【KAC20221】僕たちの無限刀流【二刀流】

なみかわ

僕たちの無限刀流

 3月のなかば、22時の天王寺駅16番ホームに、慌てる革靴の足音が駆け降りる音が響いた。

「うあああー、騙されたわ、柏原かしわら行きやん!」

「やっぱ湊町みなとまち回ったほうが良かったんちゃう?」

 酒と油くさいスーツの、へたれた30代後半の男性二人。快速電車と信じて中央改札から必死で走ったものの、白い221系電車の行先は『普通 柏原』であり、ほどなくホームを出て行った。


「おまえ湊町てまた古臭いな」

 黒縁眼鏡で髪の毛を短く固めた、小柄長身の方は、ポケットからハンカチを出してこめかみをぬぐう。もうその名前の駅は無く、いまはJR難波と呼ばれて久しい。

「俺はぁ」

 最後のダメ押しのアルコールのせいで、少々ろれつが回っていない丸顔大柄の方は、上着を脱ぎ袖を丸める。太い腕が目立つ。

「御堂筋なんばからめっちゃ離れてるのになんばという名前を付けたJRを許してないからなぁ~」

 すれ違った塾帰りの学生服の少年が、含み笑いをしていった。


「でもひっさしぶりにあそこで会うなんで思ってなかったわ」

 眼鏡は銀色の腕時計と駅の表示板を見比べる。「何年ぶりだっけ?」

「あー、町民体育祭でおかんに粗品もらえるから出ろって、4中のグラウンドでパン食い競争で走ってたら、パン屋のケース詰んでたから……2,3年くらい?」

「せやな俺はあの年親父が自治会長をやったから手伝ってた」

 お互い同じ堺筋本町を最寄りとして仕事をしていることは年賀状のやりとりで知っていいたものの、かといって積極的にコンタクトをとることもなく、たまにSNSで写真をみて『いいね』を押し合う程度だった。バス乗り場も3番と2番で、もしかしたらお互いがお互いの並んでいる頭を見たかもしれない、といったところだった。


 脱いだ上着を丸めて、カバンからペットボトルの水をひねって飲んだ丸顔。かれが普段通り仕事を終えて18時すぎに堺筋本町の改札を通ろうとしたとき、見覚えのある幼馴染の眼鏡の姿を見つけたのだ。

 そのまま地下の飲み屋で、だらだらしていたら、なかなか電車とバスの連絡がうまくいかない時間帯になってしまい、二人は慌てて奈良へ戻ろうとしている。


「次何分?」

 丸顔は眼鏡に聞く。

「10分ちょいってとこかね」

「あ~ダイヤ変わってもそこは変わらんか」

「素で考えてもこんな時間に電車増やさんでしょ」

 立ち止まっていても暑いのか、二人はそのまま東側--奈良行きの電車でいうと先頭の方--へすすむ。3両目より前に行っておけば、各駅停車に乗る人をさけられる。


「よっしゃちょっとやるか」

「何を」

 酔いが回っているほうの丸顔は、カバンを脇に置いて眼鏡に向かい両手を前に出す。小学生時代に流行ったヒーロー漫画の必殺技の構えだ。

「はっは」

 眼鏡も両サイドに人がいないかを見てカバンを足元に手放す。

「きわめつけ流~居飛車~アターック」

「おっとそれは成捨てカウンターじゃ」

 ビシッ、バシッ、この時間帯アホが遊んでいてもおかしくないので、疲れた人びとはスマホか新聞に目をやり聞こえないふりをする。

「わたしはその程度はくばらんよわとそん君」

「おっとこの俺に眼鏡を取らせるとどうなるかわからないぜ?」

 シュパッ、ジャッキーン。

 16番ホームに久宝寺まで先着の各駅停車王寺行が止まる。緑の電車の先頭車両に人が流れる。

「利き手ともう片手、そして見えざる心の手、五臓六腑のファイナルアタックじゃ!! てやー」

「めざめよ第三の力~、スーパーアタック」


 古い電車が二人を無視して去ってゆく。


「それならハイパーアタック」

「それならミラクルアタック」

「そんなものメガアタックじゃ~」

「おっとギガリバースアタック」


 二人は大人になっても童心にかえって無邪気に遊ぶのであった。


「すべてを無効化!!」

「無効化返し!!!」




 ……ペロポロペロレロレロレロリン、ペロポロペロレロレロレロリン。間もなく16番ホームに着きますのは快速加茂行きです。……


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