タマゴ魚と海藻の山盛りサラダ

しらす

タマゴ魚と海藻の山盛りサラダ

「ふんふん、はふほお。ほれれおほうはんほははひへいふほ」

 口いっぱいに昼食を頬張ったまま、魔法使いらしきローブを着た少女は、そう言ってうんうんとうなずいた。

「ええと……たぶんそうかな」

 その少女の正面に座る旅装束たびしょうぞくの背の高い黒髪の女性は、やや困惑した顔で頷き返した。


「師匠……せめて口の中のものは飲み込んでから喋りましょうよ」

 少女の隣でそう苦言を呈する金髪の青年に、少女は片眉を軽く上げると、大袈裟おおげさに首を横に振った。

「はっへはへふのはひほはひーんはほん」

 もごもごと口を動かしながらも、少女は更にテーブルの上の大皿から手元の取り皿に、えいやと二本のフォークで山盛りに料理を取った。


 テーブルの真ん中の大皿には、緑色の瑞々みずみずしい葉がたくさん盛られた上に、中指ほどの長さの小魚と海藻がこれもたっぷりと乗せられ、塩と酢と油のシンプルなドレッシングがかけられている。

「タマゴうおと海藻の山盛りサラダ」と呼ばれていたこのサラダは、この店の名物料理だと店主が教えてくれたので注文したものだ。

 山盛りというからには本当に山のように盛っているんだろうな、と念を押すように言った少女、ソワレに対して、店主は「めないでくれよ、お嬢ちゃん」とニヤリと笑った。それを嬉しそうに聞いた彼女は同じようにニヤリと笑い返し、止めようとした弟子、リアムを振り切って注文してしまったのだ。


「あの、気にしないでくださいレンさん。一応通訳しておきますと、『なるほど、それでお父さんを探していると』と『だって食べるのが忙しいんだもん』だそうです」

「あっはっは!よく聞き取れますね、さすがお弟子さん」

「あんまりめられた事じゃないんですけどね……」

 呆れた顔をソワレに向けながら、リアムはやれやれというようにナプキンを取り出すと、師匠の口元に付いた小さな粒を拭き取った。


「いっぱい食べるのはいい事だって、お母さん言ってるもんね」

 レンと呼ばれた黒髪の女性の隣には、香色こういろの小さな頭がテーブルの上ギリギリのところに覗いていた。声はそこから聞こえてくる。

「そうね、ほら、リコももうちょっと食べな」

「うん!ありがとお母さん」

 嬉しそうな返事はほとんどテーブルの下に響いた。まだ九歳の彼女には椅子が低すぎて、そのくらいまでしか背が届かないのだ。そんなリコリスの膝の上に乗った皿に、レンはソワレよりは控えめにサラダを追加する。


「あれだけ山盛りだとほんとに食べきれるかと思ったけど、この分なら心配なさそうね」

 感心したようにソワレを見ながら、レンも負けじと自分の取り皿にたっぷりとサラダを盛り直した。


 「タマゴ魚と海藻の山盛りサラダ」は、その名にたがわず本当に山盛りだった。しかも小さな皿やボウルではなく、数人分の料理を盛りつける陶器の大皿に、文字通り山のように盛られていたのだ。

 こぼれ落ちそうな小魚や海藻を崩さないように、と少しずつ上から取り始めたリアムに対して、そんな事で食べきれるかとソワレは盛大に山を崩した。

 あまり褒められた行儀ではないが、そうして山と盛ったサラダを口に含んだソワレが、たまらずといった様子で「おいひい!!」と叫んだことで、みんな弾みがついた。


 タマゴ魚というのはその名の通り腹にたくさん粒状つぶじょうの卵を抱えている魚で、オスメス入り混じっているが、メスの方は噛むとプチプチと卵がこぼれだしてくる。

 その魚を油漬けにしたものがこのセルヴァの港町の特産品で、この店ではそれをサラダに乗せてそのまま一品メニューとして出しているのだ。ほんのり塩気を含むその味は海藻や野菜とぴったりで、更にシンプルなドレッシングの酸味がそれを引き立てている。

 しかもそれに合わせることを予期して、ここではパンをかなり薄く切って枚数をたくさん出している。このパンに挟むようにして食べるのがまた美味しくて、ソワレはもう二度もお代わりしていた。


「それであの、レンさんの旦那様の事なんですけど」

「はほーほほうふはんふぇ、ひははふぇふはひーへ」

「えっと、今度は何て?」

「『魔法の道具なんて、今じゃ珍しいね』だそうです」

「やっぱりそうでですか。私も由来は全く知らなくて、リコの子守歌代わりに使っていただけなんですが」


 そう言うレンの首には、大きな紡錘形ぼうすいけいの二枚貝で出来たオカリナが、革紐でぶら下げられている。と言っても、そのオカリナは一度粉々に割られたものを、レンがにかわでつなぎ直して元の形に戻したものだ。

 かつてはそれを吹くだけで、直前まで泣いていたリコがぐっすり眠れるほどの力を持っていたが、今はその力は失われている。


 このオカリナの由来を探るために旅立ったのが、レンの夫でありリコの父親である男だった。その消息が途絶えたのが一年前、そして持って行ったはずのオカリナが割れてレンの元に届けられたのがその半年後だ。

 ……などというレンの説明を聞いているのかいないのか、ソワレは貪るようにサラダを食べ続けている。


「やっぱりこの話、後にしましょうか」

 おずおずとレンの顔を覗き込み、申し訳ないという顔をしながらリアムは言った。

 実は旅の途中のソワレとリアムに、同じく旅をしているレンとリコが出会ったのはついさっきなのだ。

 魔法使いだと名乗ったソワレに、行方の分からない旦那を探すのに力を貸してほしいとレンが頼んだのである。

 それなら昼ご飯でも食べながら話を聞こう、と言い出したのはソワレなのだが、当の本人がまるで喋れない状態になっている。確かに小魚の卵の味が混じるサラダはとても美味しいし、人一倍食べるソワレにとっては夢のような量だ。こうなっても仕方ないというところである。

 だからリアムは止めたのであるが。


「そうね、美味しいものを食べるときくらい、楽しい話題がいいわね」

 レンは頷くと、金色にも見える明るい茶色の目を細めてにっこり笑った。

「じゃあお母さん、私もおかわり!」

「ほうへふほうへふ! ほっほはへへー!」

「だから師匠は口の中のものを飲み込んでから喋ってください!」



 わいわいと賑やかに食事をする彼らの姿を、厨房に立つ店主のダンは得意満面の顔で眺めていた。

 何を話しているのかは彼のところまでは聞こえないが、初対面らしい四人はすっかり打ち解けた様子で、楽しそうに彼の料理を食べている。


 このサラダは何人もの客に出してきたが、特に大人数で食べに来る客には必ず喜ばれるものだ。港町なので馴染みの客というのは少ないが、代わりに旅行者や船乗りたちが集団でやって来て、みんなで一つの皿のサラダを取り合うように食べる姿を見るのが、ダンは大好きだった。

 ほぼ材料費のみのような値段で、こんな大盛りメニューを用意しているのはそのためなのだ。


 にこにこと店の中を眺めていると、次は船乗りらしき男ばかりの団体客がドヤドヤと店に入って来て、ダンは慌てて振り向いた。

「ああ腹が減った! どうせなら名物料理が食べたいな。なぁご店主、おすすめは何だ?」

 聞き慣れた質問に、ダンは手書きのブラックボードのメニューを指差すと、ニヤリと笑って言った。

「『タマゴ魚と海藻の山盛りサラダ』、これこそ俺の自慢の料理ですよ!」

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タマゴ魚と海藻の山盛りサラダ しらす @toki_t

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