第12話 おまけエピソード:移動中の車内にて


「……なるほど、確かに面白いかもしれない」

「ね? たまには外を遊び歩くのも悪くないでしょ?」



タクシーの中で僕がつぶやくと、少女が嬉しそうに僕を見上げる。



「いかにも観光名所な観光名所を観て回るのもなんだかなあ、って思っていたけど、観光地には人を引き付ける魅力があるんだな。熱気に触れると、創作に回せる体力とか気力も増えていくような気がする」

「先生って本当に絵に夢中なのねえ」

「当たり前だ。そうでもなければ、わざわざ高い飛行機代を払ってまで上海に引きこもりに来ないだろ」



そういいながら、僕はタクシーの窓から街の風景を眺めやる。

通りに面した商店は大体が一階建ての安普請(やすぶしん)で、色あせた看板をパッと見ただけでは何を扱っているのかわからない商店も多かった。

……が、一目でなんの店かわかる場合もある。


「十階建てのケーキなんて初めて見たな」



小さい店の目玉商品とはとても思えない巨大で豪奢なケーキを飾っている店に、僕は目を奪われた。



「……凄いけど、あの店、明らかに生クリームを使っていそうなケーキを常温の棚ざらしにしてるぞ。大丈夫なのか?」

「多分生クリームじゃないんだと思うわ。食べてみたこともないけど、たぶんケーキとは別の何かなんだと思う」



肩をすくめながら少女が言う。



「奥にドラ☆もんとかピカ▽ュウっぽいケーキもあるぞ。凄い、石景山遊園地みたいな世界が本当にあったんだ」



中に入ってみたい気もするが、冷やかし目的だけで入るのもちょっと怖い。タクシーから外を見ているだけでも十分に面白かった。

景色が変わり、居住区がちらつきだす。

防犯の為だろうか、入口が鉄格子でがっしりと封鎖されていたり、行動を寝巻でウロウロしているおじさんおばさんたちなど、日本では見られない(そしてかつての日本にもあったのかもしれない)光景が次々と現れて面白かった。



「あの路上でお茶を飲みながら麻雀をやってる人達、絵になるな」

「ああ、あのおじさんたちね。中国では家族や友達と気軽にやるものらしいのよね、麻雀って」



タクシーの中で、僕たちはそんなことを話し合う。

楽しいことばかりでもなく、タクシーが信号待ちで停まった時には物乞いのおばあさんや中年の女性がやってきたりして、少し深刻な気持ちになった。

お金を渡した方がいいのだろうかと僕は思わず財布を出しかけたが、少女にもタクシーの運転手にも止められたので、現地の人たちの意見に従うことにする。



「……豊かさや多様性の美徳にあふれているだけの場所ではないんだよな。当たり前だけど」

「あの物乞いの人たちは、半分商売でやっているようなものだと聞いたことがあるけどね。貧しいのは事実だけど、わざと可哀想に見えるように子供を連れていたり、特にみずぼらしく見えるような恰好をしていたりするそうだから」



ほかの車に行ってしまった女性の背中を悲しそうに見つめながら、少女が言う。



「……ウチのマンション、ああいう人たちを見せるために、自分の子供を日本から呼び寄せたりする人もいるって聞いたことがあるわ」

「ん? どういうことだ?」

「中国って貧富の差が激しいでしょう? 特にああいう物乞いの人たちは日本の子供たちにはショッキングに映るじゃない。だからあえてああいう貧しい人たちを見せて、今の自分たちがいかに恵まれているか、ってことを教えたいらしいわ」

「残念だけど、あまり効果はないだろうなあ」

「そうなの?」

「『お前たちは今は恵まれているけど、頑張らないとこうなるぞ』……って発破をかける意味で、旅行で自分の妻や子供たちに残酷な戦場跡地や貧民街を見せたのに、妻は高級ランチやショッピングに遊び歩いているし、子供は押しも押されもされぬニートになったって嘆いていた人を知っている。というか、そのニートが僕の同級生だ」

「文学部ってそんな人ばっかりなの……」

「一時的な非日常の体験でしかない旅行なんてもので『世界の現実』とやらを教えようとすることに無理があるのかもしれないな。映画や漫画を見るのとほとんど変わらない。数年丸ごと住むとかしたら違うのかもしれないが、元々が裕福な奴に貧民街を見せたって、「なるほどこんな異世界もあるのか」なんて感想だけもっともらしく持って終わりなんじゃないのか?」


僕の長広舌を聞きながら、少女が思わずといった様子で苦く笑う。

そうこうしているうちに、天山(てんしゃん)茶城についた。

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