ペットを選ばないといけない世界の話

日諸 畔(ひもろ ほとり)

どっちも好きでいいじゃん

 人は誰しも表の顔と裏の顔がある。周囲に見せてもいい部分と、見せたくない部分。

 それは俺も同じだ。

 さすがに、この姿を公表する勇気はない。


「ミーちゃん可愛いよぉ可愛いよぉ」


 膝の上には茶色いモフモフが丸くなっている。猫のミーちゃん。可愛いを通り越して神々しいとすら思える俺の愛猫あいびょうだ。


「おおぅ、すまねえなビル」


 ミーちゃんを愛でていると、背中に軽い衝撃。のしかかってきたのは犬のビルだ。そこそこな大きさの雑種で、俺の人生の相棒と言っても差支えがない。

 俺の裏の顔とは、この二匹との生活だ。


 膝にミーちゃんの重さを感じつつ、ビルに顔を舐め回される。大きな幸せと共に、恐怖感が俺を包む。

 俺にはどうしても、このどちらかを選ぶことなどできない。ただ、このままではいずれ塀の中だ。結局二匹とも悲しませてしまう。

 外には、街宣車が大きな音を出しながら走っていた。


『犬ー犬ー、人類のパートナーは犬ー』


 また別の街宣車は違う音を出す。


『猫こそ神の動物、猫に仕えるのです』


 昨年施行された《推し動物表明の義務に関する各種法規》により、この国の住人は愛する動物を表明する必要に迫られた。選ばない者は重罪人とされ投獄される。

 動物が好きではない者は免除されるが、当然ペットを飼う権利は得られない。


 家族や友人達は、それぞれ選び、俺の前から姿を消していった。猶予期間はあと二日。決断は未だできていない。


 猫のミーちゃんは、今年で五歳。なんとなく立ち寄った保護猫の譲渡会で一目惚れした子だ。茶色をベースとした軽く縞のある毛並み、くりくりとした大きな目。

 俺は彼女に夢中だった。ミーちゃんのために働き、ミーちゃんのために生活を送る。そして、ミーちゃんは俺に擦り寄る。最高だ。


 犬のビルは、年齢不詳。気付いたら俺の後ろに着いてきた野良犬だ。何かを訴えるような優しい眼差しに、思わず連れ帰った。

 彼は実に忠実だった。疲れていれば寄り添うし、元気であれば一緒に戯れてくれる。大好きだ。


 だから俺は、この二匹と離れるつもりがない。しかし、残酷にも時間だけは過ぎていった。

 このまま一緒に逃げてしまおうか、いや、捕まってしまえばミーちゃんとビルがどうなるかわからない。


「わう」


 ビルが耳元で囁いた。


「にゃー」


 ミーちゃんが膝の上から俺を見上げている。


「そうか、でも、無理だよ」


 二匹の言いたいことはわかる。きっと『自分を捨てていけ』と言っているのだ。もちろん、俺にはそんなことできるわけがない。

 ただ涙を流し、愛する家族を抱きしめるだけだ。


 その時、付けっぱなしになっていたテレビにノイズのようなものが映った。ノイズはそのまま人の輪郭になり、静かに語り始めた。


『我々は、全ての動物を愛する者たち。あらゆる動物に優劣をつけず、好きという気持ちを分かち合おう』


 その言葉に、俺は目が覚めるような気分だった。


『さぁ、立ち上がれ。選べないことが悪ではない。二刀流でも三刀流でも、百刀流でもいいのだ。動物を愛する心は、無限だから』


 そうか、そうだ。

 俺はミーちゃんを抱き立ち上がった。ビルが俺の横に来る。


「行こう」

「わう」

「にー」


 一人と二匹は戦うことを決意した。

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ペットを選ばないといけない世界の話 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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