目が覚めたら怠惰な悪魔店主の店の前でした。

しず

第1話

ここは魔界。

いろいろな悪魔たちが住んでいる。

そして迷い込んだ少女が1人。

今日もまた彼のアシスタントとして様々な依頼をこなしていく。






「おい」


「なに?」


「手を動かせ」


「やってるよ」


「やっていてそれか」


「仕方ないじゃない!フレインみたいに腕が4本あるわけじゃないし!」


そう、私の目の前にいる彼には腕が4本。


ことの発端は数日前。




私、奈美は翌日の大学入学式に心浮かれ布団で体を包み込むと、思った以上に早くスーッと意識が遠のいた。我ながら寝つきは良い方だがこれよりも寝つきが良いことがあっただろうかと考えさせられるほどに良かったのだ。


そして、目を開けた瞬間には…


体が重く、体内には澱んだ空気が入り込み、視界は約100メートル先は霧か何かでぼやけて見えないほどの視界の悪さ。


「ここ、は…」


喉を1つ震わせる。だからといってこの近くには誰一人いない。この現状を説明してくれる人もいないのだ。何が引き金になってこんな世界に迷い込んだのか、我ながら冷静にいる自分が少し不気味に思えてくる。


「おい」


「は、はぃ…!!」


突然の声に体をびくんと震わせた。声のしたほうを恐る恐る向くと、黒髪の20代らしき男性が立っていた。というか、見下ろされていた。


「そこで何をしている」


「え、っと…」


自分でもなにがなんだかわからず言葉を詰まらせていると彼は出てきたドアを開けた。私の正面にはOPEN と書かれた看板があったのだ。


「気配がしたと思ったらただの小娘か。客じゃないのか」


「きゃく…?」


「客なら入れ。要件を聞いてやる」


ようけん…??


どうやら何かのお店の前に座っていたようだ。行くあてもないし、ここについて聞きたいこともたくさんある。私はよっこいしょと体を起こし、彼の入ったお店に入った。

そこにはカウンター1つ置かれているだけの小さな空間だった。カウンターを隔て向こう側にはさっきの彼が座っており、その背後には木製のドアがある。


「座れ」


「は、はい…」


彼はパソコンを開きながら何かの書物を読んでいた。


「して、なんだ?」


「えっと…」


私は何を答えれば良いのか、ここは何屋なのか、というかここは一体どこなのか、頭の中がぐるぐると忙しなく動いている。


「はぁ…用がないならなぜそこにいた」


「私もそれは聞きたいです…」


「あ?お前はそこにいた理由もわかっていないのか」


「はい…」


「一体どういう意味だ…。はぁ…ここは俺の店だ。店の名前はないが、ここらの奴らは便利屋と呼んでいる」


説明している間にも手を動かすことをやめない。相当忙しいのだろうか。


「ここは俺がカウンターから一歩も動かない仕事ならすべて引き受けている。それだけだ」


「え…?カウンターから出ない…」


「あぁ、座ってできる仕事のみを引き受けている。立ち仕事は面倒だからな」


「そう、ですか…」


「して、何用だ」


「め、めんせつ、とか…?」


「は?」







どこにも行くあてがないのならいっそのことここで働かせてもらおうと、自分で思うのもアレなのだがなんと機転の効かせたことをしたのだろう。なんやかんやあってその面接にも合格した。面接といっても私の我儘に押された彼の負けだが。


彼の名はフレインという。

便利屋の店主でとても怠惰。

だが、腕は良いらしく毎日いろいろな依頼が舞い込んでくる。

これはあなた自身がやったほうが早いのでは…?と思うものやそんな難しいこと頼んでくるの?と思わせるものまで多岐に渡る。

そして彼の特徴は腕が4本あること。背中に翼ではなく腕が生えている。その4本ある腕を器用に使い、2つの依頼を同時にこなしているのだ。しかも出し入れ簡単だという。なんと器用な人なんだろうと見惚れてしまうほど。ぼーっと眺めれば彼にはすかさず「手を動かせ」と喝が飛んでくる。一体目もいくつあるの?と言いたいほど彼は仕事をしている合間でも私のことをよく見ていたのだ。


「フレイン、今は何をやってるの?」


「見たらわかるだろう」


「…わからないから聞いてるの」


「古文書の解読とGNSSの追跡だ」


「GNSS…?」


「お前、それを知らぬのか」


「うん」


「GNSSは…いや、ちょっと待て。静かにしてろ」


「はい、んぐっ…!?」


スレインがそう言うや否や片腕をこちらに伸ばし、私の口を塞ぐ。


「傭兵、聴こえるか。2時の方向に地雷の匂いがするぞ、気をつけろ」


『おう、ありがとよ』


「そのビルを右に曲がったところに伏兵注意だ」


『じゃあ前にいる戦隊を後ろに下がらせるぞ。武装兵を前に歩かせよう』


「あぁ」


一体なんの話をしているのだろうか…というか、物騒すぎて口を塞がれなくてもきっと言葉は出てこないだろう。


「以上だ、気をつけろ」


無線を切ったと同時に今度は古い書物に目を通し始めた。


「…無線で話していたところが一番の難易度だったか…」


人と話している最中でも別の腕で古文書の解読に勤しんでいたらしく、さっきまで書いていたところをスーッと人差し指でなぞり確認していた。


「あ」


私の口を押さえていた腕がぴくりと動き、そのまま離れた。


「お前の口を塞いでいたことを忘れていた」


「本当に同時に2つのものしか作業ができないのね」


「当たり前だろう」


古文書の解読をしながら現地の人に危険を知らせるという、普通の人では到底できないことをやっている時点ですごいとは思うが。


「おい、そんなに暇なら昼飯でも買ってこい」


「お昼ご飯ですか?」


「あぁ。冷蔵庫の中身は尽きた。新しいものがない。このまま俺を餓死させる気か」


それもそうだ。いくら悪魔といえど何かで腹を満たさなければ生きていけない。


「何食べますか?」


正直、ここに来てから何かを食べている姿を一度も見たことがないのだ。


「何を食べると思う」


すっと顔を上げて普段なら立ち上がらないくせに、私に近づいてくる。


「そうだ、お前は確かニンゲンだったな」


「は、はい…」


「この世界にはニンゲンを主食としたやつらも住んでるんだ」


「え…」


「お前を食ってもいいんだぞ」


顔を近づけられる。

やばい、食べられる…!

私の人生これまでだったか…。

産んでくれてありがとう、お母さんお父さん。

そしてこんなところで果ててしまってごめんなさい。

心の中で呟くと、額にぺちっと何かを叩きつけられた。


「あたっ…!」


手にしてみると細長い紙。


「金だ、これでなんか買ってこい」


「お金…」


どうやら握っているのは紙幣のようだ。フレインはすでにカウンターに戻っていて古文書と睨めっこをしている。


「わかりました。いってきます」


ガチャンとドアを鳴らし、暗い路地裏から大きな通りを出てスーパーに行くのだった。





この紙幣一枚でこんなに大量なものを買えるなんて…。

あれもこれもとカゴの中に品物を入れていたら、いつの間にか腕がはち切れそうなほどの量を買っていたことに今更ながら気がついた。でもこれで当分ご飯には困らないだろう、と主婦気分になりつつ帰路を辿っていると後ろから髪を引っ張られた。


「きゃっ…!」


「こいつはぁ、いい女だな…」


「しかもニンゲンの匂いがすんな…」


「いい油も乗ってんな…」  


強引に引っ張った方を向くと妖怪のような姿をした3人の悪魔が私を囲んでいた。


「やめてっ、というか太ってないから…!!」


「息がいいな。このまま炙ったら美味そうだ」


「今日の昼飯はこれで確定だ」


ひひひっという不気味な笑い声と共に、彼らの1人から空間に黒い渦を発生させそこから大きなクワを取り出した。

今度こそやられる…。

そう思った瞬間、クワが空気を切り裂くような音がした。

私は何も抗えずに目を瞑り痛みを待っていた。

はずだ…。


「やめろ」


キーンという金属が弾かれる音がしたと思えば私の体はひょいと宙に浮いた。目を開けると近くにはフレインの顔がある。


「フレイン…!」


どうやら私はフレインに片腕で抱っこされていたのだ。


「お前は…!」


「便利屋の!!」


「あぁ、俺のことを知っているとは話が早い。このガキは俺のだ、悪いな」


片手を3人の悪魔に向けると突風が彼らを巻き込む。瞬間に、どこかへ消えてしまった。

フレインは息を短く吐くと、シュッとお店に瞬間移動した。私を床に下ろし、そのまま壁にドンッと押された。これが恋愛漫画だったらとてもキュンキュンする場面なのに、しないのは正面にいる怖い顔をしたフレインのせいだった。


「おい、俺がいなかったらどうしてたんだ。あのままだったら確実に食われていたぞ」


「ごめんなさい…」


「命を大切にしろ。お前はただでここに生まれてきたわけじゃないだろう」


そうだ…。すぐに諦めてしまったのも私の悪い癖だ。


「お前がいないと…」


私の肩にフレインの頭がフワリと乗っかる。


「フレイン…」


相当怖い思いさせてしまったなと反省しながらフレインの髪を撫でる。


「腹が減った…」


「へ…?」


「腹が…」


「ちょ、ちょっ、フレイン!?待って!わたしっ、うわぁ!!」


フレインの全体重が私にのしかかり、そのままずるずると床に押し潰された。


「ちょっと、よけてよ…これじゃあ、ご飯の準備もできないじゃない!」


なんとか脱力しきったフレインをよけて、その場から脱出する。

フレインが怒ったのは初めて。怖かったなんて本人には言えないけど、さすが悪魔というべき威厳だった。

ずっと駒のように使われていて鞭の部分しか見えなかったけど、こうやって心配して、お腹が空いている状況でもすぐに駆けつけてくれるのはとても嬉しかった。

スースーと寝息を立てているフレインの頬をツンツンする。まだ起きる気配はない。


「ありがと、フレイン」


飴と鞭の二刀流ができる悪魔なんて聞いたことがないけれど。

フレインに拾われて良かったなと思った瞬間であった。

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目が覚めたら怠惰な悪魔店主の店の前でした。 しず @sizu67

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