推しへの貢ぎ物

冬城ひすい

神様にだって推しはあるんです

あれ?

何だか身体がふわふわしている。

永い間眠りについていた気もするし、ずっと曖昧な存在でいた気もする。


わたしって、なんだっけ?

何も分からない。


見えているか、いないのか。

聞こえているのか、いないのか。

匂いがあるのか、ないのか。

味があるのか、ないのか。

感触があるのか、ないのか。


何があって何がないのかも不明なまま、柔らかく包み込まれるような夢を見る。


「前世でアイドルとして活動し、ブラックな雇用体制にも笑顔で頑張り続けていた水城哀歌みずきあいか。君の歌は天界にまで届いていたよ。神様の僕でさえ、虜にした君が早くにこちら側に来た時にはどれほど心を痛めたことか」


ゆっくりと声の存在が遠ざかっていく。

いや、正確にはわたしが落ちて行っているのかもしれない。


あれ?

今、わたしはわたしの存在を知覚した?

確かに水城哀歌という存在をわたし自身が受け止めて意識している。


「僕の祝福を受け、地上から再び、福音をもたらしてほしい。今度はきっと大丈夫。君は一人で泣く必要も悩む必要も苦しむ必要もない。前世で苦しんだ分、今世ではたくさんの人に縁を繋げておいで。きっとその誰しもが君に手を差し伸べてくれる――さあ、僕の推し、いってらっしゃい」


わたしのことを”推し”と呼んだ存在が蠟燭の火を消すように遠のいていった。



♢♢♢



「みんなー! 盛り上がってるぅー!?」


「「「「「ふぅぅぅぅ!!!」」」」」


「まだまだわたしの声を聴きたいかぁー!?」


「「「「「おぉぉぉう!!!」」」」」


むせ返るほどの熱気のなか、一人のアイドルが武道館の支配者となっていた。

圧倒的な歌唱力とパフォーマンス力でファンを釘付けにし、その影響力はかつてのトップアイドル・水城哀歌以上の人気だ。


イメージカラーの蒼いペンライトが一面を覆う。

まるでどこまでも続く大海原、あるいは抜けるような蒼穹かもしれない。


「ミュージックスタートッ!!」


心の中で、おぼろげに覚えている不思議な声のことを思い出す。

温かくて、優しくて。


あの人が神様だったのなら、わたしを最初に推してくれたのは――。

転生という特別なギフトを授けてくれたあの人のお陰で今のわたしがある。


努力を重ね、時に悩みを頼れる人に打ち明け、笑って、泣いて。

そうして最高の歌声をあの人に届けられたらいいな。



大盛況を呈した武道館ライブはかつてないほど熱い大成功を収めたのだった。

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推しへの貢ぎ物 冬城ひすい @tsukikage210

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