異世界料理研究家、リュウジ短編集②〜KAC2022に参加します〜
ふぃふてぃ
キラービーと、パンケーキと
「ああ、もう。違うって!プツプツしてきたら、ひっくり返すの」
俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。
「ああ、今度は遅い、焦げてる。焦げてる」
「もうッ!うるっさいわね。材料、間違ってないわよね」
「小麦粉に浮雲羊のふくらし粉、グリフォンの卵と水山羊の乳、そして竹砂糖の煮汁。レシピだって完璧だ」
フライパンの上。無残に焼け焦げるパンケーキ……のようなモノ。
「あぁ、捨てるな。焦げてるところを削って、何か掛ければどうにかなる。えっと蜂蜜かシロップ……どっかにあったかな?」
台所横の棚を探る。
「もういい!」
「もういいとはなんだよ。料理を教えてくれって言ったのはソッチだろ」
「だったら、ちゃんと教えなさいよ。もう、さっきから何してんのよ」
「ベティにもらった米をフライパンで炒ってるの」
「なに言ってるか、分かんないッつ~の」
ルティはいつもそうだ。上手くいかないことがあると、何かと他人のせいにしては突っかかってくる。
「逆切れすんなよ」
「アンタが悪いんしょ」
「なんで俺が悪いんだよ」
口論の途中。俺たちの間に三人の男が割り込んだ。
「オマエが悪い。ルティさんに謝るっス」
「だいたいオマエが来てからルティさんはギルドに顔を出さなくなった」
「ルティさん、いつも、外に冒険に行ってばかり。俺らと酒を飲まない」
「「「どうしてくれるんだ!」」」
「知らねぇよ。だいたいオマエら誰なんだよ。勝手に人のウチに上がり込んで……」
「よくぞ聞いてくれた。我が名は怒号のロンメル」
「僕は、咆哮のスパーダ」
「オイラは絶叫のハンス」
「三人合わせて、俺達、ルルティア・コネクト親衛隊」
「三人合わせて、僕達、ルルティア・コネクト親衛隊」
「三人合わせて、オイラは、ルルティア・コネクト親衛隊っス」
あまりの大声に耳を塞ぐ。そして、声は合わせろよ。
「うるっさいわね!」
「五月蠅いのはこいつ等だろ。誰なんだよ」
「知らないわよ。アタシは行くわよ」
そういうと足音を大にして玄関へと歩を進める。
「これから子供たちがオヤツを食べに来るんだろ。パンケーキだって、まだ作り途中だってに……行くって、どこに行くんだよ。」
「そんなの勝手でしょ。だいたい、アタシは小麦が苦手なの」
「はぁ?ちょっと、待てって、それとコレとは……」
呼び止めようと試みるが三人衆が拒む
「おっと、それ以上は我々が!ルティ姉さん、ご機嫌斜めなんですか。甘いものはどうです」「ルティさん。ギルドに良い酒が入ったみたいっス」「奢る。あんな奴、忘れる」
——何なんだよ、アイツら
「ルティ親衛隊。いわゆる推し活ってやつです」
「うわぁ!なんだ、フィリスか」
「なんだとは失礼ですね。嫉妬ですか?」
「べっ別に、そんなんじゃ……」
フィリスは眼鏡をキラリとさせて「ははぁ~ん」と訝し気な目を向けた。
「ああ見えて、彼女モテるんですよ。男ばかりの冒険者ギルドに若い女性が一人ですから。明るいですし、見た目に反して気配りも出来る。一部の男性からはアイドルのように慕われてます」
「あの、じゃじゃ馬がね」
修道女の声を払うかのようにパンケーキを焼き始めた。気を利かせて、フィリスも手伝ってはくれたが、最後に言ったルティの言葉が気になっていた。
「まだ、落ち込んでいるのですか?」
「別に、俺は……フィリスは、ルティが小麦が苦手って知ってたのか?」
「気にしてたのは、そのことでしたか。私はてっきり……いえ。私は知ってました。別に食べるのが嫌いというわけでは、ないそうです。ただ、食べ過ぎると体が痒くなるとか、体に合わないのだと本人は言ってました」
——アレルギー体質か
「この前、ルティが言ってました」
「なんて?」
「リュウジさんの料理を食べて、久しぶりにお腹いっぱい食べれたって。フィリスの言ってた満腹って大切ね……なんて。彼女にしては素直ですよね。生きるために食べてる。昔はそんなことを言ってましたから」
「冒険者ギルドにも所属してるんだろ。食には困らなそうだけどな」
「この地で安価に手に入るのはパンくらいですから。食べれないときはライネ村の野菜か竹砂糖を齧ってました」
「そっか……」
(そういえば、異世界に飛ばされた時から俺の料理を疑わず食ってくれた。しかも美味しいと言ってくれたのが、ルティだったな)
「フィリス。この棚に、すり鉢がなかったかな」
「へっ!あ、はい。それなら、一番下の棚に」
「おお、あった。あった。サンキュー」
さっきまで炒っていた米をすり鉢で粉状にする。
「何を作るのです?」
「もちろん、パンケーキ。別にパンケーキは小麦じゃなくたって出来るんだ。アレルギーだから食べれないって、やっぱ、無いよな。食は平等じゃないと」
「えぇ、そう、ですけど……小麦なしでパンを作るなんて聞いたことがありません」
「大丈夫。まっ、どうにかなるさ」
グリフォン卵をかち割りボウルに入れ砂糖を加えてすり混ぜる。
水山羊の乳に少量の油を加えて混ぜ合わせたら、作り立ての米粉と浮雲羊の尾を乾燥させ粉にした、ふくらし粉を加え、更に粉気がなくなるまで混ぜた。
「フィリス、聞いてくれ。食べ物が人を幸せにすることは確かだ。しかし、時には命を奪うこともある。食中毒や今回のような食物アレルギーもそうだ。ひどい場合にはショック状態に陥ることもある。でも、だからって食べないのは違うと思うんだ。俺は料理研究家だ。皆が同じものを同じタイミングで食べられる。好きなものを好きなだけ。満腹食堂が、本当の意味での満腹食堂になる為に、俺は力を尽くしたい」
「いい心構えじゃない」
「ルティ!どこ、行ってたんだよ」
「キラービーの討伐クエスト。あ、そうそう。フィリス、この人達に治癒魔法をお願いできるかしら」
そこには、親衛隊として役目を果たしたのだろう。顔を腫らした三人衆がいた。修道女の詠唱。
「ほら、リュウジ、手が止まっているわよ」
フライパンを熱し、生地を流す。両面に焼き色がつくまで焼く。
「はい。キラービーのはちみつ」
「ルティ。このために……」
「せっかくなんだから、美味しく食べないと、でしょ」
「あぁ、そうだな」
夕刻前。子供達の笑顔が溢れる。貧困では普段あじわえないオヤツの時間。ふっくらと焼かれたパンケーキに注がれる甘い蜂蜜が、口の中いっぱいに広がる。
「美味しい!」「レオが他人の取った」
「泣かないの。私のあげる」「こら、レオ!」
「だって、ウマかったから」
「大丈夫だ。まだ、おかわり、あるぞ」
「やったー!」
「フィリスも、落ち着いたら……」
テーブルの端。処置中の修道女に目を向ける。揺れる三つ編みツインテール。神々しく光を纏う。
「リザレクション!」
三人衆は優しい光に包まれ、顔の腫れが引いていく。
「あったかい。治癒魔法、温かいっス」「フィリスの姉さん。これからは一生ついていきます」「フィリスは、僕らの、アイドル」
「へ!いや。私は、その……」
「俺達」
「「「三人合わせて、フィリスさん親衛隊」」」
「ああ見えて、彼女モテるのよ」
「推し活は続きそうだな」
戸惑うフィリスを横目にクスッとルティが笑った。俺もまた笑った。笑顔が重なる。
「ルティも、その……おかわり、するか?これは米粉だから、体に合うハズ、なんだ」
「もちろん食べるわよ。そんな、気にしなくてもいいのに。食べ過ぎなきゃいいだけの話なんだから。でも、その……ありがと」
こうして、今日も騒がしい日常が過ぎていく。
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