モノポール侍

沢田和早

モノポール侍

 武田家当主、勝頼かつよりは疲れ果てていた。

 ここ数カ月間、織田家と交えた合戦は全て敗北。再起を期して万全の態勢で臨んだ今回の設楽原したらがはらの野戦では、これまでにないほどの大敗を喫してしまった。


「殿、ここはひとまず退却を」


 先代から仕えている忠臣定忠さだただの手引きで武節ぶせつ城に逃げ込んだ勝頼は、朱に染まり始めた西の空を眺めながら己の不甲斐なさを噛み締めずにはいられなかった。


「織田がこれほどのいくさ上手とは。少し侮りすぎたのかもしれぬな」

「あやつらは戦い方もろくに知らぬ田舎者にすぎませぬ。我らは織田に負けたのではなく鉄砲に負けたのです」

「鉄砲か。我らには決して扱えぬ新兵器。武田の命運もここに尽きたのかもしれぬな」


 勝頼の弱気な言葉を定忠は否定できなかった。鉄砲に対抗する手段がまったく見いだせなかったからだ。


「織田さえこの星に流れ着かなければ……」


 定忠は握りこぶしをわなわなと震わせながら、これまでの日々を振り返った。


 銀河連邦辺境星域の惑星、マグネット星。武田はこの星に代々続く武門の誉れ高い名家である。

 数カ月前、何の前触れもなく忽然と姿を現した軍団があった。織田家である。天下布武を旗印に掲げる彼らは時空のひずみを利用して別の星系からこの星へとやって来たのだ。


「ははは、この星ではまだ刀などを使っているのか。我らの新兵器を思い知るがいい」


 それは見たこともない兵器だった。金属の筒から高速の鉛玉が発射されて木の板などは簡単にぶち抜かれてしまうのだ。


「くそっ。まったく歯が立たぬ」


 刀だけを武器として戦ってきたマグネット星人たちは大苦戦を強いられた。発射された鉛玉が両手や刀の刃にくっ付くからだ。


 マグネット星人の特徴は両手が磁化していることである。例外なく右手がN極で左手がS極だ。従って両手で刀を握れば刀の右側はS極になり左側はN極になる。

 合戦の時にはこの磁極を考慮して戦わなくてはならない。相手の刀のN極に自分の刀のS極を打ち付けると、くっ付いて離れなくなってしまう。そうなるといったん刀を手放して磁化を解除し、再び刀を手に取って戦い始めるか、刀を捨てて取っ組み合いを始めるかのどちらかを選択することになる。


 両手ではなく片手で持っても同じだ。マグネット星人の身体の前面は右手から左手に向かう磁界で覆われているので、この場所に金属が存在すると否応なくN極とS極を持つ磁石になってしまうのである。


 しかもマグネット星人の磁界は非常に特殊で、鉄やニッケルだけでなく金、銅、鉛、アルミといった金属までも磁化してしまう非常に厄介なものだった。


「ははは。この星に流れ着いた我らは実に運がいい。征服するのも時間の問題だな」


 両手と刀が磁化してしまうマグネット星人にとって織田家の鉄砲は天敵と呼べるものだった。どんなに鉛玉を避けようとしても磁力に引き寄せられてほぼ確実に刀や手に着弾してしまうからだ。

 木製の刀や盾を使ってはみたがマグネット星の樹木は非常にもろく、鉛玉が一発命中するだけで木っ端微塵に破壊されてしまった。


「もはや我らに打つ手なし、か」


 マグネット星最強の武田家でさえまったく歯が立たぬ織田家の実力を目の当たりにして、他の大名家は次々に織田家の軍門に下っていった。今や織田家に逆らう大名は武田家のみ。そしてその領地も徐々に侵略されつつある。滅亡は時間の問題であった。


「そろそろ年貢の納め時のようだな」


 またしても勝頼が弱音を吐いた。定忠は己を励ますように大声を上げた。


「いいえ、まだ望みは残っております。我らが家中に語り継がれてきた言い伝え。あれが真実ならばこの窮地を脱することもできるはず」

「言い伝え? ああ、二刀流救世主伝説か。ふっ、そんな世迷言に救いを求めねばならぬとは、武田家も落ちぶれたものだ」


 マグネット星人は例外なく一刀流である。右と左に刀を持つと磁化された刃がくっ付き合ってしまい、結局一本になってしまうからだ。


「その者、二本の刀を持って、乱戦の野に降り立つべし。失われた領地を回復し、領主を世界の覇者へと導かん……拙者は信じております。いつか二刀流の侍が我らの陣営に駆け付け、武田家の名声を再び取り戻してくれることを」

「そうあってくれるといいな。疲れた。少し眠るぞ」


 勝頼は畳の上で横になった。定忠は頭を下げて退室すると外に出た。

 日はすでに暮れ小雨が降り始めている。遠くで雲が光った。遅れて雷鳴が轟く。この空模様では今夜は荒れそうだ。


「二本の刀、なんとか扱えないものか」


 定忠は本差を右手に脇差を左手に持った。二本を体の前面に持ってくると磁力が働きあっという間にくっ付き合ってしまった。素手の状態なら両手に働く磁力は微々たるものだが、両手に金属を持った途端、磁力は数十倍になり筋力では抗えないほどの力で互いを引き寄せあってしまう。


「二刀流……やはり我らには永遠に不可能な技なのか」


 定忠は天を見上げた。雨は本降りに変わっていた。轟く雷鳴も大きくなってきた。そろそろ屋敷に戻るか、そう思った瞬間、辺りが真っ白になった。


 ――ドドーン!


 同時に凄まじい雷鳴。定忠は意識を失ってその場に倒れた。



「気がついたか」


 目を開けると勝頼の顔があった。すでに夜は明けている。一晩眠っていたようだ。


「ここは? 何が起きたのですか」

「雷に撃たれたのだ。おまえは運がいい。直撃だったら命を落としていただろう。雷の大部分は楠が引き受けてくれた。焼け焦げて半分に裂けた楠に後で礼を言っておくといい」

「そうでしたか。いくさで生き残ったのに雷に撃たれて死んだとなれば物笑いになるところでした」


 定忠は苦笑いをした。勝頼は湯呑を差し出した。


「飲め、梅酢湯だ。黒鉄の器ゆえ熱いぞ」


 勝頼は右手に金属製の湯呑を持っている。定忠は半身を起こすと左手を持ち上げた。

 右手に持った金属を受け取る時は必ず左手を使わなくてはならない。右手がN極なので手と接触している金属部分はS極となりその反対側はN極となる。従ってN極の右手で受け取ろうとすると斥力が働いて湯呑と右手が反発し合うからだ。だが、


「おや!」


 定忠の左手が湯呑に弾かれた。明らかに斥力が働いている。勝頼も首を傾げた。


「失礼しました」


 定忠は不審に思いながら今度は右手を差し出した。同じだった。やはり黒鉄の湯呑に弾かれる。


「これならどうだ」


 勝頼は湯呑を左手に持ち替えた。定忠が右手を差し出した。反発力はない。左手を差し出した。やはり反発力はない。難なく受け取れる。もはや疑いの余地はない。


「定忠、おまえの両手はどちらもN極になっているぞ」

「はい、どうやらそのようです。恐らく雷に撃たれたために体内磁性が変化を起こしたのでしょう」

「両手が同じ極性か。ふうむ……ならば二刀が使えるのではないか」

「あっ!」


 定忠は立ち上がると脇に置かれていた本差と脇差を手に取った。両手に持つ。近づける。両者に引力は働かない。さらに近づけると斥力によって離れようとする。これなら二刀を使って思う存分戦える。


「ああ、なんという僥倖! まさかこんな形で二刀流の使い手になれるとは」

「言い伝えを信じ続けたおまえに対する神からのご褒美であろう。定忠、今日よりおまえは伝説の救世主として戦場に立つがよい。単極子の武士、モノポール侍の誕生じゃ!」

「ははっ!」


 勝頼と定忠は固く握手をした。もちろん左手と左手の握手である。右手と右手では斥力が働いてがっしりと握れないからだ。


 定忠が二刀流のモノポール侍となって以後、武田家は負け知らずとなった。

 定忠の磁性変化は「右手も左手もN極になるだけ」という単純なものではなかった。定忠が握った刀もN極のモノポールになるのだ。N極の手でN極の刀を握るなど本来ならあり得ないのだが、未知の原理が作用してそれを可能にしていた。

 しかも定忠の半径十尺の範囲内に存在する金属も全てN極になった。つまり鉄砲から撃たれた鉛玉がこの範囲内に入るとN極モノポールとなり、定忠自身のN極と反発して方向を反転させ、鉄砲目掛けて戻っていくのである。


「うわあー、どういうことだ。鉛玉がこっちに返って来るぞ」


 定忠が足軽隊の最前線で二刀を振り回して走っているだけで、鉛玉は全て織田陣営へ弾き返されてしまう。これには織田家の鉄砲隊も面食らわずにはいられなかった。たちまちのうちに戦意を喪失し脱落する者が続出した。


「うむむ。なんたることだ。新兵器の鉄砲がこうも易々と攻略されるとは。どうやらこの星に見切りをつける時が来たようだな」


 織田家の当主は極めて合理的かつ即断即決な人物だった。再び時空のひずみを発生させると風のようにマグネット星から姿を消した。


「我らの勝利じゃ。皆の者、大儀であった」

「武田家、万歳! 万歳!」


 こうして勝頼はマグネット星の覇者となり、最大の功労者である定忠は伝説の二刀流救世主として末代まで語り継がれる英雄となったのである。

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