ジャズとかヴァイオリンとか、プレシジョンとか。

宇目埜めう

ジャズとかヴァイオリンとか、プレシジョンとか。

 私の推し活は、彼あるいは彼女を毎日この手に取って座り、あるいは立ったまま、その声を聴くことだ。それから、彼らがどういう生い立ちで、どういう体の構造をしていて、あるいは、どういう顔でそういう声なのか──、とか、彼らの全てを知ろうと躍起になることもその一部かもしれない。

 私が推す彼らをもっと広く知らしめたい。もっと彼らを愛する人が増えてほしい。そのための活動も推し活といえるかもしれない。

 つまるところ、私が彼らのことを思ってするすべてが推し活なのだ。


 私が彼らに魅了されたのは、中学生のころのことだ。周りの友人が、見た目は似ているけれどもっと目立つあいつらに惹かれたりする中、私は彼(もしかしたら彼女?)に強く惹かれた。


 理由を上げたらキリがない。

 第一に、声が良かった。人によっては聞こえない彼らの声は、私の耳、そして、心をあっという間に魅了した。

 第二に、性格が良かった。声も大きく見た目もよく似たあいつよりも控えめで、絶対にいなければならない存在であるにも関わらず、わざわざそう主張することはない。そんな奥ゆかしさが良かった。


 どんなジャンルでもおそらく共通して言えるのは、推し活には金がかかるということだ。

 だから、中学生の私にできる推し活は、彼らの声を聴くことだけだった。


 高校生になるといくらか自由になる金ができた。その金を握りしめて、すぐに彼らにいる場所に向かった。

 そこにいた彼女に初めて触れて、私のためだけに、私の希望の言葉を囁いてもらったときのあの感動は一生忘れないだろう。私のぎこちない要望にも彼女は答えてくれた。

 私はそのまま彼女を連れ帰ることに決めた。握りしめていた以上の金がかかったが、そんなことはどうでもよかった。

 それからというもの、私は完全に彼女のとりこになった。


 高校生のときに連れ帰った彼女とは、数年を二人で過ごした。

 その後、何度か新しい彼らを迎えることがあった。そのたびに、それなりの金がかかった。改めて計算するのは恐ろしいが、全く後悔はない。

 今では、それぞれ特徴の違う彼らが私の部屋にいる。その光景を眺めながら酒を呑むのもまた推し活と呼べるかもしれない。


 最初に我が家にやってきた彼女は、真っ白な肌と丸みを帯びたボディラインが特徴的だ。一見、おしとやかで清楚な印象の彼女は、その見た目とは裏腹に、じゃじゃ馬だ。だが、そこが良い。

 一番新参者の彼は、全身を真っ黒に染め、ガタイがいい。そのせいか膝に乗せると、他と比べて少し重い。彼は、その見た目のとおり乱暴でパワフルな声を出す。


 近々、私はまた新たに彼らの仲間を迎えるつもりでいる。

 彼らを推している者としては非常に恥ずかしいことなのだが、ジャズの名を冠したものに触れたことがないのだ。

 あえて避けてきたわけではないが、王道をいきたくない私の性格が表れているのかもしれない。そもそも彼らを推すこと自体が王道ではないのだ。

 本当に彼らを推すのであれば、王道を押さえずして、なにが推し活か。そう思って迎え入れることにした。今から彼あるいは彼女と会えるのが楽しみだ。


 私の推し──、私が愛してやまない彼らは、存在感こそ薄いかもしれないが、音楽にはなくてはならない存在だ。


 名前は、エレクトリックベース。


 私の推し活は、彼あるいは彼女を毎日この手に取って、座り、あるいは立ったまま、その声を聴くためにあまりない技量で奏でることだ。そして、放っておいたら一向にその存在を主張しない彼あるいは彼女の存在を示してやることだ。


 低い音とすらっとしたそのシルエット。様々な奏法があって、様々なジャンルの音楽の屋台骨を支えている。

 エレクトリックベース。

 あなたも是非、推してみてはいかがだろうか。


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ジャズとかヴァイオリンとか、プレシジョンとか。 宇目埜めう @male_fat

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