わたしが乙女だった頃

神原 遊

わたしが乙女だった頃

まだ乙女だった頃、恋をした。


大学1年生のとき。相手はサークルの先輩で、よくあるシチュエーションかもしれない。


夏頃だったか、人生で初めての告白をした・・・でも、ごめん、と言われてしまった。


その先輩には彼女がいたと後になって知った。同じサークル内の先輩と、前からお付き合いしていたとか。知らなかった。知っていたら言わなかったのに・・・


好きと伝えるからには、砕け散る覚悟がなかったわけではないのに。


もうだめ、立ち直れない・・・


噂になってしまって、サークルにも行きたくない。


たくさん泣いて、泣いて、泣き過ごして・・・


翌年の春、涙が出なくなった頃、またそこへ行けるようになった。



大学2年生、後輩の男の子が私を好きになってくれた。かっこ良くて、優しくて、素直な彼に私も惹かれてゆくのだろうと思った。なのにどうしてか、私は彼の友達を好きになってしまった。


少し悩んで、好きになった人に気持ちを伝えた。彼の友達を傷つけるだろうと思いながら、私は自分をごまかせなかった。そして私達は互いを選んだ。友情よりも、恋を選んだ。


恋人になった人とはデートをするのだと思っていた。私は彼をデートに誘った。


「次の日曜日、デートするけど。」


唐突に、私は彼に伝えた。


「そうなの・・・誰と?」


彼は何気なく聞き返す。


「あなたと・・・あなたとするの。」


電車に乗って、隣町の観光地へ出向いた。お互いあまりお金もなくて、大人っぽいデートではなかったかもしれない。オルゴール屋さんを覗いて、近くにあったお店に入ってスパゲッティを食べた。楽しくて幸せな初めてのデート。


手をつないでもいい?と彼に聞いてみた。


だめと言われるはずがないとわかっていた。彼はにっこりして、いいよと答えた。


私たちは手をつないだ。


うそみたい・・・


私は初めての幸せをかみしめていた。


こんな素敵なひとが私の彼になってくれた。面白いひと。いつも変なことを言って、ふざけ合って話すのが好き。すぐに笑う、いつも笑ってくれる人。とても優しくて、頭が良くて、背も高くて・・・彼の見た目も好き。


初めて恋人ができた私は嬉しくて、幸せで、信じられなくて、泣けてしまった。手をつないだ、ただそれだけなのに私はずっと泣いていた。



私がまだ乙女だった頃、彼と会った帰り際に聞いてみた。


「・・・ほっぺにキスをしてもいい?」


そんなことを聞いたなんて今にして思えば赤面してしまう。


でも恋人なら、そういうことをするでしょう?


彼はにっこりして、いいよと言った。


私は自分の唇を彼の頬につけた。舌を入れたりはしない。唇の触れること、それがキスなのでしょう?


幸せな気持ちになっていると、彼も私の頬にキスを返した。私はもっと幸せになった。


彼と会った帰り際には、頬にキスをすることが習わしになった頃。


その日も私は彼の頬に唇をつけ、お返しを待っていたら。


その日、彼は私の唇にキスをした・・・少しだけ、彼の舌が私に触れた。


とてもびっくりして、幸せで、私は彼の名を叫び、抱き合った。


その日、私は世界一幸せな乙女でした。



若いふたりは進まなければなりません。


いいえ、私は進まなくても良かったかもしれない。手をつないで、頬にキスをし合えただけで幸せだったから。


だけど本当のキスをするようになると、まだその先があることもお互いにわかっていた。


乙女だった私は、その先へ行くのは結婚してからかもしれないと思っていた。


間違っていた・・・少女の頃、「月刊りぼん」を読んでいたせいだろうか?乙女が読む本だったから、恋の行きつく先に、キス以上のものがあるとは想像しかねたのに。


他に「週刊少年ジャンプ」も読んでいたけれど、私に施された性教育は十分とは言えなかった。


彼の方が、私よりも多少はわかっていたのでしょう。キスをして、その先にもまだ多くのよろこびがあることを、お互い若いとしても、男性の方がそういったことには詳しいものでしょう?


キスをしたら、もっと、もっと触れ合いたくなる。心地よくなってしまう。


乙女だった私と、まだ経験の浅い彼はずっとキスをしていた。気付けば2時間も過ぎていたこともあったほどに。


いま乙女ではない私からすれば、なぜ、どうやって2時間以上もキスをしていられたのか。


いまはもう、そんな風にはできないと思う。


若いふたりだからこそできた、特別な長いキス。



彼が私を乙女でなくしようと思ったのはいつ頃だったのか。


彼も経験が浅かったからなのか、たくさんの時間をかけて私達は最初のときを迎えた。


乙女だった頃、男女が結ばれるときのことを思うと、考えるだけでもいやだった。


そのときは、はだかにならなくてはいけないんでしょう?


そんなの、だめ・・・!


無理に決まっている。まずはそこでもうだめなことだと思っていたのに。


彼となら、できてしまうのだと私は覚悟していた。


彼とだったら、先へ行こうか。キスの後にもある、先のところまで。


乙女のままではいられないところまでも行こうと私は決めていた。


長いキスをして、何度もキスを繰り返して、お互いに触れあって、心地よいことのその先の難しいところは・・・


やっぱり難しくて、大変で、信じられないほど痛くて、でも彼となら耐えてみせると思っていた。何度もがんばって苦労をして、なんとか・・・


この人と、ずっと一緒にいるから。恋人と出会えたとき、それは生涯のひとだと、なぜか思い込んでいた乙女だった頃のわたし。


皆がそうではないことも知っていたけれど。


恋をして、一生の恋と思えるような激しい恋だったとしても、別れのときが来ることもあるのでしょう?


手をつないで涙したことも、いつしか忘れてしまうのでしょう?


互いに夢中だったはずなのに、いつの間にか冷えて、嫌気がさしていた。もう愛していなくて、愛されていないと感じて・・・


互いに背を向け合って、憎み合っているとしか思えない日々を過ごして。


彼の前から消えてしまいたくて、別れを告げた日・・・


私も彼も、泣いていた。



乙女だった頃から、長い年月が過ぎて。


すべてを捧げて愛した人と、別れようとした頃もあった。


それは失敗したのです。私はだいぶ意地悪をしたし、傲慢だったはずなのに。彼は辛抱強く私のそばにいてくれた。


もう乙女は卒業したわたしなのに。


私は今も彼といて、この先もずっと、彼を卒業するつもりはないのです。

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