250Gの聖剣

@nanafushi10101

第1話 250Gの鉄剣

「勇者が『魔王』を倒したぞ!!」


 その報せは一瞬で駆け巡った。決壊したダムから水が溢れる勢いで、街中にその情報が伝わった。

 世界が救われた。極めてシンプルだが素晴らしきその事実に、民衆は両手を挙げて歓喜と興奮に包まれる。


 俺がその報せを聞いたのは、丁度狩った魔物から取れた素材を換金していた時だった。思わず、俺は折角貰った30Gを落としそうになる。なんとか体勢を整えて、金が入った麻袋を受け止める。


「おいマジかぁ。ハハッ! 勇者様が『天譴の地』に突入したって話は聞いてたが、まさか本当に倒しちまうとはな…!」


 換金屋のオヤジが目を丸くした高笑いする。


「なあアイザック、すげえ奴がこの世にはいたもんだな!」


「あ…ああ」


 換金屋に聞かれて、俺は頷くので精一杯だった。


(やったのか。レイシー)


 俺は十年間逢っていない幼馴染の顔を思い出す。真っ白な髪に素朴な愛らしい顔の彼女が、まさか人類を脅かし続ける凶悪な魔族の首領たる『魔王』を撃破するなんて―――あの時は全く想像もしていなかった。


「やっぱり、聖剣の伝説は本当だったんだ…!」

 

 換金屋のオヤジは興奮混じりにそう言った。


 

 聖剣に選ばれし勇者誕ずる時―――、災厄の王討たれん―――


 ガキの頃、予言に語られる勇者に選ばれるのを夢見てた。男子はみんなそうだった。俺もそうだった。夜遅くまで素振りして、いつか勇者として選ばれるその日に備えていた。世界は俺が救うんだと意気込んでいた。


 でも―――。


 聖剣に選ばれたのは、俺じゃなくて幼馴染のレイシーだった。

 彼女はある日聖剣に選ばれ、村を出て行った。俺も追いかけたが、彼女に追いつくことは出来なかった。俺は彼女の隣では戦えなかった。そして今、こうして雑魚魔獣を狩って換金して日銭を稼いで暮らしている。


 俺が腰に携えているのは聖剣なんかじゃない。


 250Gの平凡な鉄剣。


 俺にはコイツで充分だ。

 俺の相手と言えば、迷宮から湧き出る雑魚魔獣だ。

 巨大なドラゴンや、凶悪な大魔族と死闘を繰り広げるわけでもない。

 敵の肉が斬れりゃあそれでいい。

 

 俺は街を歩く。

 往来の人々は世界が救われた喜びを分かち合っているが、俺はその輪には混ざれなかった。

 

 貰った報酬、30Gの使い道を考える。

 今月の生活費に充てようと思っていたが辞めだ。

 今日は飲もう。飲みまくろう。吐くまで飲もう。


 どうにもならないことがあるなら飲むしかねえ。

 俺がこの27年間で学んだ人生を豊かに暮らす最良の手段だ。


 ◇


 冒険者ギルドの酒場は盛り上がっていた。


「ついに『魔王』が討たれたぞ!」「これで迷宮の魔族が弱体化すりゃあ儲け時だぜ」「人類に栄光あれ!」「勇者一行バンザーイ!!」


 発泡酒を交わし、屈強な男たちが騒いでいる。『魔王』が勇者に倒された記念すべき日を祝っている。

 

 テーブルを囲んで男たちが喧騒を奏でるが、俺はそこから外れた壁際のテーブルでしみったれた酒を仰いでいた。


 やはり、この波に乗れない俺が異常なのだろう。本当であれば、世界が救われた事実に歓喜を震わして乾杯するところだ。でも俺はそうすることが出来ない。他の奴らにとって、勇者様は見ず知らずの大英雄だが、俺にとっては同じ村で暮らした幼馴染だ。


 この胸にある感情は嫉妬と劣等感。

 レイシーは世界を救うという偉業を成し遂げたのに、俺は二十七歳にもなって雑魚魔獣を狩って金に換えて酒を飲む冒険者の怠慢を貪っている。


「おい、随分とまずそうに酒を飲んでいるなザック」


 俺の前にやって来たのは、重厚な鎧を纏った女騎士風の冒険者だった。

 周りからはカーティナと呼ばれている。

 カチャカチャと帷子と鎧の擦れる音を立てながら、俺とテーブルを挟んで座った。彼女もどうやらあのお祭り騒ぎに混ざるつもりはないらしい。


「せっかくの『魔王』が討たれた日に、辛気臭い顔をしているな」


 カーティナの顔立ちは整っているが、頬の辺りに深い傷があり、クリーム色の髪の毛も手入れしていないのか瑞々しさが失われている。そこで剣の腕前も一流と来るので、女漁りが趣味の冒険者たちも彼女には興味を示さないし、彼女もあまり大人数での宴会に興味はないらしい。

 

 俺とカーティナは年も近く戦術も合うので、度々パーティを組んで迷宮の深層に潜ったりしている。飲み仲間でもあるので、こうして互いが独りで飲んでいたりすると相席をする。


 互いに友達が少ない同士仲良くやっているわけだ。


「勇者様は、今頃どうしてんだろうな」


 俺がうわごとのように言うと、カーティナは面食らったような表情を浮かべる。


「なんだ突然」


「いや、世界を救った英雄様は、今頃どっかの国で凱旋パレードでもしてんのかなって思ってさ。うまい飯食って、賞賛を浴びてんだろうなぁ」


「それは壮絶な戦いだったんだ。英気を養う時間は必要だろう」


「壮絶な戦い……そうだよなぁ。俺みたいな奴とは違う。世界を賭けた戦いをしてたんだ」


「………お前まさか」


「んだよ」


「勇者に魔王を倒されて、悔しがっているのか?」


「……………」


「ははっ。おいおい、それは身の程知らずって奴だぞ。勇者と私達は違う。彼女は聖剣に選ばれた運命人だ。私達みたいな端役が嫉妬するような相手じゃないよ」


 カーティナは酒を吹き出さんばかりの勢いで高笑いした。


「まあ、それはそうなんだけどよ」


「まさかお前にそんな熱い感情があったとはなぁ…」


「でもよ。お前だって剣士だったら、世界を救う英雄になりたいって思ったことあるだろ? 悔しくないのか?」


「そりゃ子供の頃は誰だってそうさ。だけど大人になるに連れて、自分が世界でどういう役割を担うかどうかがわかるものだ」


「役割、ねぇ」


「英雄になりたいだなんて言っていいのは、十代までだ」


 俺は今年で二十七。こんな下らないヒーローコンプレックスに苛まれていいような年齢じゃない。俺のダチには結婚してガキを生んでるやつだっている。日銭を酒代や風俗に費やしているような男には、勇者に嫉妬する資格もないんだろう。


「それよりもザック。受付嬢とはどうだったのだ?」


「あ?」


「今度飲みに行くって言ってたじゃないか」


「お前、それを聞きに来たのかよ」


「辛気臭い顔をしていたから、フラれたのだと思ったのだが、もしかして…」


「言いたくねえ」


「おい聞かせろ」


「嫌だね」


 ああクソ。嫌なこと思い出しちまった。ただでさえ幼馴染が世界を救って気分が悪いんだ。だがカーティナも俺から聞き出すつもり満々らしい。クソが。あー、ダメだ。さっきから飲みすぎて自制心が鈍ってる。


「………いい感じ、だったんだけどよ」


「お。どうしたどうした」


「もう会わないって言われてな」


「それでそれで」


「この前、ギルドの裏でよ」


「ほうほう」


「ギルド長の息子いるだろ。あのイケメン風の」


「ああ、いるな」


「キスしてやがった」


 しばらくの沈黙。酒場に響くのは男たちの喧騒のみ。途切れた会話の先に。


「ぶふっ。はははははははっ!!」


 と女騎士風冒険者の笑い声が響き渡る。


「そりゃっ、イケメンで金ある方にいくに決まってるな」


「うるせー」


「しかも、その現場を偶然見るなんて、お前っ」


「人の不幸を随分と楽しそうに笑うな」


「ああっ、悪い。だが楽しませて貰った礼だ。今日は奢ってやる」


「おいおい。太っ腹だな」


「今日は世界が救われた記念すべき日だ。嫉妬も後悔も忘れて飲もうじゃないか」


「…まあそうだな」


 俺がうだうだと嫉妬心に駆られていても、レイシーが世界に選ばれて、世界を救ったことに変わりはない。俺はいつも通り、苦い思いを酒で流して飲み込むしかない。俺は中堅冒険者の二十七歳で、迷宮で雑魚魔獣を狩って金に換えて日銭を稼いでいて、でも世界の遠くでは幼馴染が命を懸けて魔王と戦っていた。

 

 対して俺はイケメンのボンボンに女を取られて意気消沈しているダメ男。

 そんな小さな世界で生きている俺が、勇者様に何か嫉妬心のようなものを抱くことすら間違っているのだろう。


 今日も、しみったれた酒を飲む。


 

 ◇


「う…頭いてえ」


 カーティナの奢りだからと言って酒を頼みすぎた。途中からいつもの飲み仲間も参戦してきて騒ぎまくって、強い酒を一気に飲んだのがまずかった。キャパシティを完全に超えてしまった。


 胃の中がパラダイス。いつでも吐けるという状況。視界が朧げで頭も打ち付けるように痛い。


 ぐでぐでになって歩いていると家が見えてくる。二階建ての木造建築。勿論一軒家じゃない。賃貸で部屋を借りている。


 外廊下に繋がる階段を上がる。二回の奥が俺の部屋だ。


「…………?」


 俺の部屋の扉の前に人影がある。


 女だ。


 透き通った白い髪が、窓から差し込む街灯の光を反射している。


「おい。誰だ」


 と人影に問いかけると、女の肩がピクリと動く。


「あ、帰って来た」


 女が俺の方を振り向くと、とてつもない美人であることがわかる。飲みすぎて意識が錯乱して、幻覚でも見てしまったのかと思ったが違う。

 俺はその女の顔の面影に憶えがある。

 普段ならばそんなすぐに気が付かなかったろう。もう十年近く会っていないのだから。でも、確かにそこにいるのは『彼女』だという確信が持てた。


「久しぶり。アイザック」


 白髪の美女は軽やかな声音を奏でる。聞き覚えのある声。

 今日何度も、思い出した声。

 酒にやられた脳みそでも、それをハッキリと認識することができた。


「………レイシー」


 俺は彼女の名前を呼ぶ。


 魔王を見事に討ち倒し、世界を救った大英雄となった幼馴染の名前を呼ぶ。



 信じられないことだが、救国の勇者様が部屋の前に立っていた。


 


 

 


 







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