第33話 君と見る景色で、見えるもの
結局、その日の深夜3時頃に帰宅。
当然ながら、その日は平日だった為、会社は有給扱いにして休んだ。それもこれも、全ては「林田ひなの」のせいだが、もちろん俺には、微塵も後悔はなかった。
そして、寝て、起きた午後。
早速、彼女から直接、電話が来た。
「病院行ってきたよ。ただの打撲だって」
それを聞いてひとまず安心する。
だが、彼女は俺の想像以上に、活動的だった。
「良かったな」
と返したら、
「バイクの修理はしばらくかかるけど、私は出かけたい。ねえ、亮太。年末に初日の出を見に行こうよ!」
「初日の出? 嫌だよ、寒いし」
そもそも、この年の年末は、寒波が襲ってくるとかで、例年以上に寒いと言われている。そんな中、わざわざ初日の出を拝む為だけに、深夜に出るのは嫌だったのだが。
「えー、なんで、なんで? 行こうよ! 行ったら、きっといいことがあるよ」
「どうせお前。俺のバイクの後ろに乗るつもりだろ? それに足はいいのか?」
「そうだけど。足は大丈夫だよ。テーピングして行くし、湿布も貼るから。大晦日の夜に出発ね。用意しておいて」
有無を言わせない口調で、強引に切り上げられていた。
早くも、俺は彼女に「振り回されて」いる気がしていた。
そして、あっという間に仕事納めが終わり、年末。
12月31日がやって来た。
仕方がないから、帰省はせずに、親には「用事がある」と言って、断り、わざわざひなのに付き合うことにした。
約束の時間は日付が変わった1月1日の午前3時。彼女は俺の家まで来るという。一応、家の場所は教えていたが、彼女ならもう知っていたのかもしれない。
その日、天気予報では確かに「晴れ」だったが、放射冷却により、朝方は特に冷え込むという予報だった。
そんな中、路面凍結による転倒の危険さえあるバイクでわざわざ初日の出を見に行くのだ。
そんな奇特なことをするのは、そう多くないと思っていた。
ところが。
待ち合わせ場所の、自宅マンションの前までやって来た彼女は、分厚いダッフルコートにマフラーを巻いていた。いかにも暖かそうな格好に見える。
一方の俺は、真冬にバイクに乗るから、もちろん万全の防寒対策はしてきていたが、それでも風防がほとんどないカタナに乗るわけだ。おまけにグリップヒーターもない。
仕方がないから、分厚い真冬用のグローブを装着し、何枚も重ね着をしてきていた。
そんな俺の姿を見て、彼女は、
「亮太。着ぐるみ着てるみたい」
と笑っていたが、俺にとっては笑い事ではない。
ただでさえ、寒いのは苦手だ。
「で、どこに行くつもりだ? 言っておくが、犬吠埼は嫌だぞ。あそこは、毎年初日の出を拝もうとする客で、ごった返して渋滞が発生する」
先手を打って、そう言ったら、彼女は意外な選択を提案してきたのだ。
「うん。それはわかってる。だから、ちょっと穴場を目指して」
「どこだ?」
「九十九里浜」
「同じ千葉県じゃねえか?」
「そうだよ。でも、ただの海岸だから、犬吠埼よりは混まないはず」
「しゃーないな」
ここまで来たら、腹を括るしかない。
そのまま、後ろに彼女を乗せた状態で出発。
まずは調布インターチェンジから中央道を通り、首都高を通過して、千葉県に抜けるルートを選択する。途中、高速を降りて後は下道だ。
だが。
「クソ寒い!」
高速道路に乗ってすぐに後悔して、大声を上げていた。
真冬の深夜の、肌を斬り裂くような寒風が、容赦なく全身に襲ってくるし、風防もグリップヒーターもないから、遮るものがない。
そんな俺を見て、ひなのは笑みを浮かべていた。
「私は亮太が盾になってくれてるから、そんなに寒くないかな」
「クソっ。俺だけ損じゃねえか」
「まあまあ。男の子なんだから、頑張って」
なんだか、無性に騙された気分になっていた。
だが、中央道を抜け、都心に入ると、一変する。
トンネルに入ると、トンネルの中は異様なくらいに「暖かい」のだ。つまり、こういう時、トンネルの中だけは熱を持っていて、常に暖かい。
そこに入る時だけが、至福の時であり、後は地獄の寒さだった。
東京都と千葉県の境目にある、江戸川を越えて、千葉県に入ると、不思議な光景が目に付くようになった。
バイクが多い。
そう。俺の予想とは裏腹に、この日、初日の出を見ようと旅に出たバイカーたちだった。
(結構いるな)
こんな深夜で、クソ寒いのによくやるものだ。いや、それは俺もか。
などと、自虐的に笑いながら東を目指す。
途中、後ろの彼女が叫んだ。
「亮太。次の貝塚インターで降りて」
「何でだよ? このまま高速走った方が近いぞ」
「いいから」
相変わらずの、有無を言わせない口調だ。
仕方がない。ひとまず降りて、国道51号に出る。途中のコンビニで停まった。
ヘルメットを脱いで、改めて彼女に理由を聞いてみる。
「ひなの。なんでわざわざ時間がかかる道を選ぶんだ?」
ひなのは、自身の携帯を眺めたまま、あっさりと返答してきた。
「ん-。だって、まだ早いし」
時刻は午前4時頃だった。出発から約1時間が経過している。距離にして、約60キロ。
しかも、驚くべきことに、こんな早朝なのに、バイクが多く走っており、このコンビニ駐車場にも何台かのバイクの姿が見られた。
「そうか。まあ、高速だと寒いからいいけど。日の出は何時頃だ?」
「6時45分くらいかな。ここから下でも1時間半くらいで行けるから、後は休憩しながら、のんびり下道でいいよ」
「わかった」
このコンビニで缶コーヒーを買って、タバコを吸った俺たちは、再び、今度は下道から九十九里浜を目指す。
だが、道のりは意外に困難だった。
距離的にはここから50~60キロ弱くらいなのだが、とにかく寒い。
寒さというのは、人が少ない田舎の方が、体感的には強く感じるもので、人が密集している都心や千葉県中心部に比べ、郊外に行けば行くほど寒くなる。
「亮太! トイレ、トイレ!」
後ろの彼女にせがまれては、何度もトイレ休憩のためにコンビニに寄り、その度に「寒い」と言う彼女はまた、暖かい缶コーヒーを買って、またトイレが近くなる。
その繰り返しだったが、俺もまた何度も缶コーヒーを買ったせいで、同じように何度もトイレに行っていた。
「はあ。さすがに、これは無茶な旅だな。マジでクソ寒いぞ。今年は寒波が来るって言ってたしなあ」
田舎の原っぱの中にポツンと立つような、ド田舎のコンビニ駐車場で、タバコを吸いながら愚痴ると、ひなのは穏やかに微笑んでいた。
「まあね。でも、ほら見てよ」
口にタバコをくわえたまま、彼女が指さした方向は、夜空だった。
真冬の澄んだ空気にくっきりと浮かぶ、無数の星空。
すでに深夜というより、明け方に近い、午前5時になろうとしていたが、冬の夜は長い。まだまだ陽が昇る気配はなく、星空が輝いていた。
「おお、すげえ星空」
「でしょでしょ。こんな風景見れただけで、来てよかったと思わないと」
「悔しいけど、そうかもな」
「なんで、悔しいのよ? それに、初日の出を見たら、きっともっと感動するよ」
まるで、俺の背中をそっと押すように、ひなのは、柔らかい笑顔を浮かべたまま、タバコの火をもみ消して、バイクに向かって行った。
そこから30分くらいかけて、田舎道をひた走り、午前5時半を回った頃、ようやく九十九里浜にほど近い、県道30号に達する。
通称「九十九里ビーチライン」とも呼ばれる道だが、名前とは裏腹に、実は海岸線から少し離れた位置を走っており、海岸線は見えない、味気ない道だ。
だが、そこからさらに20分ほど走ると、ようやく目的地が見えてきた。
吉崎浜。
そう呼ばれる、小さな浜辺。そこが、ひなのが目指そうと言っていた「目的地」だった。
何のことはない。
来てみれば、どこにでもありそうな、ただの海岸だった。
その海岸沿いの道の脇にバイクを停めて、2人で砂浜を目指して歩く。
そして、驚くべきことに、先客がいた。それも予想以上に。
俺たちと同じような目的で、ここに「初日の出」を見るためにやって来た、都内や千葉県のナンバーをつけた車がいっぱい来ており、それ相応に人がたくさん集まっていた。
それを見て、彼女は、
「あはは。さすがに亮太と2人っきりってわけにはいかないか」
と笑っていたが、2人で海岸に降りると、すでに感動を呼び起こしそうな光景が広がっていた。
東の空、海岸線のはるか彼方が、すでに薄く染まっていた。時刻は6時を少し回ったところ。
それからの時間が感動的だった。
グラデーションのように、海から青、橙、赤と染まっていく朝日の残光。それが時間の経過と共に、徐々に輝きの度合いを増してくるのだ。
それはまるで、映画のワンシーンを見ているかのようでもあり、また高級な絵画を見ているようでもあり、筆舌に尽くしがたいほど美しいものだった。
「うわ。すっごい綺麗だねえ」
「ああ」
言葉に出来ない、自然の美しさに見入りながらも、2人並んで海岸線に砂浜の上に座って、時刻が過ぎるのを待つことにした。
1月1日、6時45分頃。
辺りから歓声が上がっていた。
そう。東の海上からゆっくり姿を現した、丸い球体。太陽だ。その太陽が少しずつ登るにつれ、海の色も変わっていく。
それまで太陽の周りを囲うように、海の上全体が赤かった夜空が、だんだん全体的に明るくなり、太陽を中心とした周りだけが明るさを増していく。
「ほら、初日の出だよ、亮太!」
「ああ。わかってる」
「もう。感動がないな。そんなカッコつけてると、損するよ」
「違えよ。十分感動してるさ」
「そっか。私の言った通り、来てよかったでしょ?」
「ああ。悔しいが、ひなのの言う通りだった」
「だから、何で悔しいわけ?」
「何だか負けた気がするから」
「子供か!」
「子供だよ。男なんて生き物は、所詮いつまで経っても子供なんだ」
などと、他愛のない会話をしながらも、その一年最初の太陽はゆっくりと登って行く。
太陽が完全に登りきるまでは、およそ10分間だったが、それまでの短い間が、まさにスペクタルな天体ショーのように、感動を呼び起こすものだった。
「綺麗だったねえ。私の言う通りだったでしょ」
「ああ」
バイクを置いてある場所に戻る途中、ひなのは得意げな笑顔を浮かべていた。
バイクに戻った後、後は帰るだけだと思って、来た道を走り、下道から高速道路に乗ろうと思っていたら。
「ねえ、亮太。あそこで停まって」
不意に後ろの彼女が叫んだ。
見ると、何もないような、田舎の広域農道みたいな道路であり、辺りに人気がなかった。
それどころか、あるのは田んぼと、空き地だけで、車の姿もない。
(意味がわからん)
そう思いながらも、俺は渋々、カタナを路肩に停めた。
ひなのは、真っ先にバイクを降りて、ヘルメットを脱いでいた。
仕方がないから俺もヘルメットを脱いで、ひとまず降りる。
「なあ、ひなの。何でこんなところで停まるんだよ?」
当然の疑問をぶつけるも、彼女はどこかそわそわしたような様子に見えた。
何よりも俺に背中を向けている。
イマイチ、掴みどころがないな、と思っていると。
振り向いたひなのが、俺に向かって、背伸びをしてきた。
と思ったら、そのまま、背伸びをした彼女に唇を奪われていた。
不意打ちすぎるキス。それも2回目だ。
さすがに慣れたが、身長差があるから、俺は少しかがまないとキスもしづらい。
誰も来ない農道の脇でしばらくキスをしていると、不意に遠くからバイクのエンジン音が聞こえてきたため、俺たちは慌てて体を離す。
九十九里方面から来た、1台のバイクはやがて爆音を鳴らして通り過ぎた。
「私、やっぱり亮太のことが、大好き」
「ひなの」
恥ずかしいセリフを、臆面もなく言ってくる彼女が、無性に可愛らしく思えた。
きっとこの子は「手離し」ちゃダメだ。と、俺の中の本能が告げていた。
時には喧嘩もするだろう。互いに意見が合わないこともあるだろう。気持ちがすれ違うこともあるだろう。
だが、この子の一途な思いは大切にしたいし、そんな彼女に俺自身が惚れてしまったのも事実だった。
小さくて、子供っぽくて、不器用で、明るくて、健康的で、でも少しわがまま。そんな彼女がたまらなく愛おしく思い、今度は俺がかかんで、彼女の唇を奪っていた。
2021年1月1日。
俺と彼女の「新しい旅」はこうして始まったのだった。
(完)
Oh My Rhapsody 秋山如雪 @josetsu
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