第7話 巨人変身ヒーロー アルティマータ
眉間にシワを寄せあからさまに表情を曇らせる高馬。
「悪役に堕ちろ、とでも言うんですか?」
名刺をスカジャンのポケットにしまい込んで、そのまま手をポケットに収めたまま話を続ける。
「たしかに怪獣側と話を合わせて、格闘と見せかけてビルを解体したよ。話を持ちかけてきた業者から謝礼金も受け取った。だから何だ? 誰かに迷惑をかけたか?」
開き直るように声を荒げる。解体現場に響くそのヒーロー然とした声を恭壱が穏やかに打ち返す。
「ああ、その通りだ。誰も迷惑だなんて思っちゃいねえよ」
「えっ……」
恭壱のさも当たり前だという態度に返す言葉を見失う高馬。恭壱は続ける。
「俺だってそうしたいくらいだ。だがな、俺は職業ヴィランだ。誰もそんな闇営業を回してくれねえよ」
「ヒーローもヴィランも立場は変わらないってことですよ。依頼があってはじめて仕事が成立する。我々には世間にどんな目で見られているかぐらいしか違いはありません」
大然が面談の軌道を修正する。恭壱に会話の主導権を与えていたらまとまるものもまとまらない。会社への愚痴暴露大会が始まってしまう。
「SNSでの裏アカを使った告白で世間はもはやあなたを正義の味方とは見ていません。金で動く異能力者です」
「だからそれが悪いことなのかって聞いてるんだ」
「ええ。立派な悪事ですよ」
苛立たしさが感じ取れる高馬の反論を大然はあっさりと受け流した。
「解体業者が正規の手続きを取らずに県支出の補助金を横領。それに加担し、その一部を受け取った。正義の味方がすることじゃない。むしろ我々の仕事を奪ってさえいます」
「ヴィランの仕事の妨害って、立派な正義のヒーロー活動だけどな」
もう一押しなのに。茶化すなよ。恭壱をちらっと睨む大然。悪りい悪りいと目配せして足元の瓦礫に目を落とす恭壱。
「それでも俺は正義のヒーローでいたい」
「あなた自身が正しいと思う行いをすれば、それは誰にも非難されない正義のヒーロー活動です。我々ヴィラン社も正しいと思って業務展開しています」
大然が面談を決め台詞で締めようとした時、一台の2トントラックが資材搬入口からバックで進入してきた。
盛り上がってきたところでの乱入者に大然は言葉を止めてトラックの方を見やった。恭壱も高馬もそれにつられてトラックの荷台に目を向ける。何と表現したら正解なのか、荷台には巨大なカタツムリがロープで固定されていた。
「なんだこりゃ。解体作業は中断してんだろ?」
「そうだよ。解体業者じゃない。我が社のビル破壊者だな。いいタイミングでの登場だね、まったく」
話の腰を折られて思わず腕組みしてしまう大然。トラックへ歩み寄り、高馬に背を向ける。
「ビル食い怪獣と怪獣使いか。ちょうどいい。どうやって食うのか見たかったんだ」
恭壱も見たこともないサイズ感の巨大カタツムリに気を取られ、つい高馬から目を離した。
正義の味方は二人のヴィランの隙を見逃さなかった。
「変身……!」
恭壱と大然の背後で抑えめな叫び声が響く。即座に恭壱が反応した。しかし、すでに遅し。
振り返れば、そこには光り輝く巨人のシルエットが仁王立ちしていた。
巨人ヒーロー、アルティマータ。
身長は三階建てアパートにも劣らない9メートル。そのスレンダーかつマッシヴな巨体には高層ビル建築用大型クレーンに匹敵するパワーが秘められている。緊急襲来する怪獣退治に小さ過ぎず、自然災害での人命救助に大き過ぎず、人口密集地域にちょうどいい巨人。あなたの街のヒーロー、アルティマータ。
咄嗟にシワの寄った黒スーツの胸ポケットから黒縁の眼鏡を取り出して、巨人変身ヒーローとの臨戦態勢を取るべくそれを装着した。
オフィス街にぽつり取り残されたようなビルの解体現場。防音フェンスに囲まれた青空を背にするアルティマータを見上げる黒縁の眼鏡。
この体格差。恭壱はあらためてアルティマータの大きさに圧倒されそうになった。素手で殴り合うにはさすがにデカ過ぎる。楽には勝てそうにねえか。そう覚悟を決めようとした時、アルティマータは予想外の台詞を吐いた。
「二人とも、後ろに下がって。俺が戦う!」
アルティマータは低い姿勢で戦闘ポジションを取り、恭壱と大然よりも前衛に進み出た。それはちょうど二人を守るような立ち位置で、トラックの荷台から降りようとするカタツムリ型怪獣とその怪獣使いとに対峙する形だった。
「大道さん、あなたが戦う必要はありません! この怪獣は我々ヴィラン社の社員です!」
大然が大声で止める。まさかアルティマータが自分たちのために戦おうとは。
「この怪獣は、俺の相手だ。こいつこそ、俺と八百長してビルを破壊した怪獣だ。あの時の続きをしようじゃないか!」
大然の言葉はアルティマータに届いていなかった。巨人ヒーローは手のひらを交差させて片膝立ちの姿勢を取った。アルティマータの必殺技レーザーブラストの射撃態勢だ。
今度は八百長戦ではない。六階建てのビルを三十分で破壊できるレーザーブラストで一気に戦闘を終わらせようという強い意志を見せつけている。
「おいおい、俺たちの同僚だって言ってんだろ」
恭壱がアルティマータとカタツムリ怪獣との間に割って入った。光り輝くアルティマータの手のひらを黒縁の眼鏡に反射させ、少し斜めに角度を取って、巨人ヒーローの前に立ちはだかる。
「しかもおまえと八百長した仲間なんだろ? そんならおまえ、うちの会社のお得意様じゃねえかよ。ちょっと落ち着け」
「これが落ち着いていられる状況か! あんたら二人もすべてグルだったのか!」
「弊社のプロジェクトはそんな小さな規模じゃありません。もっと視野を広げて、もっと高い視点で現代社会を見据えてください」
大然が両手を広げて芝居じみた仕草でカタツムリ怪獣と怪獣使いを背後に庇った。
アルティマータの殺気に怯えるカタツムリ怪獣。それを優しく宥める怪獣使い。胸を張って巨人ヒーローに立ち向かう大然。斜に構えて片腕を突き上げる恭壱。すべてがアルティマータの必殺技レーザーブラストの射線上にあった。
「撃つなら撃てよ」
黒縁の眼鏡にギラギラと光を放つアルティマータの手のひらが映る。
「それがおまえの正義なんだろ。迷う理由なんてねえな」
巨人ヒーローが放つ光が一際強くなった。手のひらから腕全体に光が滲み広がる。そしてそれが一気に逆流した。
「レーザーブラスト!」
いちいち技名を叫ばないと発動しないタイプか。恭壱はふうっと息を吐き捨てた。
アルティマータの交差された手のひらが真っ白く熱を持つ。それは光の束となって空間に放出され、手のひらが狙う恭壱の眼鏡へと一直線に白い熱線を引いた。
レーザーブラストの真っ白い光の軌跡は恭壱の片手にぶつかり、金属を激しく打ち鳴らすような衝撃音を奏でた。熱を持った光の直進は眼鏡をかけた黒スーツの男に阻まれ、弾かれ、ほとばしり、射線の角度を変えて切り取られた青空へ突き進み空気を焼き焦がした。
「生身の人間相手に必殺の光線技を撃つガッツはあるようだな。やるじゃねえか」
恭壱の左手が白い煙を上げた。ふるふると軽く振るって掻き消す。
「我が社の怪獣との業務提携はまだ継続中のようですね」
大然が恭壱の隣まで歩み出て言った。
「どうでしょう。その燻っている正義の心、きっちり発火させてみませんか?」
必殺技を弾き飛ばされたアルティマータはがっくりと膝から崩れ落ちた。
「ぜひ僕のプロジェクトに参加してください。我が社はあなたを必要としています。いいお返事を待っております」
レーザーブラストが焼いた青い空の一部分が、そこだけ水蒸気が吹き飛んで空気の熱層が生じて夕焼けのように赤く焦げていた。
「おまえら、逃げるぞ。このビルの再生が始まるからな」
黒縁の眼鏡がワイシャツの胸ポケットにしまわれる。
一部分だけ焼け焦げた空は澄んだ水色を取り戻し、瓦礫がメキメキと音を立てて再構築を始めた。
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