なまくらとぼんくら

たかぱし かげる

なまくらとぼんくら

 足下に刀が一本落ちている。抜き身の地肌が鈍く光を返していた。

 少年は刀を見ながらはてと首をかしぐ。状況がよく分からない。

 手にしていた己の刀と見比べて、さらに首をひねった。

 似ている。今様流行りの姿形とはいえ、二振りは驚くほど酷似していた。

 己の刀を腰の鞘へ納め、少年は不審な刀へ手を伸ばす。

 取り上げた刀は妖しく輝いた。

『なあ、お前』

 急に頭の中で響いた声に驚き刀を落とす。

『あ痛っ』

 かしゃりと転がる刀をそっちのけで少年は辺りを見回すが、近くには誰もいない。

『おいこら、手放すんじゃねぇ』

 まさかと思いつつ、少年は恐る恐る刀を拾いなおした。

「この刀がしゃべった……?」

『おう、おう、なんだお前。話す刀は初めてか?』

 もちろん初めてであった。けれども、力強き妖刀伝説では刀が語りかけてくる程度はお約束である。

 それより少年には気になることがある。

「……なぜ刀に痛覚が……?」

 痛い痛いとか言われたら、打ち合いにくいではないか。

 刀は一寸黙り込んだ。

『…………いや、いや。まあ、別に痛かなかったが。気分的な? っていうか、気にするとこ、そこかよ?』

 少年はよく分からないと言いたげに眉を寄せる。

『いや、ほら。なんで妖刀がいるのか、とか。どうしてこんな状況になってるのか、とか』

 お前分かってる?などと妖刀に聞かれて、なんとなくムッとする。

「捨てよう」

 とりあえず、変なものにかかずらいたくはない。一も二もなく投げ捨てようと振りかぶると、今度は刀が焦った。

『待て待て待て!』

 声がガンガンと頭に響く。

『だから刀を容易に手放すなって言ってるだろうが! だいたい俺は正真正銘お前の刀だぜ』

「嘘をつけ」

 少年の刀は腰にある。

『嘘じゃない。お前が差してるそれは、俺の片身。俺は二振りでひとつだ。さっきが自身で購っただろうが』

 買った覚えなど少年にはない。だからなおさら可怪おかしいと思う。

「……どういうことだ? なにが起きてる?」

 原因はきっとこの妖刀だ。そんなものと会話したくはないが、他に聞ける相手もいない。

 仕方なく尋ねるが、なんとなく相手の思う壺に嵌まっている気もする。

『なあ、お前』

 妖刀は言った。

『お前、究極の二刀流剣士になりたかないか?』

「………………」

 刀の通信販売の売り口上だってもう少しマトモなことを言う。

 少年は無言で再度刀を振りかぶった。

『待て待て待て! 捨てたってお前が持ち主である限り俺の声は聞こえるからな!!』

 売り払えばいいのか。仕方なく下ろす。

『究極の二刀流だぞ? 興味あるだろ?』

 だろだろと声を頭に響かせてくる妖刀はまこと鬱陶しい。

「二刀流なんて」

 幼い頃には英雄譚に出てくる二刀流剣士の活躍に胸踊らせなかったではないけれど、お伽噺はとうに卒業している。

「重たい刀を二本も持って戦えるわけないだろ」

 道場剣ならいざ知らず。実戦で二刀流を行くのは並大抵ではない。

 そんな簡単に強いならみんなやるって話だ。

『だから、“二刀流”じゃなくて、“究極の二刀流”だと言ってるだろが』

「究極?」

『二刀流の弱点を克服した、誰もが強い二刀流剣士になれる剣、として俺は作られた』

 胡散臭いことこの上ないが、少年はやや気を引かれたらしかった。

 そもそもこの少年、本人は覚えてないと言うが、妖刀によれば一度この刀を買ったらしい。

 “究極の二刀流”なる言説ワードには抗えない、そんなお年頃真っ盛りだった。

「つまり、それは、どういう?」

『聞くよりやるが早い。ほら、腰の刀も抜いて、二本構えてみな』

 少年はほんの僅かに躊躇した。しかし幸い一人きりで、誰に見られるということもない。

 なんというか、まさに秘密の特訓場であるかのような場面だ。

 そんな状況に誘われて、ちょっと試してみるかという気になる。試すだけなら大したことにもなるまい。

 妖刀は左手に持ち、利き手で腰の鞘からもう一本を引き出す。

 そうして両手に持ち比べてみれば、切っ先といい反りといい拵えといい、やはり二振りは瓜二つであった。

 しかし、一振りでも少年にはやや持て余すような大物で、片腕で一本ずつ振り回せというのは無茶だと思えた。

『突っ立ってどうする。しっかり構えろ』

 声は頭に響くため、もはやどちらの刀が喋っているやらよく分からない。

 うるさい声に追い立てられて少年は二刀で構えをとってみる。かつて近所の悪友たちとのチャンバラごっこでやっていた、二刀流のポーズだ。

 途端に、ぐらりとひどい眩暈がして少年の体が傾ぐ。慌てて刀を握って構え直した。

 しかし握り直した刀は一本である。いつもの中段に構えて立っているだけだ。

 面妖なと思うより先に少年はぎょっとした。いつの間にか、すぐ隣にそっくり同じ姿形のが立っていて、やはりもう一振りを中段に構えて立っている。

「なん、なんだこれ!?」

『おう、すげぇだろ。二本を構えると剣士の片身も出現して、自在に二刀で戦えるって寸法だ!』

「はあ!? 二刀流でもなんでもないだろ!?」

『だが二本で戦えるから強いぞ!』

 そういう問題ではない。

 隣のは仮想の敵でもにらんでいるのか、りりしい顔で前を見つめて立っている。そんな自分を端から見ているというのは、なんとも不気味で妙な気分だ。

「うう、なんだこいつ」

 思わず刀をに向ければ、本身の動きに呼応して片身の剣士も滑らかに――というか、ぬるりと動いた。

「ひいっ! 気持ち悪ぅっ!!」

 生理的に無理だった。我慢たまらず妖刀を投げ出す。

『あ、おい! やめろっ』

 放り出されて転がって、妖刀の切羽詰まった声が響く。

『構えてる途中に俺を手放すと、先に離した方が消えちまう――』

 時すでに遅く、先ほどまで話していたはずの少年は跡形もなく消えていた。

『くそっ。またか』

 残されたのは片身の剣士で、本身を失った彼はぼうと突っ立っている。

 それも本体はどっちだ、なんて問題が起きないように、出現する分身は剣術を振るうのに必要な記憶しか持っていないからだった。

 まあ、今からはこの片身こそが少年本体、ということになるのだが。

 妖刀は人知れずため息をついた。

『いい加減この繰り返しになるのを終わらせたいんだが。とんだぼんくらに買われたもんだぜ』

 ふと、少年が足下に転がる抜き身の刀に気づいて首をかしげる。

 仕方なく妖刀は声をかけた。

『……なあ、お前。究極の二刀流剣士になりたかないか?』



なまくらとぼんくら〈おしまい〉

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なまくらとぼんくら たかぱし かげる @takapashied

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