最終話 メガネマン
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メガネマン
@glassman2020
何が正義で、何が正義ではないのか。
見る角度によってカタチを変える正義なんてまやかしも同然だ。
フェイクなヒーローとメタファーなヴィラン。
燻っているリアルに点火する。
これからヴィラン・メタ・コンプライアンスに火をつける。
08:15 2024/03/01
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ドライビングヒーロー、マスクドドライブ。移動を目的とした交通機械操縦の名手。愛車はライトニングスピーダー号。某ニッサン車の改造車だ。現在はスピード違反で免停中につき、嫁の実家のガレージに眠っている。
午前八時半のヴィラン・メタ・コンプライアンス本社ビルに会社ロゴがデザインされた黒いハイエースを横付けし、腕時計を見つめている。
訳あって免許は所持していないが、どうせヴィラン社の中途採用社員のすることだ。免許の有無なんて関係ない。機械の操縦が上手いか下手かだ。
これから大然がヴィラン社の社長を誘拐し、恭壱が本社ビルを破壊する。その後しばらく行方をくらます予定だ。
マスクドドライブはその逃走の手助けをする役目を担っている。自動車の運転技術ならば職業ヴィランの誰にも負けない。正義のために完璧に逃げ切ってみせる。
ヴィランを成敗するヴィランとしてのデビュー戦だ。ハンドルを握る手にも汗が滲むというものだ。
午前八時三十一分。マスクドドライブはハイエース運転席の窓からヴィラン社本社ビルを見上げた。
魔法少女隊キューティーチアーズ所属、魔法少女パープルレイン。18歳を迎えると魔法少女の卒業が推奨される魔法少女隊において、自称24歳と謳ってヒロイン活動を続けていたベテラン魔法少女。
しかしその実はコスチュームは魔法少女、中身は31歳男性であるとカミングアウト。魔法少女隊QTCを脱退。現在はフリーの魔法少女男性としてヴィラン社に所属。
午前八時三十五分。ヴィラン・メタ・コンプライアンス本社ビル社員食堂。一人の魔法少女が派手な紫色の髪型に黒いスーツ姿で、機械化したクマと睨み合っていた。いや、突き刺さる鋭い視線で一方的に睨み付けていた。
まるでクマの着ぐるみのように丸くなり土下座する怪人メカグマ。その毛むくじゃらな兜の後頭部をハイヒールで踏み付けるパープルレイン。
「あたしに何か文句があって?」
ヒールがぐりっと突き刺さる。
「いえ、生まれてきてゴメンナサイ」
これ以上ない低い姿勢で土下座しているクマは訳の分からない謝罪を強要されていた。
これから大然と恭壱が社員食堂と同階にある社長室に突入する。その下剋上の目眩しとして、社員食堂でひと騒ぎして人目を集めておけ、と恭壱に頼まれていたのだ。
どうせひと騒動起こすならより派手な方がいい。パープルレインは社員食堂特等席に陣取っていた怪人メカグマに目を付けたのだ。
三階建ての巨人ヒーロー、アルティマータ。怪獣退治に小さ過ぎず、人命救助に大き過ぎず。ちょうどいい街のヒーローがキャッチコピーの正義漢。必殺技は交差した手のひらから熱光線を発するレーザーブラスト。
午前八時三十七分。アルティマータは中央エレベーターロビーにいた。本社ビル正面玄関から入ってすぐ、2.5次元のマスクをかぶった受付嬢が右手に伺える吹き抜けロビー。
もうすぐ大然と恭壱が社長室を襲撃して社長を誘拐する。ヴィラン・メタ・コンプライアンスをぶっ潰す極秘プロジェクトだ。
アルティマータは大然と恭壱の逃走を手助けする業務を任された。レーザーブラストによる本社ビル完全破壊。アルティマータにしかできない大仕事。
これだけ堅牢な高層ビルとなると多少の時間はかかるが、任務を終えた二人が身を隠す混乱くらいは作り出せるだろう。
吹き抜けロビーのはるか高い天井を見上げる。この中央エレベーターはいわば高層ビルの背骨だ。レーザーブラストで撃ち抜けば熱光線は全フロアを灼くだろう。
「変身……」
スーツにネクタイだなんていつ以来だったろうか。久しぶりに身が引き締まる思いをした。それも束の間のことだ。
アルティマータは巨人に変身した。
本社ビル中央エレベーターロビーに居合わせた職業ヴィランたちがざわめく。あいつはたしか中途採用された元ヒーロー。なんでこんな場所で変身するんだ。
アルティマータは穏やかな気持ちで両手のひらを交差させた。
午前八時三十八分。大然と恭壱は社長室の質素な扉の前に立っていた。
「で、確認なんだけどよ」
「今更なんだ?」
恭壱は胸ポケットの黒縁の眼鏡を取り出して言う。大然はネクタイと気合を締め直して答える。
「眼鏡を外したら俺が関わった破壊がすべて元通りに修復されるっての、忘れてねえよな」
これからヴィラン社のすべてを破壊する。本社ビルを木っ端微塵にし、社長を誘拐し、すべての権限を奪った後に眼鏡を脱ぐ。
そこに誕生するのは葉山大然を新社長として生まれ変わった新ヴィラン・メタ・コンプライアンス。新しい悪の秩序が再構築される。
「首藤の異能力がなかったらそもそもこんな馬鹿げたクーデターなんて考えなかったさ」
ぽん、と恭壱の猫背の背中を手のひらで押してやる。仕方ねえな、と背筋をしゃんと伸ばす恭壱。すらりと細身で長身の大然と頭が並ぶ。
午前八時三十九分。社長室の前に黒スーツを身に纏ったビジネスマンが二人、扉をノックしようと腕を振り上げる。
「あ、そうだ。首藤恭壱ってヴィランネームはそのまんまだから、今から呼び名を変えるぞ」
「今更かよ」
大然はビジネスマナーに則ったノックの構えを崩さずに笑った。
「メガネマン。今日からおまえはメガネマンだ」
「だっせえな」
恭壱はニヤつきながらモスコットの黒縁眼鏡を装着した。
「シンプルでいいだろ。SNSで育てた僕のアカウントだよ」
「ますますだっせえ」
「行くぞ、メガネマン」
「おうよ、ネクタイマン」
午前八時四十分。社長室の扉が強めにノックされた。
メガネマン 鳥辺野九 @toribeno9
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