異世界勇者の超理論

宇部 松清

転生前はたぶん4〜50代の勇者

「ふっふっふ。貴様も終わりだ、異世界からやって来た勇者ムサシよ」


 魔王との最終決戦である。

 たったいま紹介してもらったが、俺の名前はムサシ。この世界を救うため、異世界から転生してきた勇者だ。

 

 俺がまだ『田中武蔵』だった頃、巷では猫も杓子も異世界転生だった。実際にするとかではなく、小説やら漫画、アニメ作品など、とにかく「何でも良いから異世界転生させとけ。話はそれからだ」とでも言わんばかりに異世界転生ブームだった。


 トラック転生なんてものをガチで信じた若者が、高速道路に飛び込む事件が多発し、人殺しになりたくないと、トラックドライバーの数が激減したりもした。俺達大人はそんな若者を冷めた目で見ていたものである。


 そんなある日のこと、青信号の横断歩道を渡っている時に居眠り運転のトラックが突っ込んできたのだ。すべてがスローに見える中、「あぁ死んだな」と思った。


 そして目を開けたら、この世界にいたのだ。トラック転生はガチだったのである。


 そんなこんなで始まった異世界生活。俺は当然のように勇者になった。冴えないリーマンだった俺は、何だかとってもイケメンになっていたし、ビール腹も引っ込んでいた。夢のシックスパックまで標準装備ときたもんだ。

 そして、仲間にも恵まれた。もう前後左右どこを見たって、種族も属性も多種多様なボインボインの美少女達である。そんな乳やら何やら露出しまくりで戦えるわけないじゃん、と馬鹿にしていた異世界が目の前にあるのだ。こうなれば話は違ってくる。乳でも何でも大いに出してくれ。


 時にラッキーなスケベをおさめつつ、それでもやるべきことをやり、俺は、いや、俺達はいよいよ魔王との最終決戦に臨んだ。


 伝説の武器や防具も集めた。

 レベルだってマックスだ。

 魔王なんてサクッと倒して、世界を救った勇者様は、これからも美少女に囲まれてウハウハの異世界ライフを満喫するのだ。


 そう思っていた。


 のだが。


 魔王が規格外に強いのである。

 三人いる仲間のうち、戦士と治癒師は力尽き、魔法使いは恐怖のあまりに戦意喪失している。あとはもう俺しかいない。


「はははは! 勇者ムサシよ! 貴様の力では私の身体に傷一つつけられぬわ!」

「くっ……」


 どうしてだ。

 伝説の剣を装着した俺の攻撃力は200。レベル99で伝説の武器を装着となれば、もうこれが最強のはずなのに。


 そんな俺の思考を読み取ったのだろう。魔王が、小憎たらしい笑みを浮かべつつ、言った。


「くくく、教えてやろう、勇者よ」

「何だ!?」

「お前の攻撃力は200。だが、この私の防御力は500だ!」

「なっ、何だと!?」


 まさか力の差を数値で教えてくれるとは、なかなか親切な魔王である。

 しかし困った。防御力が500もあるとなると、攻撃力200では刃が立たないはずだ。くそ、俺はここまでなのか。


 い、いや、待てよ。


 俺の脳裏に、転生前に知った『あの理論』が浮かぶ。一か八かだが、やってみるしかない。


「諦めるんだな、勇者よ! この世界は私のものだ! はっはっは!」

「俺は! 諦めないっ!」


 そう叫ぶなり伝説の盾を捨て、その代わりに隣で倒れている剣士が握っている雷神の剣を手に取る。ちなみにこの『雷神の剣』だが、稲妻のようによく切れる、というのがウリの剣士最強の武器である。稲妻のようによく切れる、の意味は正直わからない。攻撃力は100だ。


「ほう、二刀流か」

「(ほんとは違うけど)そうだ」

「だが、二刀流になったところで、貴様の攻撃力は300、まだまだ足りんだろう」


 なんでこいつ雷神の剣の攻撃力知ってんだよ。まぁいい。


「それは違うぞ魔王!」


 両手に剣を持った俺は、魔法使いに向かって叫んだ。


「魔法使い起きろ! この二本の剣に炎の魔法をかけるんだ! 早く!」


 呆然としていた魔法使いが「ホァッ!?」と目を覚ます。「ええぇ、剣に魔法なんてぇぇ」とビビリちらかしているが、「急げっつってんだろォ!(この剣バチクソ重てぇんだよ!)」と一喝。するとやはり胸元を露出しまくりの猫耳魔法使いは「ひえええ」とか言いながら俺の両手に炎の魔法を放った。


「な、何?!」


 これにはさすがの魔王も驚いたようだ。


「俺の元々の攻撃力が200! さらに雷神の剣を装備したことで+100! そこへ魔法使いの炎の魔法(平均ダメージ80)×2で160! これで460! そしてぇっ!」


 だっ、と俺は魔王に向かって駆け出した。


「助走をつけ、高く飛び上がりっ! 回転を加えることでぇぇぇっ! さらに2乗だぁぁぁぁぁっ!」

「ええええええええっ!?」


 そんなわけあるかぁっ! という断末魔の叫びと共に、魔王は爆発し、死んだ。そりゃそうだ。何せこちらの攻撃力は211600である。何この数字。


 そんなわけあるか。


 そんなこと、こっちだってわかっている。

 両利きですらないのに、勇者だからっていきなり二刀流が出来るわけがない。単純に武器の攻撃力を足せるわけがないのである。炎をまとわせたのだって無理やりだ。はっきり言って出来るわけがないと思ってたし。それに何だ、助走をつけて、跳躍して回転を加えたら2乗って。どんな計算でそんなことになるんだ。物理学者に怒られるわ。


 わかってるのである。

 無理やりだってことは。


 だけれども、いつだって正義はそんな無理やりな奇跡を起こしてきた。そうやって絶体絶命のピンチを簡単にひっくり返してきたのである。

 

 とにもかくにも魔王は倒された。

 この、付け焼き刃の二刀流勇者ムサシによって。

 

 無理やりだってなんだって、必ず正義が勝つ。この世界は、そういうことになっているのだ。

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