伝説の二刀流剣士・白銀

日和崎よしな

伝説の二刀流剣士・白銀

 俺のおこした黒鉄くろがね一刀流は、長年の鍛錬たんれんと奉仕の末、ついに国のお抱え流派となった。

 剣の実力が物を言うこの国において、剣士としてこの上ない栄誉であり、これ以上の大成はないと言える。


 俺は城に迎え入れられ、明日から剣の指南役としての務めを果たすことになる。

 将来は安泰だ。


 だがやはり、最強の称号こそが何よりものほまれであり、気分が良い。



「失礼。黒鉄くろがね一刀流の当主、黒鉄くろがね殿とお見受けするが、違いないか?」


 俺が腹ごしらえをしようと家を出たところで、小柄な侍が声をかけてきた。

 羽織とはかま、いずれも漆黒で統一しているのだが、ちょうど良い丈のはかまに対し、羽織は少しばかり大きく、小柄な体に合っていないように見える。


「いかにも。俺が黒鉄くろがねだ。その俺に何か用か?」


「私は白銀しろがね。強者を求めて旅をする者」


 白銀しろがね……。

 その名前は耳にしたことがある。

 たしか、伝説の二刀流剣士などと呼ばれているのではなかったか。


 しかし、目の前のこの小柄な侍からは、そのようなツワモノの気配は感じられない。

 それに、得物は右の腰に一本しかげていない。おそらく伝説の二刀流剣士ではないのだろう。


「して、その白銀しろがね殿が俺に何用なにようか?」


仕合しあいを申し込みたい。命をしたものゆえ、こばんでも構わない」


 この男、俺を黒鉄くろがねと知った上で命をけた真剣勝負を望んでいるのか。だとしたら、やはりこの男が伝説の剣士なのかもしれない。

 よその国では《伝説の二刀流剣士》などとはやし立てられ、まつり上げられているようだが、俺はこの国では最強の剣士なのだ。俺が負けるはずがない。


「死にたいのか?」


「死にたい。よどみなく、真剣なる勝負の中で」


 なるほど。

 自殺志願者というよりは、真剣勝負の中で命を燃やして散りたいというたぐいやからか。それで強者を求めて旅をしているのか。


「よかろう。その申し込み、受けて立とう」


 これは、言わば介錯かいしゃくのようなもの。

 俺がその望みを叶えてやろうではないか。



 俺と白銀しろがね河川敷かせんじきに場所を移した。

 ここは川の流れる音と静かな風のにおいが心地良い。


 人気のない場所を選んだつもりだったが、どこで話を聞きつけたのか、多くの野次馬が集まっていた。


「すまないな。衆目しゅうもくに晒すことになってしまって」


「あなたが良ければ、私は構わない」


 そう言って、白銀しろがねは右の腰にげていた刀を左手で抜いた。そのまま左手一本で構える。


 こいつ、左利きか? 珍しい。

 右手は羽織の下に隠れて見えない。


「さあ、あなたも構えて」


「ああ、失敬……」


 俺の刀は黒く美しいを持つ。我が黒鉄くろがねの名にふさわしい逸品だ。

 俺は左腰にげたその刀を右手で引き抜き、左手をつかに添えた。


 俺が構えても白銀しろがねが動く気配はない。

 受け流して反撃する技でも使うのか? 俺の重い一刀は片手で受け流せるほどやさしくはないぞ。


「いつでもどうぞ」


 白銀しろがねは先手を俺にゆずる宣言までしてきた。


 何を考えている? 死にたいと言っても、あくまで真剣勝負の中での話なのだろう?


 さては技巧派だな?

 たとえば、ひたすらに鍛えた左腕の一本で俺の両手でのひと太刀を受けとめ、空いている右手で俺の脇差わきざしを抜いて、それで斬りつけてくる算段か。




 仕合しあいがなかなか始まらず、野次馬のガヤが少しずつ大きくなる。


「なかなか始まらないな」


「達人同士の仕合しあいだ。互いの頭の中では激しい駆け引きや鍔迫つばぜり合いが繰り広げられているのだろう」


 野次馬のいい加減な予想も、あながち間違いではない。

 俺は白銀しろがねあなどっている部分があるが、それと同時に、得体が知れず不気味さをも感じていて、警戒もしている。


「そちらから来ないのなら、こちらから参ってもよろしいか?」


 俺と違って、白銀しろがねは相手の心の内など考えていないようだ。

 それに、白銀しろがねの言葉が俺への挑発に聞こえたのは気のせいだろうか。


「そう生き急ぐな。三秒後、同時に動こうではないか」


 白銀しろがねが先手後手を俺に選ばせようとしているため、どちらを選択しても俺が下手したてのように見えてしまう。だから、俺はそのように提案した。


「それで構わない」


 余裕ぶった生意気な態度だ。

 それに急かすような言葉を使ってくるところを見るに、白銀しろがねはよほど早く死にたいらしい。


 お望みどおり、その命を散らしてやろう。


 三。


 二。


 一。


 俺と白銀しろがねが同時に地を蹴った。


 俺は二刀流たる白銀しろがねの右手を警戒し、脇差わきざしを投げ捨てた。

 これでさっき考えた可能性はつぶした。


 俺は左手をすぐさま右手のつかに戻し、刀を大きく振りかぶった。

 命をさらけ出す場面を迎え、脳内の時間感覚に変化が生じる。知覚と思考が加速する。


黒鉄くろがね一刀流奥義・呼宵こよい!」


 この最強の打ち下ろし技は刀で受けられない。

 もし受けようものなら、圧倒的な力で刀を押し下げられて体は左右二つに割られることになる。

 だから、かわすしかない。


「ふっ」


 白銀しろがね刹那的せつなてきな反応力で身を引いて俺の一刀をかわした。

 笑うような吐息とともに。


 だが俺の奥義はここで終わらない。

 失敗したら隙だらけで返り討ちに合いやすい技を、俺は奥義にはしない。

 ここからがこの奥義の極意だ。


「そして昇陽しょうよう!」


 打ち下ろした先で刀を返し、地面を叩いた跳ね返りの勢いを利用して思いっきり斬り上げる。

 狙いどおり、白銀しろがねは打ち下ろしをかわした時点で俺の間合いに深く入り込んでいた。



 ――キンッ!



 はじかれた。


 白銀しろがねは俺の狙いを察知した上で、左手の刀は攻撃でなく防御に使ったのだ。


 ということは、本命は右手か。

 やはり、こいつは二刀流の使い手だったのだ。


 さあ、右手で何をする?


 さてはさやだな?


 さやで打撃を繰り出してくるか、あるいはさややいばが仕込んであるのか。


「甘い!」


 俺は左手を白銀しろがねさやに伸ばした。

 そして、白銀しろがねより先にさやつかんだ。


「え?」


 なぜか白銀しろがねの右手が目前に迫っていた。

 俺はさやに視線を奪われていたため気づくのが遅れたが、白銀しろがねの右手はまっすぐ俺の首に伸びてきていた。



「――――」



 世界が回る。


 空、川、地、人、空、川、地、人……。


 ゴトッと音がして、世界が止まった。


 目の前で、頭部の消えた俺の体がバタリと倒れ、そのかげに隠れていた白銀しろがねの右手があらわになる。



 包丁……。



 白銀しろがねの右手に握られていたのは、柳葉包丁やなぎばぼうちょうだった。


 そでの下にずっと隠し持っていたのだ。

 それが白銀しろがねの右手のやいばにして、二刀流の正体。


 そんな奇抜な二刀流の情報が伝説と一緒に出回っていない理由も、この後すぐに分かった。


 白銀しろがねは忍者のごとく素早い身のこなしで野次馬の元へ駆けていき、二刀を駆使して野次馬の首を次々と跳ねていった。


 嗚呼ああ、俺が仕合しあいを受けたばっかりに……。


 腹を切りたいが、それももう叶わない。視界も思考も暗転していく。


 自惚うぬぼれの代償は、あまりにも高かった。

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