十八  テイクオフ・アワ・ベイビー1990年 3月

 北西に向かって続く巾の広い滑走路を僕らは並んで走っていた。僕らが追いかけていたのはメーヴェカモメという機名の飛行機だった。N大理工学部の学生たちが一年かけて製作した人力飛行機だ。

 僕は三脚に載せたムービーカメラとともに大型の台車に乗り、離陸しようとしているメーヴェを学生たちと共に追った。理工学部の学生二人が僕をのせた台車を押してくれた。

 一年前、理工学部から記録映画の撮影依頼があり、芸術学部長は航空映画に興味をもっていた僕をカメラマンとして推薦した。僕は二週間に一度、人力飛行機の製作現場に通いその様子を十六ミリフィルムに記録した。

 その日、僕は四百フィートマガジンをカメラに装着した。十六ミリフィルム四百フィートの連続撮影時間は十一分ほどしかない。しかし顧問の教授は、

「十一分もあれば充分だろう。本当は、二十分でも三十分でも飛んで欲しいけどね」と、僕に耳打ちした。

 メーヴェは主翼をわずかに振動させながら、僕の目の前を走っている。

 離陸する……メーヴェはそんな気配を見せた。

「飛んでくれ、メーヴェ。お前は俺の未来なんだ」

 ひとりの学生が走りながら叫んだ。

 ひざまずき合掌して静かに希求する。それだけが祈りのかたちではない。走りながら叫びながら祈りの対象に自らの未来を托す。それも祈りだろう。

「テイクオフ、アワ・ベイビー!」

 誰かが大声で叫んだとき、メーヴェは主翼を大きく湾曲させ、機体をもち上げた。

「浮いたわ」

 朱夏の声がきこえた。

 歓声が挙がった。皆拍手をした。泣き声がきこえる。

 僕は合図をして台車をとめ、構図の中心にメーヴェをフィックスすると、一瞬、ファインダーから目を離した。

「そんな涙目でちゃんと撮れているの? カメラマンさん」

 朱夏あやかが僕の涙を拭いてくれた。

                                   (了)

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Take off, Our Baby Mondyon Nohant 紋屋ノアン @mtake

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