二刀流でもあなたが好きよ

永嶋良一

にとうりゅう でも あなたが すきよ

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 今日はヨッチンとデートなのだ。ウフフ♡♡♡。


 先週の土曜日もヨッチンがおいしいレストランに連れていってくれた。今日もヨッチンがおいしいお店に連れていってくれるって・・し・あ・わ・せ。

 

 やっぱり女子は色気より食い気よねえ。


 私はお気に入りのピンクのワンピースでばっちり決めた。これ高かったのよ。いわゆる勝負服・・というのも、今日は私の胸に密かな予感があるのだ。


 ヨッチンとのデートはいつも遊園地か映画。二回続けてお食事デートなんて、初めてのことだ・・・ひょっとしたら、プロポーズされたりして・・・ウフフ。


 ヨッチンは私より2歳下。横浜にある外資系の会社に勤めている。顔はまあまあ。身長もそんなに高くないけど・・ちょっぴり頼りなくて、いつも私を頼って来るところが胸にキュンとくるのよねえ。


 デートの行く先はいつも私が決めるんだけど、急にヨッチンが「僕が決めたい」と言い出して・・・そして、先週の土曜日に私を横浜の素敵なレストランに連れていってくれたのだ。何だか、出来の悪い弟が急にしっかり者に変わってきたみたい・・・お姉さん役の私としては、とってもうれしいの。


 私はルンルン気分で、横浜のみなとみらい駅へ向かったのよ。ヨッチンからクイーンズスクエアの2階のパシフィコ側通路の休憩場所で待ってると連絡をもらってる。知ってる人も多いと思うけど、クイーンズスクエアはショッピング、食事、エンターテイメントが楽しめる広大な複合娯楽施設なの。3 棟のビルで構成されていて、たくさんのお店が集まっているわ。


 ヨッチンから「場所分かる?」ってメールが来てたけど、そりゃ分かるよ。だって、先週の土曜日もここで待ち合わせをしたんだもの。


 そりゃ、私も二回続けて同じところで待ち合わせ?って思ったけど、この周囲はお店がいっぱいあるから、そんなに気にならなかった。それより、今日はどんなお店に連れていってくれるのかなあ♫


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 待ち合わせ場所のパシフィコ側通路の休憩場所に無事にとうちゃあく。


 天井の円形のアーチがとってもかわいい。通路には緑の観葉植物が並んでいて、その間に茶色のベンチが置かれている。シックでとってもいい雰囲気・・・てか、すごい人なのね。みんなデートの待ち合わせなの? 先週も人が多かったけど、今週はもっと多い。何かイベントがあるのかな? とにかく、人・人・人で一杯だあ。これじゃあ、ヨッチンが来ても分からないよう。


 すると、人ごみから「花音かのん」と私を呼ぶ声が聞こえた。声がした方を見ると、ヨッチンが人ごみをかき分けてこちらに歩いてくる。白のシャツに白のパンツ、シャツの上に紺のブレザーを引っかけて、精一杯決めている。


 ちゃんと私が着く前に到着して、私を待っていてくれたのね。いいぞ、いいぞ。良くできた。

 

 よーし。ご褒美に私もサービスしちゃおう。私は横にやってきたヨッチンの腕にしがみついた。そして、思い切り甘えた声を出した。


 「あーん。ヨッチン。会いたかったよう」


 「僕もだよ。花音かのん


 そう言うと、なんとヨッチンが私のほっぺに軽くキスをしてくれた。周りの人たちが驚いて私たちを見ている。


 やめてよ。恥ずかしい・・・


 それから、私たちはヨッチンが予約してくれたレストランに向かった。私はもちろんヨッチンの腕をとった。誰が見ても私たち恋人同士だね。


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 ヨッチンは私を赤レンガ倉庫に連れて行ったの。


 赤レンガ倉庫は横浜港にある歴史的建造物。もとは明治時代に保税倉庫として建設された建物だったんですって。今ではホールなどの文化施設や商業施設となっているのよ。周辺は広場と公園を備える赤レンガパークとして整備されていてね、赤レンガ倉庫とその周辺は横浜を代表する観光スポットになっているの。


 赤レンガ倉庫は私の大好きなところ。しかし、先週のレストランも赤レンガ倉庫にあったのよねえ。ヨッチンったら、私が赤レンガ倉庫が好きなのを知って、二週続けて赤レンガ倉庫にあるレストランに連れてきてくれたのね。


 そして・・・ヨッチンは赤レンガ倉庫の一角にあるイタリア料理のお店に私を導いたのよ。


 えっ、えっ、ここって・・・先週の土曜日も来たお店じゃないの! どうして、同じお店に二週続けて?


 私の頭に疑問符クエスチョンマークが点滅したわ。確かにお料理もおいしくて、とっても素敵なお店だけど・・・きっと、ヨッチンもこのお店が大好きなのね。


 オレンジの照明の中にゆったりとテーブルが配置してある、とっても雰囲気のいいお店。私たちはバルコニー席に座ったの。バルコニーの向こうには夜の横浜の港が見えているわ。


 とってもロマンチック。。。乙女の夢ね。。。


 すると、ヨッチンが私の顔をのぞき込んだの。私も負けずにヨッチンの顔をのぞき込んだ。何だか二人でにらめっこしているみたい。


 私たちはそうやって二人でにらめっこをしていたけれど・・・そのうち、二人で笑い出してしまったの。


 そして、二人で笑った後で、ヨッチンが私におもむろに言ったのだ。


 「花音かのんはこの店、初めてだよね。この店はロティサリーチキンが売り物なんだよ。花音かのんのために選んだ店だよ。どう雰囲気は? 初めてこの店に来た感想を聞かせてよ?」


 私が初めて? 私は驚いちゃった! だって、先週もこのお店に来たじゃん! そして、先週もこの席に座ってヨッチンは同じセリフを私に言ったじゃん!


 私の目尻がギリギリと吊り上がるのが自分でも分かったわ。


 こいつめ! 誰か他の女の子と間違えてるな! ということは・・そのとき、私の頭にいくつもの言葉が浮かんだの。二股? 浮気?・・二刀流?


 ヨッチンは二刀流だったのか! 二刀流で私と別の女の子の二人と付き合ってたのか! 


 私は椅子から立ち上がったわ。思わず大声が出てしまった。


 「ヨッチン。あなた、誰か他の女の子と間違えてるでしょ。ここは私と先週の土曜日に来たお店よ! 私と誰かと二刀流でデートするんだったら、いつ誰とどこに行ったかぐらいは、しっかりと覚えときなさいよ!」


 そして、私は駆け出して・・・そのまま、お店を飛び出してしまったのよ。


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 私はあてもなく歩いたの。涙がとめどなくあふれてきたわ。私は泣きながら歩いた。周りを歩く人たちが何度も私を振り返ったわ。


 なぜだかヨッチンに裏切られたという気はしなかったの・・・ただ、ひたすら悲しかっただけなの。


 気がつくと、カップヌードルミュージアム が眼の前にあったわ。入ったことはないけど、確かインスタントラーメンの発明者である安藤百福氏の業績を紹介したミュージアムだったはずね。今は夜で閉まっている。人気ひとけのないカップヌードルミュージアムの赤茶色の壁にもたれて、私はまた泣いたの。


 すると、「花音かのん!」と私を呼ぶ声が聞こえたの。


 あの声は・・ヨッチンだ。


 ヨッチンがカップヌードルミュージアム の前の国際大通りを走って来るのが見えた。私の前に来ると、ハアハアと荒い息を吐いている。

 

 ヨッチンなんて大きらい。もう顔も見たくない。


 そう思ったんだけど・・・だけど、私の足はなぜか動かなかったのよ。


 「ごめんよ。花音かのん


 ヨッチンの声がした。その声を聞いた途端、私の中の何かが崩れてしまった。私はヨッチンの胸に顔をうずめて泣いたの。


 「ヨッチンのバカ!」


 ヨッチンがもう一度言ったわ。


 「ごめんよ。花音かのん。ショックが大きかったね」


 ショック? 当たり前でしょ。ヨッチンに他の女の子がいたなんて・・


 「先週の土曜日に花音かのんに渡したいものがあって・・だけど僕は自分に自信が持てなくて・・それで渡す勇気が出なくて・・結局どうしても渡せなかったんだ。・・僕は・・僕はこんな勇気のない自分を変えたかったんだよ」


 何? 何を言ってるの?


 「それでね。この一週間、僕は勇気を持てるように・・一生懸命に自分を変えようと努力したんだ。お寺で座禅をしたり・・心理カウンセリングを受けたり・・」


 自分を変える? 私は今のヨッチンでいいのよ。


 ヨッチンには私の心の声が聞こえたみたい。


 「今までの僕ではダメなんだよ。もっと、もっと、自分に勇気を持って行動して・・花音かのんをもっと、もっと幸せにしたいんだ」


 ・・・ヨッチン、何が言いたいの?


 「それでね。一週間の成果を今日、あの店で試してみたかったんだ。先週と同じ店で、同じ席に座って、同じセリフを言って・・それで、今度はこれを花音かのんに渡す勇気が出るか、自分を試してみたかったんだよ」


 そして、ヨッチンは小さな箱を取り出したのよ。箱にはかわいいピンクのリボンが結んであった。


 何? これは?


 私がリボンをほどいて・・箱を開けると・・ダイヤの指輪があった。


 ヨッチンの声がしたの。


 「花音かのん。僕と結婚してください」


 結婚・・・


 私はヨッチンの顔を見上げたわ。


 「花音かのんに渡せた・・そして、言えた」


 ヨッチンはそうつぶやいたの。そうしたら、ヨッチンの眼に涙が浮かんで、滝のように落ちてきたんだ。


 つらかったのね、ヨッチン。本当に苦しかったんだね。ごめんね、ヨッチンの気持ちに気づいてあげられなくて・・・


 ヨッチンの涙を見て、私の眼にもまた涙が浮かんできた。だけど、その涙は今までと違う涙だったの。


 私はヨッチンの胸に顔をうずめてまた泣いたの。そして、泣きながら言ったの。


 「うれしい・・ヨッチン・・ありがとう・・本当にありがとう・・もう自分を苦しめないでね。そして、もう私から離れないでね。これからはずっと二人は一緒だよ」


 ヨッチンが泣きながら言うのが聞こえたわ。


 「ありがとう。花音かのん。必ず幸せにするよ・・何があっても、僕は花音かのんをきっと幸せにするよ」


 そう言うとヨッチンが泣きながら、両手で私の顔を彼の胸からやさしく起こしてくれた。


 そして・・ヨッチンの唇が私の唇にかぶさってきたの。私はひとみを閉じた。


 そしたらね、瞳を閉じるときに、大きな観覧車が様々な色の光に包まれてゆっくりと回っているのが、涙の向こうに見えたの。


                  (了)

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二刀流でもあなたが好きよ 永嶋良一 @azuki-takuan

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