美貌の大怪盗はニトウリュウ

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

刕一刀はなにを盗んだか?

 美貌の大怪盗、逮捕される。


 そんな一報を受けて、名探偵を自称するボクは即座に留置所へと向かった。

 交友のある酉川とりかわ警部に無理を言って、彼女――怪盗〝刕一刀リ・イットウ〟とボクは面会を果たす。

 やつれた様子もなく、不敵な笑みを湛えた一刀は、顔を合わせるなり、


「これはこれは、ポンコツ探偵じゃあないか」


 と、こちらを罵倒するような言葉を投げかけてきた。

 ボクは相手のペースに乗るまいと、余裕たっぷりににみえるよう、肩をすくめて言い返す。


「ポンコツはどっちだい? 君なんて情けなく捕まっているくせに」

「私の盗術を〝いま〟見抜けていないのだから、おまえさんのほうがポンコツなのさ。あるいはよっぽど、その眼が節穴なのかだが……やれやれ、そんな論議をしにきたのかい?」


 ……どうやら、彼女は舌戦をふっかけてきているらしい。

 しかし、ボクとしても迂闊うかつなことは言えない。

 昨今話題になっている取り調べの可視化という観点から、この会話はいままさに記録されており、彼女の素性を知りたいと願う下世話な世間へと、ネットを通じてリアルタイムで配信されているからだ。


 暴言でも吐こうものなら、ボクの積み上げてきたキャリアが一瞬で台無しになってしまう。


「キャリアだァ? そんなもの、おまえさんにあるものかよ。結局一度だって、自力じゃあ私を捕まえられなかったんだぜ?」

「繰り返すが、君はいま拘束されている。この状態からなにかを盗むなど、出来るわけがない」


 そう、怪盗が捕まったからなどという陳腐ちんぷな理由で、名探偵であるボクが、この場に足を運ぶわけがないのだ。

 問題が、そこにはあった。

 彼女は逮捕される寸前、予告状をネット上に公開していたのである。


『留置所のなか、手足を縛られた状態で、あなたの大切なもの奪います  刕一刀』


 まったく、なんという不貞不貞ふてぶてしさだろうか。

 如何に彼女が稀代の大怪盗であっても、そんな真似が出来るわけがないのに。


「ところがどっこい……私になら出来るのさ」

「……そもそも、君はなにを盗んで捕まったんだい?」

「とある文豪の未発表原稿をね、すこしくすねてやった。警察諸君は、どこに隠したのかまだ解っていないようだがね」

「なるほど、好事家こうずかには高く売れそうだ」

「おいおいおい、冗談じゃあない!」


 彼女は急に、不機嫌そうな大声を出した。


「この刕一刀が、金欲しさに怪盗をやっているなんて思っていたのかァ? しかもよりにもよって、私のライバルを自称するおまえさんが?」


 違うのか?


「違うね! まったく違う。怪盗美学その壱、怪盗とは人の心こそを盗むものだよ」

「その弐は?」

「小さいものは胸の谷間に隠すことだ」


 そう言って、背を伸ばし自身の胸元を強調してみせる一刀。

 実際そこは豊満であった。


 ゴホンと、状況を見守っていた酉川警部が咳払いをする。

 いけない、相手の話術に乗せられて、随分と無駄話をしてしまった。

 ボクの名誉のためにも。

 そしてこのライブを見ている野次馬のためにも、いい加減謎を解かなければならない。


「刕一刀、君はいったいどうやって、〝大切なもの〟とやらを盗むつもりなんだい?」

「それを推理するのが探偵の仕事じゃあないのか? まあいい。すでに十全、準備は整った」


 なんだって?


「だから、私は盗みを終えたと言っているんだよ、ポンコツ?」


 馬鹿な。

 彼女は指一本、いや髪の毛の一本すら自由に出来なかったはずだ。

 この牢獄から外にだって、一歩たりとも出ていない。

 嘘だ、ハッタリに決まっている。


 刕一刀は、なにも盗めていない!


「違うね。間違っているのはおまえさんのほうだ」


 ニヤリと口元を吊り上げた怪盗は。

 ボクを。

 否――彼女を撮影するカメラを見遣りながら。

 じつに嘲笑的な表情を浮かべる。


「な、なにを盗んだッ? 刕一刀、君が盗んだものは、いったいなんなんだ!?」


 ヒステリックなボクの問い掛けに。

 彼女はたっぷりの余裕を持って、こう答えたのだった。


「簡単だとも。私が盗んだのは――この記録を見ているあなたの〝大切な時間〟、なんだからなァ!」



§§



 かくて、美貌の大怪盗、刕一刀は、見事に最後の盗みをやり遂げてみせた。

 余談だが、先に盗まれていた未発表の原稿は彼女の胸の谷間から発見された。

 美貌の大怪盗は結局、二つの盗みを成立してみせたのだ。

 この偉業は、後年、ネットで次のように語られることとなるのだった。


 刕の一文字から刀を引けば、二刀が残る。

 即ち彼女の流儀は――二盗流であると。

 

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