第2話 久しぶりにあった幼馴染が綺麗になってた時のアレ
「レイシー……」
酔いがさめた。
わけではないが、頭の痛みも胸やけもすっ飛ぶほどに衝撃を受ける。
十年以上会っていない幼馴染が、記憶よりもずっと綺麗になって目の前にいる。それだけじゃなく、彼女は魔王を倒した勇者様だ。なぜそんな偉大な奴が俺の部屋の前にいるんだ?
「どうして……ここに」
「酒臭い」
「え」
「飲んでたの?」
「…あ、まあ」
レイシーは高そうなワンピースを着て、耳にはイヤリングを付けている。新聞に載っている写真で来ていた豪華な装備は外しているらしい。その佇まいからは、彼女がかの『天譴の地』で死闘を繰り広げていたとは到底思えない。
こんなボロい外廊下とは、彼女の姿はあまりにもミスマッチだ。
勿論、鉄のプレートを胸にひっさげて、250Gの鉄剣を腰に差した俺なんかとも、絶対に絵にならない。
「冒険者、やってるんだ」
俺の雑魚装備を見て、レイシーがそう言った。
「まあ、な」
「………なんか、変わらないね」
「え?」
「アイザックは、変わらない」
どこか安心したように言ったレイシーの言葉が、俺の心に突き刺さる。
変わらない―――。決して彼女は悪しざまに言ったわけではないけれど、俺の成長を否定されたみたいでどこか虚しい。でもそうだ。俺はガキの頃から変わっていない。身体が大人になったからと言って、俺の心はまだ英雄願望を引きずってる。
「な、なあ。どうしたんだよ突然。あー、ていうか、お前魔王倒したんだろ? それがなんでこんなとこに…」
「久しぶりに顔見たいなって思ってさ。同じ村で過ごした仲なんだし」
「いや、でもお前。凱旋とかあるだろ。そういうのは…」
「いいよ別に。魔王を倒したんだから、もうこれ以上勇者として振る舞う必要もないじゃん」
「でもよ……あー、ダメだ。これ現実か? 夢じゃないよな?」
「うわ、酔っ払いだ」
しょうがないだろ。お前が来るって知ってればこんなに飲まなかったんだし…。と言っても、まだ現実感が湧かない。勇者になった幼馴染が、魔王を倒した昨日今日で俺のところに来る意味が全く分からないのだ。
「ていうか、入れてよ。家」
「は?」
「外ちょっと冷えるし、家に上がって喋ろ」
「……………」
俺はしばらくレイシーの言っている意味を反芻して、言葉としては理解するものの、しかしすぐに反応することが出来ない。
だが断るにも、久しぶりに会った幼馴染を突き返す気力は、既に俺にはなくて、狭いボロ部屋に救世の勇者様を招くことになった。
◇
「ほんと昔っから片付け下手だよね」
と玄関を上がったレイシーは開口一番に言う。
「るせえな」
「片付けてくれる彼女とかいないわけ?」
「いねーよ」
「……ふーん」
レイシーは砥石や使えなくなった装備や素材、他にも使いっぱなしの生活用品で散らかった部屋で、足の踏み場を探して慎重に歩いていく。少し開いたスペースを見つけると、ちょこんとそこに座り込んだ。
「ここまで、どうやって来たんだ。天譴の地から遥かに遠いだろ」
「んー? まあいろいろと」
「答えになってねぇ…」
俺は家主である手前、何か少しでももてなそうと、魔鉱石のコンロを付けて湯を沸かす。確か貰い物の高い茶葉があったはずだ。イケメンとキスしてたギルドの受付嬢が配ってたものだ。使うのに躊躇はない。
「魔王、倒したんだよな」
「…うん。まあ」
「おめでとう……てのも、なんか変か。ありがとな。世界を救ってくれて」
「………別に、うん」
レイシーはどこかバツが悪そうに頷いた。
世界を脅かす魔王を討ち取ったのだ。もっと誇りに思ってもいいと思うんだが…。
「ほらよ」
俺はカップに紅茶を淹れてレイシーに渡す。彼女は「ありがとう」と言ってそれを受け取った。
「アイザックがお茶を出すなんて……」
「俺も大人になったんだよ」
ガキの頃は家にレイシーが遊びに来ても、こうして茶を出すようなこともしなかったなと思い返す。
「もう一回聞くけどよ。どうしてここに来たんだ?」
「ん?」
「魔王を倒したんなら、褒美とか、いろいろあるだろ。それがどうして俺のところに来たんだよ」
「もう私、勇者じゃないし」
「なに?」
「だってほら、聖剣も魔王を倒したらなくなっちゃった」
「…!」
そういえば、彼女が契約し肌身離さず帯剣していたはずの聖剣がなくなっている。豪華絢爛な装飾と魔法による付与が施された強力な装備も外していて、今の彼女は本当にただの街娘みたいだ。
「私はもう勇者じゃない。だから、どうするのも私の勝手」
「仲間とか、いなかったのか? そいつらはいいのかよ」
「仲間はみんな死んじゃった」
「…ぇ」
「天譴の地で、死体も残らなかった」
「…………」
「魔王を倒すのに、私以外の全てが犠牲になった」
平然と残酷な事実を言葉にするレイシーに、俺は面食らって呆けることしかできなかった。勇者一行と言えば、勇者を親衛する魔族戦闘のエキスパートたちだ。そんな連中が一人残らず死んだなんて事実聞いていなかった。いや、ただ世界が救われたという事実だけを聞いて喜んで、そこに目を向けていなかっただけだ。
少し考えればわかるだろうに―――。
魔王を倒すために払った犠牲が、途方もないものであることくらい。
「俺を、恨んでるか?」
「え?」
俺はカップに入れた茶を睨むだけで、レイシーの顔は見れなかった。
十年も会っていなかった幼馴染だ。
そんな相手のところに、魔王を倒してすぐに向かう理由なんて思いつけなかった。正直、まだ彼女が俺の部屋にいるという現実を受け止め切れていない。
「俺が、お前と一緒に戦えるような男じゃなかったことを、恨んでるのかなってさ」
「……どうして、そんな」
「お前を守るって約束したのに、結局俺は、お前が遠くの場所で地獄を見てるのに、酒場で呑んだくれてるクソ野郎だ」
村で一番仲が良かったレイシーが、予言の聖剣使いの勇者であることが発覚して、彼女は王都へと連れて行かれた。俺はすぐに追いかけた。強くなって、勇者一行の一人になって、傍で守ってやろうと、英雄の一人になろうと思った。
でも現実はそう上手くはいかなかった。どれだけ鍛錬を積んでも、技術を研鑽しても、俺の力は英雄のそれとは程遠かった。俺は運命に選ばれた存在じゃなかった。
それで俺は諦めた。
遠くで戦う幼馴染の戦いを、噂に聞くだけの傍観者になったのだ。
「お前が俺を恨んでても、何もおかしくない」
「……………」
俺は今日、勇者が魔王を倒したという報せを聞いて、嫉妬に駆られた。無力感を背負った。
でも、そんな悩みが可愛く思えるくらい、レイシーは地獄を見たのだ。世界最大の迷宮である天譴の地を攻略し、魔王を打ち倒す偉業を成し遂げるには、とてつもない屍を踏み越えなくてはならない。
俺とは次元の違う悲劇の中に身を落としたのだ。
レイシーを目の前にして、やっとそれが理解できたような俺は馬鹿野郎で、どこまでも傍観者だ。
「恨んでないよ」
「え?」
「恨んでない。恨むようなことじゃないよ…」
「…………」
「私はただ聖剣に選ばれただけで、使命を背負っただけで、何も凄いわけじゃないんだからさ」
カップの取っ手を握り締めて、物憂げな顔を浮かべるレイシーに、俺は何も言うことが出来ない。
「私は魔王を倒して、聖剣を失って、勇者じゃないただのレイシーになった」
「…………」
「私が勇者になる前を知ってるのは、アイザックだから」
「…!」
「だから、来たの。勇者じゃない私が、これからどうやって生きればいいかわからなくてさ」
これから暇になるから。と冗談めかしてレイシーは笑った。俺は彼女の胸の奥にある計り知れない喪失に、なんて言うべきかを迷う。彼女はもう勇者じゃない。と言うがしかし別にそうではない。聖剣を持っているか否か、なんて些事だ。彼女は世界を救った英雄なのだ。
どっかの国で地位を貰うことも、一生遊んで暮らすことだって出来る。でも、元来生真面目なレイシーの性格だ。自分のこれからの人生について迷っているんだろう。ってことは何となく推察できた。
「だらだらすりゃあ、いいんじゃねえの?」
俺が言えるのは、こんくらいだ。
「え?」
レイシーは呆けた顔をする。
「別に、一生遊んで暮らすとかそういんじゃねえよ。ただ、普通に日銭を稼いで、友達作って、酒飲んで、そういう当たり前を一つ一つ積み重ねてくんだ。偉大なことをしなくたって、そうやってみんな生きてる」
「だらだら、する」
「そうだ。俺が今日までずっと、やってきたことだ」
レイシーは、俺の言ったことに納得がいったのかそうじゃないのか。しばらく虚空を見つめると、深い息を吐いた。
「はぁ……そっかぁ。だらだら、すればいいんだ」
俺はなんだかその瞬間、レイシーの身体にまとわりついた大きな鎖が解かれたように見えた。張り詰めた筋肉が弛緩して、彼女が放つ緊張感が緩んだような気がしたのだ。
「じゃあ、今日泊めて」
「は?」
また俺はレイシーの発言に翻弄されてしまう。
「今から宿探すのめんどくさいし、泊めてよ」
「…まあ、別にいいけどよ」
「あ、でもエッチなことはナシで。そういうつもりで来たわけではないので」
「んなのわかってるよ。誰が世界を救った英雄様を襲うっつうんだ。秒で捻り殺されるわ」
ガキの頃だったなら、マセた発言だと思うところだが、お互い二十七歳。男と女が一つ屋根の下寝るのなら、普通に必要な確認事項だ。
「お帰り。レイシー」
「ただいま。アイザック」
こうして十年の時を経て、平和になった世界で俺は、勇者になった幼馴染と再会したのだった。
でも―――
これから、俺は知ることになる。
聖剣に選ばれ、魔王を倒し、世界に平和を齎した勇者となったレイシーが、どれだけ悲痛な戦いを繰り広げてきたのか。
そして、彼女の中にある深い傷と、後悔のことも。
少しずつ、知ることになる。
何も知らない傍観者だった俺は、途轍もない彼女の闇と向き合うことになる。
これは、あの日聖剣を抜けなかった俺の――――
『諦め』の物語だ。
250Gの聖剣 @nanafushi10101
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