地獄宴

人生

 無限殺戮地獄演舞




 ここは、地獄の闘技場――生前、己が信念に殉じ他者を殺めたつわものどもが、その武を競い合う場である。


 古代ローマのコロッセオをモチーフにした円形闘技場……死合い舞台を囲う観覧席には、数多の異形異貌の姿が見える。地獄貴族だ。獄卒どもを従える地獄の管理者である。

 そして彼らの傍らに控えるは、かつて人を使い悪逆の限りを尽くした将軍、大臣、王族といった旧支配者――死後の労役を科された奴隷にんげんたちである。それらは皆、いつ自分が闘技場に投げ出されるかと怯え顔を青くしていた。


 しかして、この闘技場はそのような残虐趣味のためにあるのではない。


 殺人も厭わず己が武の追及に明け暮れた者どもの、その真価を問う場である。


 ――果たしてその生涯殺しに意味はあったのか?



 イザ、イザ、イザ――イ/ザ――!



 その抜刀、弾丸の如し。


 拳法家が間合いに踏み込むやいなや、瞑目する剣客の居合が閃いた。


 一刀両断である。


 縦に両断された拳法家の二身が倒れ込む中、血振るい残心、剣客は納刀する。


「さァ、次だ」


 暗夜を沸かす歓声と熱気を意に介さず、剣客は次を待つ。


 これは刑だ。罪に対する罰、己が武技を見せものにされる罰。

 しかし、斬り続ける限り生きられる。心が折れた時、己のを否定した時こそ、彼らは真に地獄に堕ちるのだ。


 何十、何百と斬り、何千何万と殺されてきた。

 そしてこれからも何億、何兆と死合う――


「日本人とは久しぶりじゃけぇ」


 次の相手は襤褸切れのような着物を着崩し、腰の左右に二振りの太刀を佩いた浪人風の男だった。


「二刀流か」


「見ての通りじゃ」


「…………」


 軽薄な笑みを浮かべる浪人。しかし、両方とも太刀だ。二刀流とは片手に太刀、片手に脇差あるいは小太刀という攻防一体の剣術である。そもそも日本刀とは両腕で握り扱うことを想定して造られた武器……それを片腕で二振りなど、男の痩躯も相まって見掛け倒しの虚仮威しに他ならないだろう。


 とはいえ、剣客は気を抜かない。仮にもこの地獄で死合うのだ。相当の手練れであることは間違いない――


「――――!」


 審判を司る牛頭鬼の合図――剣客は瞑目し、浪人の接近を静かに待つ――


「二刀流は二刀流でも――同じ日本人でも、時代が違うけぇの」


 響いたのは、銃声であった。


 浪人が懐から取り出した拳銃が火を噴いたのである。


「儂ゃ、剣と銃の二刀流じゃけ」


 ――その男、殺しを生業とする暗殺者、人斬り浪人であった。


 ただ効率よく殺す、己が生きるために殺す、そうすることで日銭を稼ぎ、死なないために生きてきた。


 今の男にとってこの一銭にもならない一戦は単なる地獄、己の命を賭けて、しかし何一つ得られるもののない――生の意味、殺しの意味すら失って、悪鬼羅刹の如く殺し続ける。止まることは許されない、ただ死ぬことは許されない――この魂が朽ち果てるまで。


 ここはそう、いつ終わるとも知れない、無限殺戮地獄演舞。


「さぁ次じゃ次」


 ここはきっと、殺しの無意味を魂に刻むための場所なのだろうと、浪人は思う。


 あるいは、新たな鬼を生むための――


 事実――


「これはなんの冗談じゃ」


 次なる相手は、四刀流――四つの腕にそれぞれ太刀と小太刀を握る異形のモノ。右の〝上〟腕と左の〝下〟腕に太刀、その反対の腕に小太刀――完全な攻防一体。


 その上、それが纏うは弾丸を阻む全身鎧――顔には鬼面。なるほど、完全にこちらの手を封じにきている。鎧の隙間は薄く、弾丸を通すのは難しい。些か楽に殺しすぎたか。


「しかしのぉ――」


 牛頭鬼の合図の直後、浪人は異形に向かって駆けだした。


 図体は巨大、四腕揃って筋骨隆々、太刀を振るうにも造作ないだろう。二刀で以て受けるには分が悪い――しかし、鎧兜がその動きを鈍重にする。


(背後に回って一刀両断じゃ――……一人前にしちゃる……!)


 されど背面、


「何ィ……!?」


 そこに顔があった。


「ニリツ背反――我ら兄弟、二人で一つ!」


 なんてことはない、四腕の異形の正体は、背中合わせの二人組だったのだ。

 巨大な兄の後ろに隠れる小柄な弟――弟に相対すれば、後ろの兄がこちらに向き直り再び四刀の構えをとる。


「姑息な銃遣いなんぞに、剣の達人たる我ら兄弟が負ける道理なし……!」


「なら最初から二人がかりでくればいいじゃろが……!」


 しかしその状態故に、正面からやり合えば手数で圧倒されるのだ。


(なら――)


 側面へ回り込むのみ――


「喰らえい――必殺、投剣断肢……!」


 兄弟が向きを変えるより早く、腰の刀を抜刀し投げ放つ。剛力で以て飛ばされた太刀であったが、兄弟に軽く弾かれる――その刹那、浪人は今度こそ二人の背後に回り込んだ。


 太刀二振りを扱う二刀流――両手を使うという技量が求められるのはもちろん、太刀を支えるだけの膂力も要する――


 男が二振りを佩くのは、伊達ではない。


 二刀をこなすだけの膂力を、一刀の突きにのみ揮う――二人の男を刺し貫く。


「どちらも一流、故の二刀流じゃけえの」


 鮮血が噴き、首が吹き飛ぶ。


「次じゃ次――剣の腕でも銃の腕でも、儂ゃ誰にも負けんけえの……!」


 ――この地獄に終わりはない。


 しかし、いずれ切り開けるだろう――武を窮めたその先に、地獄を超えた悟りの境地が。


 あるいはそう、この地獄こそが、真理へと至る最後の試練なのかもしれない。


「まぁた――奇っ怪なもんが現れたっちゅーに……」


 次なる相手は、その手首から先が巨大な鋏――刀を挟みかち割りかねないその驚腕に、浪人は如何にして立ち向かうのか――


「剣がダメなら、当然――」


 故の、二刀流である。



   地獄宴 了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地獄宴 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ