二刀流は忙しい

羽間慧

見た目以上に大変です

 プロ野球の先発投手にとって、年間一本のホームランを打てば良い方だ。打撃が好きな投手だとしても、四十六本もアーチを描くのは規格外だ。ましてやメジャーの大舞台で。


「すげぇよな。二刀流。まっ、俺の嫁の方が偉大だけど」


 夜のスポーツニュースを聞きながら、俺はにやりと笑った。スマホには銀髪の女性オルガンディが映し出されている。


 オンラインRPG「ソルシエールの裁縫箱」。魔女の末裔であるプレイヤーが、裁縫箱の精霊達とともに旅する西洋ファンタジーだ。事前登録のころからプレイして五年。最初にお迎えしたオルガンディは、二次元せかいで一番大切にしたい存在になっていた。


 二刀流の剣士。その響きにはロマンが溢れている。否、ロマンしかない。


 敵の攻撃を短剣で受け止めつつ、片手剣で斬りつける。二つの刃がぶつかることなく華麗に振り回されるさまは、神業に匹敵するだろう。右手にシャープペンシル、左手で消しゴムを持っていても、感動は生まれない。


 後衛の回復役にもかかわらず、攻撃も繰り出せるオルガンディは尊い。剣士ではないのに、木の棒が折れるまで素振りをするのだ。


 高い顔面偏差値と胸の面積だけが、諭吉さんを溶かす要因にはならない。所詮ゲームのキャラだと分かっていても、健気な娘には愛情を注ぎたくなるもの。


 オルガンディ! 今回のイベント限定装備、あと一万ポイントで入手できるからな。イメージカラーをふんだんに使った双剣で、お前の美しさをモンスターに見せつけてやれ!


「うおおおおおおおーーーー!」


 俺は雄たけびを上げた。タイムリミットは明日の午前五時まで。イベント期間と出張が重なってしまったせいで、ほとんどログインできていなかった。日付が変わったことを告げる、時計の音楽が憎いぜ。


 親指をせわしく動かしながら、ちびキャラのスキルを発動させる。糸で敵の動きを拘束し、味方の攻撃力をあげた。フルオート機能はあるが、スキルの成功率が高いのは手動だ。三十秒で戦闘を終わらせるために編み出した最短経路を、ひたすら指でなぞり続ける。


「陽一」

「どうした? 静香」


 ノートパソコンと向き合っていた静香は、こっちを見ずに話しかける。同棲したてのころは、俺の肩に頭を預けてくれたっていうのに。


「テレビの電源切ってくれない? 今は手が離せなくて」

「奇遇だな。俺も取り込み中なんだ」


 俺が寝ころびながらゲームをしていると、不穏な空気が流れた。初心者が高難度ボスと遭遇してしまったときのような絶望感。俺、何か悪いことをしたかなぁ。


 首を傾げたとき、静香の怒りの原因を理解した。


 静香は同担拒否だった。俺と同じ推しを愛してしまった静香にとって、彼氏の熱狂ぶりは地獄絵図に等しいらしい。オルガンディの装備を目指して周回する様子もまた、じんましんが出るほど見たくない光景という。静香とソル箱をプレイする日は、永久に来なさそうだ。本当は、彼女とオルガンディの可愛さを語り尽くしたいのだが、ゲームデータを破棄されないだけありがたいと思うしかない。


 俺はオートモードのボタンを押して、静香の頼みを受け入れた。プレゼン資料の見直しなんて、日曜の深夜にするなよ。いや、日付が変わったから月曜日か。


 暗くなったテレビ画面に、静香のにやけた顔が映る。満足するクオリティーになったのなら、労いを込めて肩でも揉んでやるか。


 静香に近付くと、彼女はノートパソコンを閉じようとした。


「ちょっ……データが壊れないか?」


 俺は制止しながら画面を見る。レイアウトにこだわったスライドではなく、音符の飛び交うステージがあった。


「バンド? いや、吹奏楽部か?」

「………………バレてしまったら仕方ない。このゲームは私の新たな沼よ。声優さんが豪華すぎて、広告に捕まっちゃった」


 静香は悔しそうに白状した。男子校の吹奏楽部を舞台とした、イケメン育成ゲーム。アクションバトルが魅力のソル箱とは異なり、部活の様子をのんびりと見守る内容らしい。


「スキップか倍速機能はないのか? ひたすら画面を見続けるのはしんどいぞ」

「まだリリースされて百日も経っていないからね。今後の改修に期待してる」

「お、おう」


 充血した静香の目を直視するのがつらい。

 外した視線の先に、静香のオルガンディが杖をふりかざしていた。


「お、お前まさか、ソル箱と同時並行で育成していたのか? 二つの世界の守護者とか、無茶しやがって……」

「二刀流、かっこいいでしょ」


 サムズアップする静香。俺は長い溜息をついた。


「ちっともロマンがない。スマホとブラウザゲームの二刀流は、首と目を酷使するだけだぞ。ゲームは一つに絞りなさい」


 夜更かしして脳死周回にいそしむ俺が、注意できる立場ではないことは分かっている。だが、彼女の健康に関わることなら、罵られても構わない。


「やだー! だってオーちゃんと同じ声の人だもん。どっちも選べないよ。天使すぎて」

「ぐっ。貴様の奮闘を祈る」


 静香が再生したCVに、俺は両手を握って昇天した。

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二刀流は忙しい 羽間慧 @hazamakei

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