第13話 おまけエピソード:あっさり茶城
天城茶城という場所は昼食時で観光客がいったん減る時間帯だからだろうか、布市場の時とは違って穏やかな時間が流れていた。
家族で野菜中心の昼食をかきこんでいるお店もあれば、店先に置いた寝椅子でいびきをかいている店主らしきおじさんの姿もある。
「将来はこんな形で働きたい……」
「将来までこの業態が保っているかしらねえ」
しみじみとつぶやく僕に、少女はにべもない返事をする。
「君は最高だと思わないのか? こんなに絵になる場所で寝ながら仕事ができるんだぞ」
「観光客は押し寄せるし、凄い勢いで値切られたりするし、ここで働くのも大変だと思うんだけどなあ」
少女はあくまで冷静だ。
「でも、絵になる場所っていうのはその通りよね。好きな人にはたまらない民族調の世界というか」
「だろう? なんというか、棚に並ぶ雑貨類や茶器に美意識を感じる」
言いながら僕と少女は布市場と同じく雑多な販売店が並んでいる廊下を歩く。
段ボールに詰め込まれた茶器が廊下にまではみ出していたりなど、商品に対する適当さが逆に新鮮に感じた。
どの店にも紙に包まれたフリスビーのような円盤が積まれているのはいったい何かと思ったら……あれがお茶なのだそうである。
「先生の家にもあったじゃない。あれをスコップで崩してお茶にするのよ」
「あった……のか。普段お茶を飲まないからよくわからなかった」
「どおりで、いつあのおうちに遊びに行っても、お茶の葉っぱが減ってないなあって思っていたのよ」
僕の言葉に少女は苦笑を深めている。
「ここでお茶を買おうとしたら、やっぱり値切らないといけないものなのか?」
「うーん、相場よりもかなり高かったら値切るかしらねえ。あんまり無茶な値切り方をすると向こうも人間だからすごく怒って、粗悪品のお茶と入れ替えられたりしちゃうらしいの。お茶って本当に高級品かどうかは見た目じゃわからないじゃない」
「なるほど」
「こっちに来てから値切る楽しさに目覚める人もいるみたいだけど、やりすぎには注意が必要よ」
そういって少女は肩をすくめた。
「相場っていうのは、どうやって知ればいいんだ?」
「慣れた人についてきてもらうのが一番だけど、それが難しいならいくつかお店をまわることね。お店によって提示してくる値段が違うから、そういう情報をもとに他のお店でも交渉するの。あとはまとめ買いするから安くしてくれ、みたいな方法でどこまで値切れるか試すことでも底値を推測することは出来るわ」
「慣れてないと胃に穴が開きそうだな」
「……そういうやり取りで胃に穴が開いちゃう人は、やっぱり茶城勤務には向いていないと思うわよ」
せっかくだからお茶も試飲させてもらおうといって、少女が昼休憩が終わっていそうなお店に足を踏み入れた。
他の店内と同じく茶色を基調とした店内の棚の中には、フリスビーもといお茶の山がうずたかく積まれている。
「試飲させてくれるって」
少女が店の女性と話した後こちらに戻ってきた。
店の奥の椅子をすすめられ、少女と並んで座る。
目の前に並べられていく茶器は、日本では見慣れない種類のものだ。
「……中国のお茶はこうやっていれるのか。湯呑がお猪口みたいな小ささだな」
「うん。あとは最初に洗茶といって急須にお湯を入れてすぐに流して茶葉を洗ったり、専用の陶器でお茶の香りをかいだりもするわ」
「なるほど、こちらにはこちらの茶道があるんだなあ」
茶器はすべてざるそばを盛るための簾(すだれ)付きの器をB4大にしたような台の上に置かれていたが、最初に入れたお茶はすべてその簾付きの台に流して捨てていた。なるほど、この形にも理由があるのか。
お茶の試飲大体少女の言うように進んでいく。
試飲を勧めてくれた女性の動きは洗練されており、観光客に慣れているのだろうことが一目でわかった。
「薄緑色であっさりした味だけど、美味しいな。これはなんてお茶なんだ」
小さな茶器から一口だけお茶を飲んで、僕は首を傾げた。
「鉄観音。ウーロン茶よ」
「とてもそうは見えないな」
「そう思う人が多いから、とても日本人に人気なんだって」
お茶を試飲したからには買わねばならないだろうかと思ったが、どうやら少女の家族はここの常連らしい。
また買いに来るからと店員の女性と笑いあって、その店を後にした。
そのあとは昼も終わりバスで押し寄せてきた観光客と入れ違いに、僕らは普通にタクシーに乗って花園に帰った。
「それじゃあね、先生。また明日」
「……明日の夕方も来る気か」
少女は笑って、僕は苦笑しながらロビーでわかれる。
お昼時に飲んだ鉄観音と同じく、妙にあっさりさっぱりした日曜日だった。
電波と不思議ちゃんの2008年・上海 threehyphens @barunacyu
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