第34話 閑話

「えっ? …スキルがあるって!?」


 魔術師ギルドの一室に集められたリコル、エルザ、カーリーはコリンが行った鑑定結果に目を丸くした。


 ヴィノの新人研修(?)が終わり魔術師ギルドの宿舎に気絶した状態で戻ってきた3人。

 戻る途中で裸同然のまま身体中泥まみれの痛々しい姿で街に入る事は流石にはばかられた。そこでコリンが用意した荷馬車に乗せシーツを掛けて運ぶ事にした。


 途中街の門番に止められシートを捲られたが、小汚く裸のまま横たわる満身創痍の3人の姿を見た門番は哀れむ目を向け黙って通してくれた。普段はきちんと状況説明を聞いてくる彼だったが、どうやら死んだ仲間の回収だと勘違いされたようだ。


 随分と簡単に通してくれたなと、とくに気にする様子のないコリンだったが、時々振り返ると彼の哀れむ視線と何かを呟くその態度に首を傾げるしかなかった。


 魔術師ギルドに到着すると早速上級回復術が使える者達と一緒に彼らの治療にあたらせた。腫れあがった顔に無数の打撲痕と全身至る所にできた擦過傷と裂傷姿の悲惨な状態をみて皆が目を背け、何人かが本当に生きているのかと訪ねたりもした。その都度コリンは何も聞かずに術を掛ける事しか発しなかった。



 回復魔法とポーションの併用でその日の内に3人は意識を取り戻し歩けるまで回復した。しかし状態が安定しだすと、今度は無意識にあの地獄の追体験が起こり叫び声が上がった。


 その度に仲間達が精神安定の魔法を発動させるが、精神的ショックは強く感情の起伏を生じさせ落ち着かせるのに時間が掛かった。


 とにかくその日は休ませる事にして十分な休息をとらせた。一夜明けようやく落ち着きを取り戻した頃、コリン・クローネから部屋に来るようにと連絡をもらった3人は顔を見合わせ部屋を後にした。


 未だに手足が動く度に関節が悲鳴を上がる。身体を引き摺るように歩き言われた部屋の前までたどり着いた。


 3人は何となく予想をしていた。今回の研修はハッキリ言って大問題だらけだった。その事の謝罪と反省に加え、あの鬼教官のヴィノに対する処分の連絡なのだと思っていた。


 しかし予想は見事に外れた。部屋の中では満面の笑みを浮かべたコリン・クローネが座っていた。


「みんな。良い経験ができてよかったわね」


 入室して開口一番に出た言葉に3人の表情が固まった。何をどうすればアレが良い経験なんだとばかりに引き攣る口元と額に青筋が浮かぶ。3人とも喉まで昇って来た「アンタ、頭おかしいのか?」の言葉を精一杯の力で飲み込んだ。


「お言葉ですがコリンさん。わたくし生まれてからあんな辱めを受けのは始めてでしたわ」 


「同じく、あれは酷い」


「僕たちに何か恨みでもあったんですか? そもそもアレは一体何が目的だったんですか? 事と次第によっては父の方からギルドに対し正式に抗議させてもらいますよ」


 皆一様にそれらしい不満を口にするが、コリンは涼しい顔のままその表情が崩れる事は無かった。


「わたしが彼に出した条件の一つが、『絶対に生きて帰る人材にする事』よ。酷な事だけど実戦を経験しないと成長は出来ないわ。実戦にまさる経験はないけども、常に実戦を経験出来るはずもないじゃない。そこで実戦とほぼ同じ環境化で仮想体験をしてもらったのよ。だから良い経験ができて良かったわねと言ったのよ。何も問題ないわ」


「おい、ちょっと待てよ。問題大アリだだろうが、いくら何でも―」


「ちなみにリコル。研修の内容に関してはそのままご両親に報告したわ。でも、なぜかお二人共とても喜んでいたわよ。それに他の2人の両親も何故か似たような感じだったわ。それで、これの一体何が問題だったのから?」


 笑顔のまま冷淡に告げるコリンに、3人は反論できず言葉に詰まった。どうやら全員思い当たる節があったのだろ。


「そうね。唯一の問題があるとすれば、普段からの貴方たちのその非常識な行いと歪みに歪んだ性格かしらね。親の権力と威厳を盾にして大人を舐める性根の腐ったクソガキ共がどの口でほざいてるのかしら」


 笑顔の裏側から醸し出してくるコリンの圧に3人は何も言い返せず微妙に重い空気が部屋を漂い始める。その沈黙を破るかのように直ぐにコリンが引き出しから水晶球をと出して見せた。


「貴方たちをここに呼んだのは確認の為よ。ヴィノからおそらく習得しているはずだから確認するよう頼まれたのよ。今から鑑定するから順番に並びなさい」


「鑑定? 何の鑑定?」


「スキルの鑑定よ。もしかしたら習得しているかも知ないからそれの確認よ。嫌なら別にいいのよカーリー」


「…別に嫌とは言ってない」


「えっと、コリンさん。スキルってそんな簡単に得られるものでしたっけ?」


「だからそれを確かめるよの」


 首を傾げるエルザにリコルが手招きをして水晶球で鑑定を始めた。


 鑑定の結果は予想通りだった。3人はスキルを獲得していた。それもとても珍しいレアスキルだった。


 レアスキル獲得と聞いて3人は歓声を上げて飛び跳ねだした。先程までの気まずい表情とは打って変わって満面の笑みを浮かべ喜んでいる。


 しかしコリンだけは喜ぶどころか逆に思案顔な表情を浮かべていた。


「喜んでいる所いいかしら。あなた達のスキルだけど…『絶対北緯』よ」


「えっ…ぜったい、ほくい…それ何? オレ始めて聞くんだけど」


「それってどういうスキル? エルザ知ってる?」


「残念ながら存じてませんわ。でもレアスキルなのでしょう?」


「確かにレアよ。このスキルはどんな環境下でも『北』がわかるって事だけよ。昔は一部の船乗りが持っていたスキルだけど200年前に羅針盤が発明されてから廃れたスキルでもあるわ。まあ、確かに珍しいと言っちゃ珍しいわね」


 いまいちピンとこない3人にコリンが説明を加えてみるが、それでも3人の表情は喜んでいいのか悪いのか釈然としないままだった。


「つまり北がわかるだけってこと?」


「そうよ」


「もしかして、そのスキルって船乗り以外に他の使い道で使われてたりしまして?」


「たぶん…あると思うわ…探せばね。ただ今私の知る限りこのスキルを使って何か商売や生計を立ててる人はいないでしょうね」


「ちょっとコリンさん、そりゃないだろう。これレアスキルなんだろう。このスキルのメリットとか凄いところとかさぁ。何かあんだろう、何かさぁ」


「メリットね…まあ…一応あるにはあるわよ」


「やったぁ!! そうこなくっちゃ、でっどんな!! どんな!!」


「このスキル、常時発動型で消費が殆どないようなものね。それと今現在も発動してるわよ。おめでとう 皆、これで一日中どこでも北がわかるわね」


 その言葉にほんの一瞬だったが3人の表情に僅かに期待が生まれたが、直ぐに愕然とした失望の表情に変わった。


「………なに!? うれしくないの?」


「「「全っ然うれしくなあぁぁぃぃ!!」」」


 がっくりと肩を落とし落胆したその光景はまるで愁嘆場のようだが、コリンだけは何やら思慮にふけっていた。


 このスキル使い方によってはとんでもない有効性を持っているかもしれないと。確かに羅針盤が普及して航海士達から廃れたスキルだけど、冒険者にとっては喉から手が出る程のスキルになるかもしれない。陽の光され届かない深い森や、暗く方向感覚が狂う洞窟やダンジョン内。不測の事態で遭難した場合でも方位がわかると言う事は生き残る可能性が高くなると言う事だ。


 この3人はまだ自覚していないが、コリンのような上位冒険者にはその利便性を考えれば自身でさえ欲しいスキルと考えた。


 この価値を知らない3人に頭を抱えるコリンは、これを教えるべきか迷ったが、本人達がその価値に気付かないと意味がないと思い敢えて黙っている事にした。


「いつまでも子供みたいに落ち込んでないの。まだまだ貴方たちにはやるべき課題があるのよ」

「えっ、課題!?」


「そうよ。ここにヴィノから出された課題内容があるから今から伝えるわよ」


 引き出しから出した紙を開き読み上げ始める。


「明日からの3日間、3人には以下の課題達成を命じる。一つ、ギルドと契約している解体屋に赴き無償で以下の解体作業を手伝う事。獣系3体、昆虫系3体、翼状系3体の精巧な解体手順と解体図の作成に加え各臓器と役割をまとめた詳細なレポートを作成する事。二つ、薬草ギルドにて無償で薬草採取調合を手伝い、創傷・毒・解熱沈痛の薬草を作成する事。その際採取の際に採取した薬草の詳細なスケッチと効能をまとめたレポート作成する事。三つ、冒険者ギルドにて過去5年分の死亡報告書とクエスト失敗報告書をまとめ、問題点、改良点を詳細にまとめ自己分析評価を付ける事。以上よ、理解できたかしら?」


 説明を終えると、3人は口を開けたまま表情に困惑と憤怒の感情が浮かびあがる。


「あと補足として口頭で言われたけど、もし未達成だった場合は連帯責任でまた蟲から再教育するそうよ。今度は七日からひと月程度だそうよ。確かに伝えわよ」


 話し終わると、しばしの沈黙が生まれた。


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔まま立ち尽くしている3人に、コリンがパンッと手を叩くと皆同時にハッと現実に戻った。


「ザッケンナコラァー! そんなの3日で終わるわけねぇだろうが。一体何考えてんだよ。どうこをどう考えたら3日で終わると思ってるんだ。馬鹿じゃねぇのかアイツは!!」


「ホンっトありえない。マジでありえない!! 一体何考えてんのよ、あのアホは!! 認めない、認めない。こんなの絶対認めないから!!」


「嫌よ…コレは夢だわ、夢なのよ…わたくし今悪夢を見てますのよ…早く醒めのよ…はやく…醒めて…」


 3人ともその場で膝を着き慟哭のような叫び声を上げる。悪態を付く者、頭を抱え半狂乱状態に陥る者、現実逃避する者、人一倍努力する事を避けてきた3人の内心は脳裏に蘇ったあの地獄の試練をいかに回避するかだ。しかしいくら悲痛を上げても現実は変わりはしなかった。


 3人が鳴き疲れるまでコリンはその光景を黙って眺めることにした。もともと魔術師ギルドのお荷物として有名なこの3人は、指導教官や上級魔導士達から疎まれ避けてきた存在だった。貴族出身と生まれ持った生意気な性格が合わさりいつも自己中心的でご都合主義の考え方に合わせる者は皆無だったからだ。


 度々その問題行動が上がり出し、遂にはギルド上層部内や円卓会議からも他所のギルドに出した方が良いのでは、という意見が出る始末だった。しかしコリンだけは違った、いつも3人を気にかけ口うるさく注意していく中で何とかチャンスと与えたいと思ってさえいた。しかしそんなコリンの内情を3人は知る由もなかった。


 そして慟哭が静かになってから再び口を開く。


「終わったようね。それじゃ3人とも無事に課題をこなすのよ。頑張ってらっしゃいね。もう解体屋と冒険者ギルドには話を付けてあるから受付に行けば大丈夫なはずよ。薬草ギルドには担当者が不在だったらから手紙を拵えたわ。行くときに一緒に持って行ってね。話は以上よ早くい行ってちょうだい」

 

 淡々と連絡事項を終えたコリンを恨めしそうに睨むリコル、エルザ、カーリーの3人。


 この受け入れ難い残酷な現実を受け入れなければ待っているのは死よりも恐ろしい地獄が待っている。だが逃げる事も逃げ込める場所もない。3人は漸く現実を受け入れるしかなかった。


「分担作業…分担作業でもいいんでしょう。3つの課題に3人が一人ずつ就いて仕上げる。それでもいいでしょう」


 カーリーの言葉にその手があったと気付いた二人は、すぐに振り返り期待の眼差しをコリンに向けた。


「そうね、分担作業禁止とは書いてないし言ってもいなかったから…ダメではないでしょうね。この手紙には課題をちゃんと仕上げれば問題ないとしか書いてなしね」


「「「それだぁ!!!!」」」


 絶望の中で一筋の光明えたと言わんばかりに歓喜する3人はすぐに自分がどれを担当するかを話し合い始めた。どれが一番楽できるのかをお互いの本音を腹にしまい込んだままに。


 そんな浅はかで見え見えの魂胆に醒めた眼差しを向けるコリンだったが、3人のやる気が出てくれたことは素直に喜ぶべきだと思いながら眺めていた。


 しかし内心では、結局の所は最終評価を下すのはヴィノの基準で決まる事は思っていても黙っている事にした。

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スカウト猟兵は今日もなんとか生きてます。 北条智仁 @vino3

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