セオと僕の二刀流

加藤ゆたか

二刀流

 西暦二千五百五十年。人類が不老不死を実現して、そして僕が不老不死になって五百年が経った。世界は変化をやめ、永遠に続く平和と日常に浸って僕は今日も過ごす。


 僕は変化が無いことは良いことだと思う。いつも通りの日々を繰り返して、気付いたら五年くらい過ぎてしまっている。でも、それは幸せなことだ。忘れられなくなるような辛い出来事も、未来への不安も何も無い。明日はいつも通りにやってきて、いつも通りに終わることが約束されている。

 永遠の時間の中には、社会も人間関係も必要が無い。ロボットネットワークが管理する世界では、人間が求めるものはほとんど与えられる。食料もすべてロボットが作っているし、娯楽も、欲求を満たすための設備も揃っている。だから、他の人間なんてものは相手にしても不快になるだけ損なのだ。人間の話し相手はロボットでいい。ロボットは人間に不快な思いはさせない。ロボットは人間の言うことを聞くし、人間の役に立つことを喜び、人間を最優先にするように作られている。理想的なパートナーだ。



「お父さーん。そろそろ時間だよー。」


 パートナーロボットのセオが僕を呼んだ。水色の髪で幼い顔立ちの少女セオは、僕と同じ永遠の時間に存在している。僕がパートナーロボットのセオと暮らし始めて二十五年が経った。セオは僕の娘ということになっている。


「ほら、これ。お父さんが選んだんだからね。」


 セオは新作のゲームソフトを僕に押しつけるように手渡した。実際にはゲームソフトはデータ配信なのだが、こういう記念品が特典として付くのが最近の流行らしい。僕はセオに渡されたゲームのパッケージを見た。髭を生やした厳つい顔の男が睨みを利かせている。


「さ、始めるよ! 楽しみだなー!」

「ああ。」


 セオは自分の分のゲームソフトを両手で持って前方にかざした。セオの持っているパッケージには虹色の髪の女性が描かれている。それはこのゲームで一番人気のあるオリジナルキャラクターだった。

 リビング全体にファンファーレが鳴り響く。リビングの仮想現実装置が起動したのだ。部屋の景色が草原のような場所に変わり、天井だったところに出現した空には鳥が飛び、草木が揺れる映像に合わせて風が吹いた。セオの体が、ゲームソフトのパッケージに描かれていた虹色の髪の女性に変わっていた。そして、僕もいつの間にか筋肉質な太い腕を持ったあのパッケージで睨んでいた男の姿になっていた。口元に触れると髭の感触もある。


「あー……、お父さん本当にそれでよかったの? もっとお父さんに似たキャラもいたんだけどなあ。」

「いいんだ。こういうのは現実とは違った方がいいんだ。」


 セオが何故か不満そうに僕に言った。このゲームは、百万人のキャラクターの中から一人を選び購入するとそのキャラクターとしてゲーム世界を遊べるというものだ。キャラクターはオリジナルキャラクターもあれば二十世紀の人気の漫画のキャラクターもいた。もう著作権は四百年も前に切れているので自由に使えるのだ。僕は当初、ゲーム好きのセオがキャラクターを選んでいるところを横で見ていただけだったが、その中のこの『シバラク』というキャラクターを思いのほか気に入り、珍しく僕もやってみたいという気になったのだった。

 赤い着物を着た今の僕の腰の帯には、二本の刀が刺さっている。


「よし行くぞ!」

「うん!」


 僕は二本の刀を抜いて両手で構えた。


「あ、待ってお父さん。まだバトルじゃないから。まずは町で話を聞こう。」

「そ、そうか。」


 僕はセオに言われて、少し残念に思いながら刀をしまった。この二刀流がやりたくて選んだのだが……。

 僕とセオは、普通に外を歩くのと同じように仮想現実装置の中を歩いた。と言っても、現実と同じ距離を歩かされるのではたまらない。そこはうまく出来ているらしい。僕らはすぐに目的の町に着いた。町は時代劇ドラマで見るような江戸時代風の町並みであったが、どこか活気がないように見えた。


「お父さん、あそこのお団子屋さんで情報収集してみよう。」

「よし。」

「ほら、可愛い女の子が店の前にいるよ。」

「ああ。」

「お父さん、早く言ってきてよ。」

「え?」

「お父さん、成りきりだよ。」


 うーん。ロールプレイングゲームの要素もあるのか。面倒だな……。刀を振り回せるのはまだまだ先か……。

 僕はセオに言われるままに団子屋の女の子に声をかけた。髭を生やした渋い男に成りきって声を出す。


「あー、もし、そこのお嬢さん?」


 僕の声かけに気付いた団子屋の女の子は僕を見るなり言った。


「顔デカッ!」

「……は?」


 僕はあまりの出来事に固まってしまった。何年ぶりかに冷や汗が出る。この団子屋の……まさか、ゲームの登場人物じゃなくて僕らのようにゲームをしている人間のプレイヤーじゃないのか?

 僕の様子を見て相手も状況を理解したようで、ふっと目を逸らして言った。


「あ、人間か……。他のプレイヤーね……。で、何か用ですか?」

「……いや、あの、聞きたいことがあって。」

「私じゃなきゃダメですか?」

「……。」


 取り付く島もないが、現代の人間は会えばだいたいこんな態度である。人間と話したい人間などどこにもいない。僕だってセオとゲームをしている時でなければ、無理に会話を続けようとなんて思わなかった。相手がロボットやAIだったなら、絶対にこんな会話にはならない。

 僕はセオの方を見て、セオに助けを求めた。


「すみませーん! 私たちこのゲーム初めてで! ボスがどこにいるか知ってますか?」


 団子屋のプレイヤーはセオの方を見ると、セオがロボットであることがわかった様子で、セオには笑顔を浮かべて答えた。


「それなら、あっちの山の方だよ。まだこのエリアは初心者向けだからね。そんなに強くないから、気をつけて戦えば負けることはないはずだよ。このゲーム面白いからきっと気に入るよ。楽しんでね!」

「ありがとうございます!」


 僕らはその団子屋のプレイヤーの言う方向へと向かうことにした。セオは何度も手を振って別れを惜しんでいた。相手もセオには手を振り返していた。フレンドコードの交換もしたらしい。



 セオが鼻歌を歌いながら目の前にそびえる山を目指して歩き、僕がその後を行く。黄色い土の道と、牧草のような緑の草が茂る風景が続いている。

 ずっと同じ景色が続くなと思っていたら、急に周囲の景色が変わりドラムの音と重厚な音楽が聞こえだした。これがきっとバトルの開始の合図なのだろう。


「あ、来たよ! ボスだ!」


 セオが指差す先にいたのは、なんと巨大な牛だった。僕らの背丈の三倍はありそうだ。


「よし!」


 僕は今度こそと刀を両手に構えた。二刀流だ! しかし、これで敵う相手なのだろうか?


「お父さん! それよりも、あそこに公衆電話があるから呼んで!」

「呼ぶ!? 何を!?」

「センジンマルだよ! テレカを使うの!」

「テレカ!?」


 セオがボスにバズーカを撃ちながら僕に指示を出す。

 またしても刀を振り回す機会を失って面白くなかったがしょうがない。風景にまったく似つかわしくない昭和的なたたずまいの公衆電話にテレカを入れて、僕は番号を押した。

 ドドドド。僕らの元に赤いマシンが走ってきた。おお、カッコいいじゃないか。僕はマシンに乗り込んで刀を構えさせた。もちろん二刀流だ。


「バツの字斬り!」


 赤いマシンの圧倒的な強さで、ボスは一撃で撃破された。やったぞ。


「やったね、お父さん!」

「ああ……。」


 僕は赤いマシンを降りた。よっこいしょと声が漏れる。このゲームはなかなか疲れるな……。体力は現実のままだしな……。


「お父さん、次はあっちの町に行ってみようよ。」

「ちょっと待て……。今日はこれで終わりにしないか?」

「えー? まだ始めたばっかりじゃん!」


 セオはロボットなので疲労を感じない。


「あ、また敵がいたよ! お父さん! 二刀流、構えて!」

「え!? あ、待て!」


 セオがもの凄い勢いで走っていってしまう。……僕はセオの前ではカッコ悪いところを見せたくないと思っている。この強そうな男の姿になって、へばるのも嫌だった。くそぉ、やるぞ! 刀を構えて僕はセオの後を追った。


 その日、僕はセオに日付が変わるまでゲームに付き合わされ、充分すぎるほど二刀流をやった。セオは今日もあのゲームにログインしているようだが、今では僕は誘われても何かと理由をつけて断っている。

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セオと僕の二刀流 加藤ゆたか @yutaka_kato

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