偶像と剣豪

金澤流都

愛は呪い

 同じグループに所属する子たちは、わたしが日曜日朝のヒーロー番組にピンク役かなにかでキャスティングされたと思っている。わたしも話を最初に聞いたときそういうことだと思った。だって現実みが薄すぎる、「人類の敵と戦ってほしい」なんて。

 きょうも劇場での公演を終えて、いつも通りファンの人たちと握手したりチェキを撮ってサインしたりした。アイドルになってから、いわゆる「オタク」の人たちがどれくらい自分たちアイドルを愛しているのかを実感した。


 しかし愛されるのは危険なことだと、わたしは知っている。わたしはいま、人類の敵、偶像と対峙していた。右手には刀。左手には脇差。着ているものは、アイドルの私服、という印象の、シンプルなブラウスとミニスカート。ショートブーツのヒールは、東京のビルの屋上を、しっかり踏んでいる。

 人類の敵、「偶像」は、かつて愛されたなにかの、もっと愛されたいという怨念が型になったものだ。それを斬り伏せるのが、わたしのもう一つの仕事である。


 偶像は、土のような素材でできた体を、空中で翻した。それを刀で受け流し、その頭部を脇差で叩き割る。偶像は「ヒュルル」と声を上げて失速する。

 頭部を叩き壊したからビームはないはず、うまくいけば仕留めたはず。そう思ったら偶像の腕から剣が生えてきた。殺陣なんてやったことないよ。

 がいん、と剣がぶつかり合う金属音が響いた。二刀流で相手の剣を凌ぐが、相手の膂力が尋常じゃない。それでも慣れだ、受け流して自由を手に入れる。

「ヒュルル……ヒュルルル……アタシハ……セカイイチ……カワイイ……」

 その声は、わたしが研究生のころ、恋愛禁止の御法度を破って脱退した、かつての不動のセンターの声だった。


 ……やっぱりか。

 偶像はアイドルの、「あの子ばっかり目立って悔しい」とか、「なんでわたしが辞めなきゃいけないの」みたいな思いが汚くなって生まれている、というわたしの仮説がまた正しいと証明された。

 アイドルとして活躍するということは、どこかで偶像を生むということだ。かつてのセンターが生み出した偶像を、わたしは袈裟斬りにした。刀が土と擦れ合う嫌な音がする。

「――成敗!」

「ヒュル……」

 偶像は動かなくなった。

 刀を鞘に戻す。ちん、と気持ちいい音がする。

 わたしもいつか、偶像を生み出したりするのだろうか。アイドルを辞めるときは後腐れなくさっぱり辞めたいと思いながら、崩壊して消えていく偶像を見つめる。

 アイドルと剣豪の二刀流、やっぱりしんどい。でも、偶像が人類を脅かすかぎり、わたしは刀を握り続けるだろう。

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偶像と剣豪 金澤流都 @kanezya

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