7.良い女には花束を。

「あいつは、花は好きだと良いが」


 真っ赤なバラに似た花の花束を持ったファースト。見守る猫たちとネコ婆さん。


「女は花が好きなもんさ。きっと、喜ぶよ」

「ああ、そうだと良いな」


 ファーストがそう答えたとき、彼の通信端末が鳴った。画面の表示は、それがミラーニアからのものだと伝えていた。


「何だ?」

「お仕事御苦労さま。あなたのお蔭でハラデル製薬の悪事が明るみに出たわ。宇宙連合機構が、大々的に捜査に乗り出すそうよ」

「そうか、良かったな」


 ファーストの表情は明るくは無かった。それを見てミラーニアは、にっこり笑うとカメラに顔を近づけて言った。


「あの子の意識が戻ったわよ」


 その言葉を聞いて、ファーストは、氷でも解けるみたいに表情を和らげて、微笑んだ。


「ネコ婆さん」

「ああ、聞こえてるよ」


 ネコ婆さんはファーストに微笑む。その微笑みに口角を上げて答えるファーストは、彼女がその表情に顔を赤らめていることなど気が付きもせず、彼女に花束を放った。


「やるよ」

「何だい、これはあの子の見舞いの花じゃないのかい?」


「何――」ファーストはフッと笑った。「生きてりゃまたどこかで会えるさ。それにその花は、あんたにお似合いだ」


 赤い、バラのような花がお似合いだと言われて、ネコ婆さんは悪い気はしなかった。それがたとえ、元はお見舞い用の花束だったとしてもだ。


「次来るときは、この子たちの食べ物も頼むよ!」


「ああ」ファーストは答えると、あの、輝ける宇宙艇を呼んだ。


「ダンライオン!」


 光エレベーターでコックピットへと運ばれるファーストを見ながらネコ婆さんは、花の香りを吸い込んだ。


          ○


 プッ、プッ、という信号音。白い、無機質な天井。

 スカーレットの耳と目に入って来た情報はそれだった。


 シーツの手触り。


 スカーレットの手は、確かにそれを感じていた。

 ゆっくり手を上げると、人の姿の腕にいくつかの管が付いている。

 私は死んだんじゃないの?それとも天国って、こんなところ?

 彼女の疑問は、その顔を覗き込んだ看護師が解決してくれた。


 ――私は、生きている。




 星々の煌めく広大な宇宙が見えるロビーで、ミラーニアはスカーレットに言った。


「良かったわね、猫ちゃん」


 その言葉は、生きてて良かったを表していた。ミラーニアは続ける。


「平均的な人型星人に合わせた毒が、あなたのような特別な体には、全然、致死量じゃなかったのね。ちょっと考えれば分かりそうなことだけど。何はともあれ、仮死状態からの生還、おめでとう」


 にっこりと笑うミラーニアに、つられてスカーレットは笑みを返す。


「まだ、死ぬなってことなのかしら?」

「そうね。あなたはまだ生きていかなければならないのよ」

「全く、とんだ死にぞこないね」


 そう言ってからスカーレットは、思い出したように小さく跳ねる。点滴をぶら下げた支柱が、かちゃかちゃ鳴った。


「あの人は!ファーストはどうしてるの!?」


 ジャケットを掴むスカーレットに、ミラーニアはほんの少しの間目を丸くしてから、ため息交じりに言った。


「さあね。今はどこの星の空の下にいるのやら。あなたのところに顔も出さないなんて、薄情な奴――」

「薄情なんかじゃない!ファーストは、彼は私にすごく優しくしてくれた――」


 俯いて、涙を浮かべるスカーレットに、もう一度ミラーニアはため息を吐いた。


「こんな美人の子の心を奪って、ほんとにアイツと来たら酷いやつなんだから」


 遠い目をして言うミラーニアの不機嫌な表情を見ながら、スカーレットは聞いた。


「もしかして、あなた――ライバル?」


 その言葉にミラーニアは、やれやれと言った表情で笑みを浮かべた。


「いるわよ、この宇宙には。私たちのライバルが、それこそ山のように」

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「俺の名はファースト」 赤城ラムネ @akagiramune

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