エピローグ
「に、兄さん……こんなところで何してるんです?」
オルは震える声でそう尋ねた。
地下遺跡の調査中だった若き考古学者の彼は今、その最深部に怪しい人影を見つけてしまって恐怖におののいていた。闇を集めて作ったような黒いマント、フードの下から垂れる長い金髪。真っ黒い鞘に入った長剣。とても冒険家には見えない。もちろん学者にも見えない。もしや亡霊なんてことは――
「これ、読めるかい?」
存外明るい声がそう言って、壁に刻まれた古代文字を指差した。面食らったが、学者としての彼はその質問に答えずにいられない。
「え、ああ……部分的に、なら。古ノーラン語と共通点があるから」
「本当かい! ねえ、なんて書いてあるか教えてよ。俺、こういうの苦手でさ。こいつはかなり得意だったんだけど……あ、俺はリード。こいつはユレインで、俺の親友」
目元はフードと前髪で見えない。唯一見える口元がにっこりと微笑んだ。こいつ、と言いながらポンポンと叩いているのはどう見ても腰に佩いた剣の鞘だ。どうやら少し、頭のおかしな人らしい。
「ここは古代魔術の研究所だったと思われます。壁の文字は主に毒薬の作り方、生贄を用いた悪魔召喚術、魔剣の――」
「魔剣!? 魔剣の作り方が書いてあるのかい!?」
突然がっしりと両肩を掴まれて、オルは「ひぃっ!」と悲鳴を上げて縮み上がった。すると男はすぐに手を引っ込めて「ああ、ごめんね」と一歩下がる。恐ろしいが、悪人ではないのかもしれない。
「俺、魔剣について調べててさ。すごく興味があるんだ」
「……私もです!」
いけない、悪い癖だ。同士を見つけるとすぐに食いついてしまう。前のめりに語り出そうとした己の口を片手で塞ぐと、リードというらしい男は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや……私はどうも、魔剣のこととなると語りすぎる癖があって。いつも皆に気持ち悪がられるので」
「ということは、もしかしてすごく魔剣に詳しいのかい?」
リードが華やいだ声で言った。髪の隙間からキラキラと輝く青空色の瞳が見える。というか、よく見るとものすごい美男子だ。
「まあ……私より詳しい人間は他にいないと思います。それがまた、モテない原因にもなってるんですが」
「素晴らしい! ぜひ聞かせてくれ、君の知っていること全部!」
突然力強く肩を組まれて、オルは再び「ひゃっ!」と悲鳴を上げた。リードは上機嫌に鼻歌を歌いながら彼の手を引いて遺跡中を引っ張り回し、そして一通り調査を終えると街の酒場まで連れて行った。不気味な黒尽くめの彼は馬まで真っ黒で、ものすごく人に見られた。
「ふふ、オルは酒に弱いんだな……ユーンと一緒だ」
そう呟いて微笑むリードは信じられないくらい酒に強かった。火のつくような蒸留酒をまるで水のようにごくごく飲んでいるのに、頬が赤らみすらしない。
彼は酔っ払ってふらふらしているオルを微笑ましそうに見て、言った。
「これからよろしくな、オル」
「え?」
それは友達になろうという話かと思ったが、どうも違ったらしい。リードはそれから毎日、オルの調査についてくるようになったのだ。
少し親しくなってから、彼はずっと魔剣を人間に戻す方法を探しているのだと聞いて、魔剣学者は俄然燃え上がった。そんな方法があるならぜひ自分が発見したいと拳を握って語れば、リードは泣きそうな顔で微笑んで「頼むよ」と彼の手を握りしめた。意外にもあたたかく、優しさを感じる手だ。
どうもおかしな言動が多い男だが、本質として邪悪な人間には思えない。彼と行動を共にするのも案外楽しいかもしれないと思って、オルはひとり笑みを浮かべた。
〈了〉
暁の魔剣 綿野 明 @aki_wata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。