推し色
星来 香文子
色にまみれて
私はここ最近、きっと何かの病に侵されているのだと思う。
「え、何これ?」
数ヶ月ぶりに、我が家に遊びに来た友人が、家に入って早々、すごく驚いた顔をしていた。
確かに、以前、この友人が来た時とは模様替えもしているし、違う雰囲気になっている。
「前来た時、モダンな感じでさ……ホテルみたいな感じだったじゃん?」
そう、それはインテリアコーディネーターに、そういうテイストの部屋にして欲しいと依頼したからだ。
私はプロの仕事に満足していたし、みんなからの評判も高かった。
「なんかすごい黄色くない? あんた、黄色好きだったっけ?」
「いや……黄色は別に好きでも嫌いでもないけど……」
「いやいやいや、それにしたって、あのクッションも、テレビの前に置いてあるぬいぐるみも、ボールペンもティッシュカバーもみんな黄色だし……」
そう……最近私は、黄色いものを見るとついつい買ってしまう————そんな病に侵されている。
「それと、あのポスターなに? アニメ? 漫画?」
「いや……その……
「……こよいくん????」
そう、すべてはこの今宵くんのせいだ。
「え、知らないかな? 今宵くんってね、
「ストップストップ!! 一気に喋りすぎだし、急にどうした!? 待って、それと、この部屋が黄色いのって、何が関係あるの?」
「…………メンバーカラーが黄色なの」
そう、部屋が黄色まみれになってしまったのは、今宵くんのせい。
これは自分でも、一体どういうことなのかわからない現象なのだけど、なぜかここ最近、私はいつも今宵くんのことばかり考えていて、毎日夜9時にアップされる動画もプレミア配信で視聴することに命をかけてる。
それまで見ていたテレビドラマもバラエティ番組よりも、何よりもリアルタイムで彼らの動画を見ることが優先で……
「私って、おかしくなってるのかな? 病気なかな? 最近怖いの。無自覚に、気づいたら黄色いものばっかり買ってて……」
友人に全てを打ち明けた。
そもそも、私が今日この友人を家に呼んだのは、このことを相談したかったからだ。
「病院に行った方がいいのかな? でもね、平日は仕事だから、土曜の午前中に……って思うんだけど、今宵くん、金曜の夜にゲーム配信朝までやってて……ついつい最後まで見て、スパチャ送っちゃってるから、眠くて病院行けなくて…………」
私は本気で悩んでいた。
今宵くんを応援したい。
今宵くんを見ていると、嫌なこと全部忘れられる。
仕事の疲れも、ストレスも全部吹っ飛ぶ。
でも、そうしていたら母に言われた……「あんたおかしいよ」って……
「やっぱり、おかしいよね、私……」
「……そんなことないわ」
「え?」
下を向いて、泣きそうになっていた私の肩に友人はポンと、手を置いた。
「あたしもね、あんたと同じなの」
「同じ? え? 今宵くんのファンだったの?」
「ちがう、そっちじゃなくて!」
友人は、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしながら、秘密を打ち明けてくれた。
「あたしも、部屋がオレンジなの」
どうやら、友人も、私と同じように気がついたらオレンジのものを買ってしまうようになっているらしい。
「推しが……あたしの推しが……メンバーカラーオレンジでさ……。その……韓国のアイドルなんだけど、歌が上手くて、横顔がマジで芸術品のような美しさで——……って、とにかく!」
友人は真剣に私の目を見て、堂々と言った。
「推し活は、おかしなことでも、悪いことでもないから、安心して!!!」
「……おしかつ?」
私は友人に相談したことで、私のこの黄色ばかり買ってしまう、今宵くんのことばかり考えてしまう現象が、推し活と呼ばれるものだと初めて知った。
悪い病気などではないのだと、今では自信を持って言える。
私は、今宵くんが好きだ。
今宵くんを推している。
だから、部屋が黄色まみれになっても問題ない!!!
そうして、この日は友人と違いの推しについて語り明かし、後日実家に帰ったとき、私はおかしくないと、母にはっきり言おうと思った。
推し活というのだと、こういうのを!
最近流行っているのだと!!
で、いざ実家に行ったところ————
「え、何これ……ママ、どうしたのこれ?」
「これって、何が?」
「リビングが……めっちゃ紫まみれなんだけど……」
実家が、最近お年寄りの間で話題の歌謡グループのグッズで溢れかえっていた。
「ジュン様のメンバーカラーが紫なのよ! ほら、見てこの顔、可愛いでしょ?」
— 終 —
推し色 星来 香文子 @eru_melon
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