっこいい」

「な、なんだよ今さら……」

 久しぶりに見た父親の顔は健康だったが元気が無かった。じっと見られてるのがなんだか恥ずかしい。

「何だよって言葉通りだから、1回で聞けよ。じゃ」

 くらはいつものポーカーフェイスで扉をバタンと閉めた。茫然と立ち尽くす父を置いて。


 ▲


「ブロック・ベイフェスティバル! 今日もやってくぜえ!」

「イエエイ!」

 今日も会場の熱狂は最高潮だ。地球最高の地、エベレストは「山岳ロックスター」ロック・ベイの熱くとろけるような歌声とバンドメンバーのロックなバイブスが混じり合い、観客の興奮を最大限に膨張させている。スペシャルコラボアーティスト「KURA」が華を添えているのだから間違いない。


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山岳系ロックスター「ブロック・ベイ」 ケーエス @ks_bazz

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