小狐の末路

Null

第1話 一つの在り来りな出会い

「……!!」


少年・神楽坂かぐらざか ゆうは困惑していた。

運命的なものか、なにかの誘いか、それともただ単に迷ってしまったのか。


時刻は夕暮れ、彼は誰時。

少年は記憶の道筋を辿る。

どうして、この寂れた神社……いや、神社とも呼べない。

不気味で、今にも崩れそうな小屋の目の前で、立っているのか。





ガタン、ゴトン

「……んん」


(なんだか、酷く長い夢を見ていた気がする。)


少年は一人、そう思う。

都会を離れ、電車に揺られ、現在これからの居住地である場所へと向かっているのだ。

今日から田舎暮らし、ゆったりと過ごすのだと、少年は呑気に構える。


やがてトンネルを抜けると、壮大な自然が少年を待っていた。

季節は夏。暖かい緑は少年を祝福し、自然はその熱い生命をここぞとばかりに燃やしている。


「これからは、ここで過ごすんだ」


いっその事、昔の事など全て忘れてしまおう!

齢十三、新天地で迎える中学時代だ。

幾らでもやり直しの効く、まだまだ若い世代。

少年の心は、希望に燃えていた。





「大変だったねぇ、一人でここまで……」


これから暮らす家の玄関を開けると、祖母が出迎えてくれた。

開口一番少年を労る祖母。


「もう、中学生だし」


なんでもないように振る舞う少年。


「若い頃のじいさんを見ているようだよ」


祖母は、寂しそうに笑う。

……祖父が亡くなったのは、つい先月の事だった。

丁度梅雨の時期の事。

眠ったまま、動かないのだ。起きることは無かった。


仏壇で手を合わせる祖母を見て、少年は少し悲しげな顔をする。


「ちょっと、出かけてくるね」


「どこへ行くの?」


「色んなところ見てみたいんだ」


「早めに帰ってくるんだよ。今日は婆ちゃんが、腕を振るって豪華なご飯を作ってあげるからね」


「楽しみにしてる!いってきます!」





不気味な事に、あまりそれ以降記憶は無いが。

ここへ誘ったのは、少年の好奇心であることは間違いないだろう。


(……)


少年は、その古びた小屋にゆっくりと近づく。

夕暮れが、太陽が照らしてくれているのに。

まだ、まだ夜じゃない、月も顔を出していないのに。

暗くもない、むしろ明るいはずなのに、それが、その橙色が小屋を照らすから、怖いのだと少年は悟った。


しかし、好奇心は恐怖に勝ったようだ。

少年は扉の前に立つ。


汗ばむ手で、その戸に触れる。

心臓の鼓動が早くなるのが分かる。


(今なら引き返せる、今なら引き返せる……!)


霊的な物を信じていなければ、こんなもの、直ぐにバッと開ければいいのだ。

しかし少年は違った。信じているのだ。

そしてとても怖い。そう感じている。

それでも。


(この扉の奥に、誘われている気がする)


唾を飲み込み、一気に戸を開けた!





……人というのは、予想を大袈裟に立てるもので。

厄介なことに、その予想という名の妄想は、勝手に膨らんでいくのだ。


少年が妄想していたような光景……非現実は、そこにはなく、ただ狭い空間と、汚い畳と、蜘蛛の巣と。

それと、一つの祠のようなもの。

小さな地蔵があるだけだ。


「……なんだ、全然、何も無いじゃないか」


一歩、二歩と歩みを進める。

ふと、何かを踏んだ感触がした。

少年は足元を見る……一枚の札であった。

バッと後ろを振り返る。


おびただしい量の札が、扉に貼られている……!!


「な……に、これ!?」


危うく、口から心臓が飛び出でるところだった。

少年がそう思うほどに、恐怖の感情が少年を支配している。

額から、いや身体中から、嫌な汗が吹き出る。


「……帰ろう」


そこを出ようとした時のことだ。


「何を、しているの?」


「ッ!?」


地蔵の、正に目の前だ。

先程までいなかった者が、声をかける。

それは巫女服のようなものを着た、白髪で、赤い目をしていて……

耳と尻尾を生やした、非現実的な少年。


「……だ、誰!?」


「君こそ、誰?」


その存在は、不思議がってこちらを見る。


「……気がついたら、ここにいて。

それで、ここに小屋があったから……

ぼ、僕は遊……神楽坂 遊っていうんだ」


「遊くん、遊くんね、いい名前だね

僕、イナリっていうんだ。

ずっとここで眠ってたんだ」


ねぇ遊くん。

イナリは遊に近づき、囁く。

そのあかい瞳に、吸い寄せられそうになる。


「お友達になろうよ」


僕の初めての、友達ができた瞬間だった。

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