伝説の武器

姫路 りしゅう

伝説の剣

 古くから伝わる御伽噺。

 世界の危機に勇者あり。

 それは誰しもがあこがれる英雄譚。鍛え上げた己の肉体と伝説の剣で悪を打ち倒す勧善懲悪の物語。


 そして今、世界が危機に瀕していた。

 生物をすべて滅ぼさんとする邪悪な存在、魔王ダリアの計画は着実に最終段階へと移行していて、多くの都市が壊滅状態にあった。

 世界は今、勇者を求めている。

 御伽噺のような救いを、求めている。


**


「ひっひっひ、おぬしも挑戦しに来たのかのう?」

 腰の曲がった老婆が、皺だらけの顔を歪めて笑った。

 冒険者アルフはそれを見てひどく不愉快になる。

 曲がりなりにもアルフは“伝説の勇者チャレンジ”を行いに来た、世界の救世主たり得る可能性のある人物である。

 それを見て卑しく笑うなんて、この婆さんはどういう神経をしているんだ、と思った。

 伝説の勇者チャレンジ。

 間抜けな響きとは裏腹に、それは命がけで行われる行為だ。

 ここ、ユラールの丘には伝説の剣が刺さっている。

 そして、見事その剣を引き抜けた者は、伝説の勇者として認められるのだという。

 かつて勇者にあこがれた冒険者たちはこぞってユラールの丘を目指し、剣を引き抜こうとした。

 しかしいまだにそれを引き抜けた人間はだれ一人としていない。

 それどころか、伝説の勇者チャレンジを行った人間は、だれ一人として戻ってこなかった。

 恐らく、武器を引き抜けなかった者はその代償に命を落とすのだろうということは、想像に難くなかった。

「伝説の武器はあっちじゃ」

 老婆が前方を指さした。

「ただし、引き抜くのに失敗したら死ぬが、その覚悟はあるかえ?」

「ぐっ……」

 覚悟はしていた。

 命を懸けてここにきたつもりだった。

 それでもいざ、死ぬと明言されてしまうと、アルフは少しだけ動揺した。

「……」

 アルフは数秒間目を閉じて、故郷のことを思った。

 魔王ダリアの侵攻により早々に滅ぼされた水の街サリエラ。

 綺麗な川が一瞬にして汚れ、森は焼き払われた。

 その悲惨な光景を瞼に焼き付けたあと、目を開ける。

 覚悟は、決まった。

 アルフは老婆の指をさす方へと歩いて行った。


 そして、を見て叫んだ。

「こういう場合って普通一本だろ!!!!!!!!!!!!!!」



*


「なあ婆さん。これ、どっちが伝説の武器なんだ?」

「さあ。一つだけわかることは、右か、左かということ」

 それはわざわざ口に出さなくていい自明の理というやつだ、とアルフは心の中で突っ込んだ。

 右の剣を眺める。刀身が地面に半分ほど埋まっている直剣。デザインはシンプルながらも金色に輝いており、おそらくはふりエネルギーで守られた武器だろう。

 恐らくこちらが伝説の武器だ。

 対する左は、同様の長さ程度だったがゴテゴテした装飾と、禍々しいまじないエネルギーを醸し出している。

 これはない。どう見ても罠だ。

 でも、普通の冒険者だったら祝武器を引き抜くだろう。それなのにみんな死んでいるということは、実は呪武器のほうが正解なのか。

 確かに魔王をダークサイドの力で打ち倒す話は、御伽噺とは違うが面白い。

 アルフはその発想を天才的だと思い、無事に帰ったら物語の綴り手になろうかと検討した。

「なあ、婆さんは今まで何人も勇者チャレンジに失敗してきたやつを見たんだろう。そいつらがどっちを引き抜いていたかわからないのか」

 ダメもとで老婆に頼るアルフ。

「それがな、右を抜いた人も左を抜いた人も、両者等しく死んでおる」

「ええ……」


 その時、背後に巨大な呪エネルギーを感じた。

「なっ……!」

 アルフは腰の剣に手をかけつつ反転、敵の姿を視認する。

 真っ黒な鎧に身を包んだ長身の騎士が一人。

 身の丈ほどの大剣を担いでいる。

 その風貌は噂に聞いたことがあった。魔王ダリア直属騎士が一人、闇纏いのガーリウス。

 大剣であらゆる防御を叩き潰し、鎧であらゆる攻撃を無効にする理不尽が鎧を着ているような存在。

 アルフは決して弱くはない。魔王軍の隊長レベルなら苦も無く倒すことができる。

そして、単騎で直属騎士に勝てると暢気に思えるほど弱くない。

「ここが、伝説の武器の、保管場所か」

 低く、ゆっくりとした話し方は迫力ダリアルフは気圧された。

「ガーリウス、どうしてここに」

「なんだ、お前は」

「オレは、アルフ。サリエラの冒険者アルフ・エル・ハルシオンだ」

 名乗りをあげながら剣を引き抜く。

 ガーリウスの大剣からしてみれば半分もないサイズの直剣。

「ひっひっひ、大切なのはサイズではないぞ。相手を思いやる気持ちじゃ」

 老婆の言葉にアルフは吐きそうになった。

「ふむ、サリエラの、生き残りか」

 ガーリウスは大剣をゆっくりと振り下ろし、アルフのほうへと向ける。

 アルフは低い姿勢のまま前方にダッシュした。

 それを受けてガーリウスは高く上にジャンプをする。一瞬、視界から姿が消える。

 弾かれたような速度で首を上にあげると、いままさに貫かんとする大剣の切っ先が見えた。

 アルフはダッシュの勢いのまま前方に転がり込む。そのまま反転して、大技の隙に鎧へと剣を強く叩きつけた。

 ガキィィン!

 轟音とともに火花が散り、両手に痺れがノックバックする。

 対するガーリウスは何食わぬ顔で、振り向きざまに右手に持った大剣を大きく振り回した。

 ジャンプで回避する。

 一度でも攻撃を受けてしまったら死ぬ。アルフにはそんな予感があった。

 バックステップを繰り返し、ガーリウスから距離を置いたアルフは、もう一度握った剣に力を籠める。

 その時、ふと違和感を覚えた。

 ……刀身が、少しだけ軽い?

「くそっ、刃こぼれしてやがる」

 慣れ親しんだ武器なら、数ミリグラムの欠損も感知できるアルフだったが、それ故この武器がもう使い物にならないこともわかってしまった。

 一度でも攻撃を受けてしまったら死ぬ。

そして攻撃は通らないどころか、こちらの武器が壊れてしまう。

「……」

 これが、王直属騎士、闇纏いガーリウス。

 武器は壊れ、攻略法はない。

「……いや」

 あるじゃないか。

 俺の背後には、伝説の勇者にしか引き抜けない、伝説の武器があるじゃないか。

 抜いたら死んでしまうかもしれない。

 でも、抜かなければ確実に死んでしまう。

 迷っている時間はない。

 右か左。

 祝か呪。

 生か死。

「……」

アルフは、幼馴染のエミィの顔を思い浮かべた。

サリエラの至る所に設置されていた全自動飲料販売機で、二種類の飲料のどちらを飲むか迷ったとき、エミィは必ず両方同時に購入していた。

同時に購入処理が入った場合、受付けられるのはひとつのみ。

彼女はある意味、天に運を任せていたのだ。

今の状況はそれと同じ。

「それと同じか?」

 アルフは自嘲気味に笑いながら。

「ええい!」

 

両方を同時に引き抜いた。


 凄まじい量のエネルギーがうねる。

 祝と呪が一気に全身を駆け巡り、脊髄に爆竹を入れられたような感覚に陥る。

「お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 力。

 圧倒的な力。

 生まれ変わったような気分になったアルフは、剣を引き抜いたというのに生きていた。

 右手に祝を、左手に呪を。


 ここに、二刀の勇者が、誕生した。


「ひっひっひ、なるほどの。同時に引き抜くというのがポイントだったわけじゃ」

 体が軽い。

 ガーリウスへと最短距離で直線を詰めると同時に、右手の剣を右上に振り上げる。

 ガーリウスはかろうじてそれに反応し、大剣でそれを防いだ。

 しかし、伝説の武器はそんなものでは止まらない―!

 大きく弾かれたガーリウスの大剣。

 そしてがら空きになった胸元に、同じく右上へと振り上げていた、左手の剣が叩き込まれる。

 これが、二刀流。

 攻撃をひとつ止められても、まったく問題のない戦技。

 果たして伝説の武器は、ガーリウスの鎧を、闇を、いとも簡単にバラバラに破壊した。


「……これが、伝説の武器の力」

 勝利したアルフは、少しだけ余韻に浸り。

「この力があれば、魔王ダリアだって打ち倒せる」

 改めてそう覚悟を決めた。



*


 そして二年後。

 アルフはついに、魔王ダリアと対面していた。

 伝説の勇者の快進撃はすさまじく、直属騎士の全員をその手で打ち倒していた。

 城の大広間で顔を突き合わせた二人は、言葉を交わすこともなくそのまま斬りあった。

 しかし、魔王は強く、アルフは押されていた。

「残念だったな、勇者アルフ」

 魔王の一撃がアルフめがけて走っていく。

 それを両手の剣で受け止めようとしたが、勢いを殺しきれず二本の剣はアルフの両手を離れた。

 くるくると勢いよく回転したその二本は、勢いよく地面に突き刺さる。

「さあ、終わらせようか。武器を手放した貴様に、勝ち目なんてない」

 魔王の言うとおりだった。

 アルフを伝説の勇者たらしめていたのは、間違いなく二本の剣だ。

 それが手から離れた今、勝ちようがないのは自明の理。

「……」

 いや。

 アルフは二年前のことを思い出した。

 ユラールの丘で伝説の武器を引き抜いたあの日のことを。

 あの婆さんのことを。

 一つだけ、魔王を殺す方法があるじゃないか。

 どんな生物も確実に殺す、必殺のギミックが、あるじゃないか。


だって今、あの時と同じように、ちょうど地面に突き刺さっているのだから。


「お前は強い、魔王。だから最後に正々堂々決着をつけたい」

「ふむ。言ってみろ」

 アルフは両手をあげて、言った。


「そこにある二本の伝説の武器を一本ずつ持って、お互いに一騎打ちで勝負を決めないか?」

 魔王はにやりと笑って言った。

「いいだろう。ここまで魔王軍を追い詰めた褒美に、その一騎打ち、乗ってやろう!」

魔王ダリアはつかつかと歩いていき、地面に突き刺さった呪武器に手をかけた。


こうして世界は平和になった。

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