第6話 大道高馬
曲がりなりにもヴィランをやらせていただいてる手前、こうした工事途中の解体現場を見ると血が騒ぐ。
瓦礫に荒れた足場。崩れて空が見える外壁。青白い光がこぼれ落ちる天井。ヒーローとヴィランの戦闘にうってつけのシチュエーションだ。無性に足を踏み入れたくなってしまう。
恭壱は無論のこと、普段からスーツ姿で勤務している大然もやはりその根本はヴィランだ。胸がワクワクしてくる。どこかに軽く発破が仕掛けてあるんじゃないか。
「ここが疑惑の倒壊した建築物か」
巨人変身ヒーローであるアルティマータが建築会社と怪獣と結託して破壊したビルの跡地にて。恭壱と大然は関係者以外立入禁止の立て看板を無視して解体現場に潜り込んだ。
「ああ、そうだ。きれいさっぱり、とまではいかなかったが丁寧に破壊してくれている」
なるほど。見れば見るほど破壊は敷地内できっちり収まっている。怪獣との乱闘の傷跡がこのビルの敷地だけと考えると確かに不自然が過ぎる。
「でもな、アルティマータの奴は特に悪いことしていないよな」
八百長疑惑が浮上して業者による解体工事はストップしていた。無人で時が止まったままの解体現場で恭壱は空を仰いだ。工事用フェンスに仕切られて、青い空が四角く切り取られている。
「ああ。裏アカでだが罪を告白しているよ。いや、むしろ告発とも言えるな」
「さすがは正義の味方だ。良心をちゃんと持ち合わせている」
「立派な良心を持っていたからこそ、解体業者との癒着が許せなかったんだろうな。真面目な男さ」
足元に転がる小さな瓦礫を拾い上げる大然。解体予定の古びたビルだったとは言え、こうまで見事に粉砕されていては虚しさすら覚える。砂埃まみれのコンクリート片を投げ捨てて、その腕でちらりと腕時計を覗き見る。
「別に怪獣なんたらとかと八百長戦しなくったって、うちの会社にコンクリートを食う怪獣いなかったっけ?」
「ああ、いるな。ビル破壊を専門とする怪獣使いが一人」
「そうそう、怪獣使いだ。そいつに頼めば格安で仕事したっていうのに。わざわざ戦闘をカモフラージュすることもなくな」
恭壱がわざとらしく脚を振り上げて瓦礫の一欠片を蹴り飛ばした。解体工事がストップし、誰もいないフェンスの内側に瓦礫の衝突音がごろりとこだまする。
アルティマータと怪獣グラビドンの戦闘はビル一棟を完全破壊するほど激しいものだった。ヒーローも怪獣も怪我しなかっただろうか。うちの奴に頼めばもっと穏便に済んだのに。
「真っ当な解体業者がヴィラン社に仕事を依頼するわけがないだろ」
「真っ当な解体業者がヒーローに八百長を仕込むのかよ」
「だからさ。真っ当じゃなかったってことだろ」
「わかんねえな。ヒーローのやることは」
「だからさ。首藤はヒーローにはなれない」
恭壱は大然の言葉に肩をすくめるだけで答えてやった。もともとヒーローなんて柄じゃない。なりたいとも思わない。
「ちなみに、ビル破壊の怪獣使いに解体の後片付けを依頼したよ。ここの工事がストップしてるのは少なくとも裏アカを流出させた僕のせいだ。解体業者には内緒できっちり更地にして返すさ」
ヒーローと怪獣との八百長疑惑、そして解体業者との癒着がマスコミに報道され、解体工事、瓦礫の撤去作業は中断された。
動いていない重機や建機はまるで大型の草食動物のようだった。長い首を折り曲げてうずくまり、大きな身体を横たえて休んでいる。防音効果のある工事フェンスに仕切られているせいで外の音も漏れ聞こえず、周囲は静まり返り、本当に眠っているように見えた。
「お、来たな。時間ぴったりだ」
大然が工事車両搬入口に身体を向けた。つられて恭壱もそっちを振り返る。
そこには一人のマスク姿の男がいた。
「なんだ。コンクリート食い怪獣じゃないのか。どうやって食うのか見物したかったのに」
巨人変身ヒーロー、アルティマータだ。普段はどこにでもいる普通の男として町に溶け込んでいる。しかし今回の一件で身元が発覚し、マスコミに追われる身となってしまった。顔を隠すように大きなマスクをかけてキャップを目深にかぶっている。
すらりと背が高くモデルとしても活躍できそうないい男っぷりがこそこそと世間から身を隠して無人の解体現場へ。たしかに、これだけのルックスの良さを持ちながら汚れヒーローとくればマスコミも放っておかない。恭壱は地に落ちた正体隠匿系ヒーローの末路を見た。
「どうぞ、こちらへ。あなたの仕事現場です。誰の許可もいりません」
大然の呼びかけに少しだけ躊躇する様子を見せて、スカジャンのポケットに両手を突っ込んでアルティマータは解体現場に戻ってきた。
「巨人ヒーロー、アルティマータの
大然の先制攻撃。アルミケースから名刺を一枚澱みない動きで差し出す。
「同じく、首藤恭壱です。よろしくお願いします」
ヴィランの連続攻撃は続く。大然に並んで余白の大きな名刺を手にする。
アルティマータこと高馬はどうやってこの二枚の名刺を受け取るべきか、虚空に手をさまよわせてしまった。
一般的に有名ヒーローはその正体を隠しがちだ。素性がバレてしまってはヒーロー活動に何かと支障をきたす。
ヒーロー活動一本で食っていければ何の問題もないが、なかなかどうしてヒーローとしての環境を維持していくにもお金がかかる。
副業として何らかの職に就くこともあるが、不定時に出動しなければならないヒーローであればあるほどまともな職に就くことは叶わない。
ネクタイの締め方や名刺の受け取り方すらわからないヒーローもごまんといる。アルティマータもその一人だった。
ヒーローとしてはかなり上位の実力を持つが、それゆえに緊急出動も多く、身分を隠してヒーロー活動しているため大っぴらにスポンサー企業を探すこともままならない。アルティマータはろくに社会人経験もないままヒーロー活動に従事する子供部屋おじさんも同然だった。
大然はその隙を突いた。
「単刀直入に言いますね」
向かって左手で大然の名刺を、右手で恭壱の名刺をほぼ同時に受け取った高馬はそれぞれを見比べながら挙動不審気味に顔を上げた。
「アルティマータさん、ヴィラン社に転職しませんか?」
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