なまくら

宇目埜めう

なまくら

 私の刀はなまくらだ。

 間違いなく、なまくらだ。


 そんななまくらを、ずっと後生大事に持ち続けている。研いでも研いでも切れ味の良くならないなまくらを、もう何十年も振るい続けている。

 研ぎ方が間違っているのだろうか? 私の技量の問題だろうか? 

 答えは見つかりそうにない。ただ、なまくらを持ち、振るい続けるのみだ。振るうと言っても、素振りである。私にこの道の才がないことは、とうに分かっている。


 私は、本気で人を斬ったことがない。


 私といえど、天下無双に強く憧れた時期はある。しかし、それも遠い昔。今は、それほど天下無双のことは考えない。自分の限界は、自分がよく知っている。けれど──。


 若い者にはかなわない。若い者の持つ、新しく斬新で切れ味鋭い刀。天下無双が無数に生まれる。そんな冗談のような光景をこの耳で聴き、この目で見てきた。


 正直に打ち明けよう。年甲斐もなく、私だって──、と思わなくなはい。

 けれど、圧倒的な刀の前に私のなまくらなど太刀打ちできるわけがない。


 どうすれば、天下無双になれたろうか。違う刀であれば天下無双に近づけたであろうか。そんな後悔と自問自答が、たまに思い出したようにやってくる。


 私は天下無双を諦めきれていないのだろうか。私はまだ天下無双になれるのだろうか。


 あるとき──、今から数年前に、ふと懐に小さな匕首あいくちがあることに気が付いた。いつからそこにあったのか。見当もつかない。おそらく、ずっとそこにあったのだろう。私が気が付かなかっただけだ。私がそれを匕首と気が付かなかっただけだ。

 この匕首は間違いなく私のものだ。

 根拠? そんなものは必要ない。この手に持った時の感触。私好みの形。振るうだけで気持ちが昂るこの感覚。

 そして、なにより──、この匕首もなまくらだ。一度振るってすぐに分かった。

 私の手元に少し短いなまくらが一つ増えた。──いや、元からあったのだから、二つあることに気が付いたといった方が正しい。


 右手に刀、左手に匕首を握ってみる。

 二刀流。私の若いころであればいざ知らず、昨今では、二刀流など別段珍しくもない。

 だが、私の二刀流はどちらもなまくらだ。自信を持って言えるなまくらなのだ。

 いまだかつて、なまくらを両手に携えた者があっただろうか。これほどのなまくらを──。

 少なくとも、私は知らない。この世にそんな者がいたとは、聞いたことがない。


 なまくらの二刀流。


 これは天下無双ではないだろうか──。その発想は、天啓に近かった。


 分かっている。

 天下無双とは、優れたものを指す言葉だ。

 

 なまくらの二刀流を見たことがある?

 言わないでほしい

 

 大目に見てはくれないだろうか。私がやっと見つけた拠り所、なのだから。

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なまくら 宇目埜めう @male_fat

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