ハナマの栄誉

kanegon

ハナマの栄誉

「次の連載の企画を考えたんですよ。将棋マンガにしようと思っています。このマンガをヒットさせて、アルバイトとの二刀流から脱却して、専業マンガ家一刀流になりたいです」


「ショウギ? どこかで聞いたことあるな。何だっけそれ」


「日本の古くから伝わるチェスですよ。相手の駒を取ったら自分の軍勢として再利用できるという珍しいルールがあります。プロの将棋プレイヤーっていうのもいるらしいですよ」


「ああ、そうだった、思い出したよ。ショウギのプロの世界って、すごく厳しいらしいね。で、ショウギを題材にして、どんなマンガにするつもりなんだい?」


「主人公は、中学生の時点で将棋のプロとしてデビューして、周囲の強豪棋士たちをなぎ倒して快進撃します。そして十九歳の時に、将棋界八大タイトルの内の一つで最高峰の格式とされるドラゴンロードのタイトルを獲得します」


「それは、無謀なんじゃないかな。ショウギの世界は厳しいんだろう。中学生でプロデビューとか、ありえないだろう。二十歳前にタイトルを取るとか設定盛り過ぎだろう。しかもドラゴンロードなんて、聞くからにスゴイ格の高いタイトルじゃないか。絶対に読者から、リアリティがありません、ってツッコミを食らうぞ」


「いえ、設定って、盛り過ぎくらいでちょうどいいと思うんですよね。マンガなんて、現実からかけ離れてスゴイことができるからこそ、読んでいて楽しいんだと思うんですよ。世知辛い現実をそのままなぞっていたんじゃ、マンガ読まずに現実の中だけで生きて行くのと変わらないじゃないですか」


「そりゃそうだけど、編集者としての長い経験からいうと、リアリティの範囲内でスゴイことをやり遂げるマンガの方がウケがいいと思うよ。前回連載していた野球マンガだって、読者の支持を得られずに連載早期打ち切りになっちゃったじゃないか」


「あれは、読者が先入観に凝り固まって柔軟な考え方ができていないんですよ。日本の高校生が時速160キロの剛速球を投げて、甲子園で特大のホームランを打って、日本のプロ野球に入って、ピッチャーとバッターの二刀流の選手として成長してアメリカのメジャーリーグに来て、ピッチャーとしてもバッターとしてもトッププレイヤーとして活躍する、という内容の、どこが悪いっていうんですか」


「だから、読者アンケートで、主人公の二刀流なんてリアリティが無い、って散々言われたじゃないか。あの主人公、名前、なんだったっけ」


「ハナマキです。それくらい覚えていてくださいよ」


「そうだったハナマキだった。盛り過ぎた設定ばかりに注意が向いていて名前を忘れていたよ」


「現実だとそういうスゴイ選手は考えられないかもしれません。でも、マンガなんだから、ピッチャーもバッターも両方できるような選手が存在する方が夢があっていいじゃないですか。読者が自ら夢を見ることを否定してどうするんですかね」


「野球マンガは打ち切りで惨敗だ。終わった話だ。それより、そのショウギの話は、野球マンガよりも盛り過ぎだろう。野球マンガの主人公がメジャーで活躍したのは二十代の半ば以降だった。ショウギマンガの、十代の時点でドラゴンロードのタイトルを取るという設定は、明らかにリアリティを無視しすぎだ。せめて二十代の半ばくらいでタイトルを取る、というふうに変更した方が現実的じゃないのか」


「でもですよ。間違って100年に一人レベルの天才が出現してしまったら、本当に中学生でプロになって二十歳前にドラゴンロードになるかもしれないじゃないですか。もしも万が一そんなことが起きたら、マンガが現実に追いつき追い越されてしまうってことですよ。そんなことになったらマンガの名折れですよ」


「マンガが現実に追いつかれるかな? ましてや追い越されるなんてケースが考えられるのか?」


「ですから、万が一にも追い付かれたり追い越されたりしないように、徹底的に盛った設定にするべきだと思うんですよ。この将棋マンガの主人公は、ドラゴンロードのタイトルを獲得後に、オリンピックに出場するんです。主人公は幼い頃から将棋とフィギュアスケートをやっていたんです。で、フィギュアスケートで金メダルを獲得して日本の国民栄誉賞を受賞するんです」


「え、それはいくらなんでも荒唐無稽すぎだぞ」


「まあ普通はそう思いますよね。でも自分、大昔の日本の文献を苦労して読んで調べたんですよ。そしたら、ハナマという人物が、中学生で将棋のプロデビューして十代でドラゴンロードになって、オリンピックのフィギュアスケートで二大会連続金メダルを獲得して国民栄誉賞に輝いているんですよ」


「そんなチートな人間が実在するのか?」


「大昔に実在していました。すごいですよね、将棋とフィギュアスケートの二刀流。いやあ、漢字で書かれた文献を読み解くのは苦労しましたよ」


「そうか、実在するなら、そういう設定もアリかもしれないな。よし、連載、行ってみよう」


◇◇◇◇


「ホント、読者はクソですね。何が、リアリティがありません、ですか。せめて主人公が中学生デビューするまで連載続けさせてほしかったです」


「やっぱりマンガは、リアルに存在したかどうかじゃなくて、リアリティが大事なんだな。リアルとリアリティは違う。長年編集をやっているけど、改めて学んだわ」


「今までお世話になりました。もうマンガでは食っていけないので、蟹工船に乗ります」


「そうか。二刀流は卒業して一刀流になるのか。それって、ある意味念願叶ったじゃないか。いかにも二刀流っぽい蟹と格闘しているのが、キミには似合っているかもな」


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