わたしが乙女だった頃
神原 遊
わたしが乙女だった頃
まだ乙女だった頃、恋をした。
大学1年生のとき。相手はサークルの先輩で、よくあるシチュエーションかもしれない。
夏頃だったか、人生で初めての告白をした・・・でも、ごめん、と言われてしまった。
その先輩には彼女がいたと後になって知った。同じサークル内の先輩と、前からお付き合いしていたとか。知らなかった。知っていたら言わなかったのに・・・
好きと伝えるからには、砕け散る覚悟がなかったわけではないのに。
もうだめ、立ち直れない・・・
噂になってしまって、サークルにも行きたくない。
たくさん泣いて、泣いて、泣き過ごして・・・
翌年の春、涙が出なくなった頃、またそこへ行けるようになった。
*
大学2年生、後輩の男の子が私を好きになってくれた。かっこ良くて、優しくて、素直な彼に私も惹かれてゆくのだろうと思った。なのにどうしてか、私は彼の友達を好きになってしまった。
少し悩んで、好きになった人に気持ちを伝えた。彼の友達を傷つけるだろうと思いながら、私は自分をごまかせなかった。そして私達は互いを選んだ。友情よりも、恋を選んだ。
恋人になった人とはデートをするのだと思っていた。私は彼をデートに誘った。
「次の日曜日、デートするけど。」
唐突に、私は彼に伝えた。
「そうなの・・・誰と?」
彼は何気なく聞き返す。
「あなたと・・・あなたとするの。」
電車に乗って、隣町の観光地へ出向いた。お互いあまりお金もなくて、大人っぽいデートではなかったかもしれない。オルゴール屋さんを覗いて、近くにあったお店に入ってスパゲッティを食べた。楽しくて幸せな初めてのデート。
手をつないでもいい?と彼に聞いてみた。
だめと言われるはずがないとわかっていた。彼はにっこりして、いいよと答えた。
私たちは手をつないだ。
うそみたい・・・
私は初めての幸せをかみしめていた。
こんな素敵なひとが私の彼になってくれた。面白いひと。いつも変なことを言って、ふざけ合って話すのが好き。すぐに笑う、いつも笑ってくれる人。とても優しくて、頭が良くて、背も高くて・・・彼の見た目も好き。
初めて恋人ができた私は嬉しくて、幸せで、信じられなくて、泣けてしまった。手をつないだ、ただそれだけなのに私はずっと泣いていた。
*
私がまだ乙女だった頃、彼と会った帰り際に聞いてみた。
「・・・ほっぺにキスをしてもいい?」
そんなことを聞いたなんて今にして思えば赤面してしまう。
でも恋人なら、そういうことをするでしょう?
彼はにっこりして、いいよと言った。
私は自分の唇を彼の頬につけた。舌を入れたりはしない。唇の触れること、それがキスなのでしょう?
幸せな気持ちになっていると、彼も私の頬にキスを返した。私はもっと幸せになった。
彼と会った帰り際には、頬にキスをすることが習わしになった頃。
その日も私は彼の頬に唇をつけ、お返しを待っていたら。
その日、彼は私の唇にキスをした・・・少しだけ、彼の舌が私に触れた。
とてもびっくりして、幸せで、私は彼の名を叫び、抱き合った。
その日、私は世界一幸せな乙女でした。
*
若いふたりは進まなければなりません。
いいえ、私は進まなくても良かったかもしれない。手をつないで、頬にキスをし合えただけで幸せだったから。
だけど本当のキスをするようになると、まだその先があることもお互いにわかっていた。
乙女だった私は、その先へ行くのは結婚してからかもしれないと思っていた。
間違っていた・・・少女の頃、「月刊りぼん」を読んでいたせいだろうか?乙女が読む本だったから、恋の行きつく先に、キス以上のものがあるとは想像しかねたのに。
他に「週刊少年ジャンプ」も読んでいたけれど、私に施された性教育は十分とは言えなかった。
彼の方が、私よりも多少はわかっていたのでしょう。キスをして、その先にもまだ多くのよろこびがあることを、お互い若いとしても、男性の方がそういったことには詳しいものでしょう?
キスをしたら、もっと、もっと触れ合いたくなる。心地よくなってしまう。
乙女だった私と、まだ経験の浅い彼はずっとキスをしていた。気付けば2時間も過ぎていたこともあったほどに。
いま乙女ではない私からすれば、なぜ、どうやって2時間以上もキスをしていられたのか。
いまはもう、そんな風にはできないと思う。
若いふたりだからこそできた、特別な長いキス。
*
彼が私を乙女でなくしようと思ったのはいつ頃だったのか。
彼も経験が浅かったからなのか、たくさんの時間をかけて私達は最初のときを迎えた。
乙女だった頃、男女が結ばれるときのことを思うと、考えるだけでもいやだった。
そのときは、はだかにならなくてはいけないんでしょう?
そんなの、だめ・・・!
無理に決まっている。まずはそこでもうだめなことだと思っていたのに。
彼となら、できてしまうのだと私は覚悟していた。
彼とだったら、先へ行こうか。キスの後にもある、先のところまで。
乙女のままではいられないところまでも行こうと私は決めていた。
長いキスをして、何度もキスを繰り返して、お互いに触れあって、心地よいことのその先の難しいところは・・・
やっぱり難しくて、大変で、信じられないほど痛くて、でも彼となら耐えてみせると思っていた。何度もがんばって苦労をして、なんとか・・・
この人と、ずっと一緒にいるから。恋人と出会えたとき、それは生涯のひとだと、なぜか思い込んでいた乙女だった頃のわたし。
皆がそうではないことも知っていたけれど。
恋をして、一生の恋と思えるような激しい恋だったとしても、別れのときが来ることもあるのでしょう?
手をつないで涙したことも、いつしか忘れてしまうのでしょう?
互いに夢中だったはずなのに、いつの間にか冷えて、嫌気がさしていた。もう愛していなくて、愛されていないと感じて・・・
互いに背を向け合って、憎み合っているとしか思えない日々を過ごして。
彼の前から消えてしまいたくて、別れを告げた日・・・
私も彼も、泣いていた。
*
乙女だった頃から、長い年月が過ぎて。
すべてを捧げて愛した人と、別れようとした頃もあった。
それは失敗したのです。私はだいぶ意地悪をしたし、傲慢だったはずなのに。彼は辛抱強く私のそばにいてくれた。
もう乙女は卒業したわたしなのに。
私は今も彼といて、この先もずっと、彼を卒業するつもりはないのです。
わたしが乙女だった頃 神原 遊 @kamibara
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