かくて才能は人を【KAC20221・二刀流】

カイ.智水

かくて才能は人を

 世に『二刀流』と謳われた強者が数多いる。


 戦国時代、武士は腰に二刀を帯びるため、それを最大限に活かした左手に太刀、右手に小太刀を構える『元祖二刀流』宮本武蔵。

 現代ではメジャーリーグベースボール、アナハイム・エンゼルスの大谷翔平が、ピッチャーとバッターの「二刀流」で話題を集めている。

 「バイ」と呼ばれる『二刀流』が存在している。バイセクシャルは男性も女性もイケるクチ。そのため性的少数者、性的マイノリティーとして昨今取り沙汰されることも多くなった。


 俺はそういう一般的なタイプの二刀流とは一線を画している。

 文芸と美術、つまり言葉と絵の二刀流だ。

 高校在籍中に純文学の賞を獲り、そのネームバリューを活かして美術展を開いたら絵が高値で売れていった。

 高校はいちおう卒業したものの大学へは進学せず、今は文章と絵画の稼ぎで生活をしている。

 科学者であり画家でもあったレオナルド・ダ・ヴィンチは生涯の目標だ。

 いずれは文学でも絵画でも代表作を残して、新たな挑戦に踏み出したい。


 それは恋愛。


 これまで小説を書き、絵画を描き続けていたため、女性と付き合ったことがいっさいなかった。

 なまじ妄想の恋愛を小説にして文学賞を獲ってしまったがため、クラスメイトからは「恋愛の達人」に見られてしまったのだ。

 それ以降、女子生徒は誰ひとり近寄ってこなかった。

 現実の恋愛に恵まれない日々を長く過ごしたのだ。


 だからこそ、今は代表作を残していち早く引退したい。

 女性と楽しく会話して、一緒に買い物をして。記憶に残るようなデートをしたかった。


 だが、小説を何本書いても代表作と呼べるような作品が書けない。

 文学賞を獲った作品が大当たりした以外、結果を残せていないのだ。

 もちろんそれなりに売れているから執筆依頼は後を絶たないのだが。

 どうせ書くのなら、ミリオンセールスを記録して華々しく引退したかった。

 だが結果がそれを許さない。


 絵画のほうも展覧会で売れるのはよいのだが、どうせ描くなら一億円の作品を書いてからやめにしたかった。

 こちらも一億には程遠い現状だ。


 幼馴染の親友は「二兎追う者は一兎も得ず」と言うが、やはりそうなのだろうか。

 全力を出しているつもりが、力を分散させてしまったがために、満足の行く作品が生み出せなかった可能性も考えなければならない。


 文芸か美術か。


 まずはどちらかに注力して、満足のいく作品を仕上げてみるべき。

 そうすれば、きっとミリオンセールスの小説が書け、一億円の絵画が描けるはずだ。



 しかし、俺は本当に小説も絵画も手放したいと思っているのだろうか。

 単に恋愛が出来さえすれば、手放さなくてもよいのかもしれない。

 小説と絵画をそれぞれ「注力するもの」として捉えていたが、恋愛もそれらと同じ「注力するもの」と認識しているのはいかがなものか。


 敬愛するレオナルド・ダ・ヴィンチすら結婚をせずに生涯を終えている。「剣聖」宮本武蔵も結婚をした記録は残されていない。


 稀有な才能の持ち主は、まともな恋愛や結婚を夢見てはならないのだろうか。

 才能が人生を支配し、他のものを遠ざけ排除してしまう。


 このまま『二刀流』を維持して、恋愛や結婚を逃すのか。

 一刀いや、いっそ両刀を手放して恋愛や結婚を求めるのか。


 人生は長いようで短い。


 だが短いようで意外と長い。


 今はまだ、小説を描くのも、絵画を描くのも、面白くてやめられない。

 結局、恋愛や結婚をしたくなって気の迷いが生じただけなのかもしれなかった。



 そうやって、才能は人を殺していくのだ。



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