刑事と泥棒

白鷺雨月

第1話刑事と泥棒

 ゴールドシティの殺人課の刑事。

 それが俺の表の職業だ。

 今日、俺が呼びだされたのはさる財閥のお屋敷であった。

その屋敷はまるでお城のような華やかさだった。安アパート暮らしの俺にはまぶしすぎる。


 事件は昨夜起こった。

 その財閥の当主が何者かによって殺されたのだ。

 体中めった刺しになって殺されているのを妻のジョセフィーヌが発見したのとことだった。

「ジャック警部、おはようございます。現場はこちらです」

 先に到着していた部下のマイケルが俺を現場に案内した。


 それはひどいありさまだった。

 血の海に傷だらけの死体が浮かんでいる。

 この当主という人物はずいぶん恨まれていたのだろう。


「やったのはあいつよ。あいつに決まっているわ」

 かなきり声で騒ぐのはジョセフィーヌ夫人だ。

「あいつとは?」

 俺は訊く。

「メイドのメアリーよ。あいつに間違いないわ。あの女狐が犯人よ」

 ジョセフィーヌ夫人が騒ぎたてる。

「警部さん。あの女狐の部屋を探してちょうだい。あの泥棒猫が逃げないうちに」

 まったく猫だか狐だか、どっちなんだい。


 とりあえず、俺はマイケルとそのメイドの部屋をくまなく探した。

しかし、何もみつからなかった。

 ただ、かわいらしいメイドは部屋の端で震えているだけだ。

「そんな旦那様が……」

 メイドのメアリーは涙を流している。

 そんなに泣かれちゃあ、かわいい顔が台無しだぜ。


 次に俺たちは屋敷中を探し回った。

 事件になる証拠がなにかしら残っているかもしれない。

 そしてかれこれ二時間ほどさがしまわり、ついにマイケルがタオルにつつまれた血だらけのナイフを見つけた。

 そのナイフがあったのはジョセフィーヌ専用の衣装部屋であった。

「そんなあれは確かにメアリーの部屋に置いたのに」

 その血だらけのナイフを見て、ジョセフィーヌ夫人は言った。

 こいつは手間が省けて助けるぜ。




 さて、もうひとつの俺の顔は泥棒だ。

 いわば俺は刑事と泥棒の二刀流なのである。

 相反する職業であるが、こいつはまあ、趣味のようなものでやめらねらい。


 俺はあくどいことをしているという財閥の当主にひとあわふかせるためにそのお城のような屋敷に忍び込んだ。


 そして俺はみてしまったのだ。


 自分の夫をめった刺しにしているジョセフィーヌ夫人の姿を。

「この浮気者!! ろくでなし!! あんな若いだけがとりえの庶民の娘なんかに、あなたをやるものですか!!」

 そう言い、夫人はもう動かなくなってしまっている主人の体にナイフを刺し続けていた。


 俺はその様子をカーテンの裏からずっと見ていた。

 やがて、夫人はその血だらけのナイフを持ち、メイドたちの部屋に向かった。

 すぐに夫人は部屋を出ていく。


 俺はそのあと、メイドの部屋に入った。

 薬でも飲まされているのだろうか、そのかわいらしいメイドはぐっすりと眠っていた。

 俺はベッドの下から凶器であるナイフを見つけるとジョセフィーヌ夫人の衣装部屋におきなおしたのである。


 自分の罪を人になすりつけようとは泥棒の俺よりもあくどいではないか。

 ちょっとした義侠心が俺を動かした。





 それからしばらくして、俺はあるカフェに来ていた。

「あら、刑事さんじゃないですか」

 そのウエイトレスはあのメイドのメアリーであった。

 ウエイトレスの制服もなかなか似合っていてかわいいじゃないか。

「コーヒーを」

 俺はコーヒーを注文する。

 しばらくして、メアリーは俺の前にコーヒーを置く。

 コーヒーカップの下にはメモ用紙がはさまれていた。


 あの夜、薬を飲まされて動けなかったの。

 ありがとう、泥棒さん。

 このお礼をしたから、仕事が終わったら待っているわ。

 メモを読んだ後、顔をあげるとあのメアリーが俺にウインクしていた。

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刑事と泥棒 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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