6.あなたなら、良いと思った。

「やれやれ。全くとんだ災難だぜ」


 ゾーグとヤーンキに手錠を掛けながらファーストはぼやく。


「せっかくの夜が台無しだ」

「何をしてるの?」


 スカーレットはファーストの手元を覗き込む。


「これか?この手錠を付けて、罪状を選択して、ボタンを押せばな」


 ファーストが手錠のボタンを押すと、ゾーグとヤーンキが七色に光り始める。


「あとは自動で宇宙連合機構の留置場に転送してくれる」

「便利ね」


 言ってる間にゾーグとヤーンキの姿は見る見る薄くなり、最後には消えてなくなった。


「個人用のトランスポーターなんてすごいじゃない」

「ああ。行先は留置場の中だけだがな」


 ファーストがそう答えたときだった。


 さあっと夜風が吹いた。


 その風は温かくも冷たくもなく。ただ、まるで幕間のカーテンのように、雰囲気を変えるような風だった。風はファーストと、スカーレットの長い髪を揺らした。


「嫌な風だ」


 そんな言葉がファーストの口から洩れた。

 そしてその言葉通り、嫌なものはやって来た。


「いやいや、これはこれは、ご苦労様でした」


 手を叩きながら姿を現した、でっぷりした感じの悪い中年の背後から、黒いスーツの男たちが10人ほど、慣れた動きで半円状に整列する。その手にはブラスターが握られている。


「私どもの製品を保護していただき、本当にありがとうございました」


 モノクルを着けたでっぷりした男は、にやにや笑いながら言う。ファーストはその視線を、鋭く睨み返した。


「礼を言う態度には見えねえな」


「これはこれは失礼を」にやにや笑いが消え、男は凶のある表情を浮かべた。「――逃がしたくはないんでな。その猫も、お前も」


「待って!」スカーレットがファーストの前に立った。「この人は関係ないわ。殺すなら、私だけで十分でしょう!?」


「殺すだと?」


 ファーストの問いに、スカーレットは彼に振り返る。


「そうよ、この人たちは私を殺しに来たの。殺処分されるはずだったところを、逃げ出した私を」


「そういうことだ」でっぷりした男が続ける。「検体が、手間をかけさせる」


 男はそう言って、ファーストにもたれかかるスカーレットをじろりと見た。


「一つ疑問がある。検体、お前に仕掛けられていた探知機は、お前が人型に変身しなければ反応しなかった代物だ。危険を犯してまで何故変身した?」


 男の問いにスカーレットは、そちらを見もせず、ファーストの胸に頭を預けた。


「疲れたのよ。逃げることに。それにこの人なら、私の最後を見届けて貰えると思ったから」


「そうか」


 男はジャケットの内ポケットから、スイッチを取り出す。ファーストはそのスイッチに不吉な気配を感じ動き出そうとしたが、それよりも早く、男は簡単にスイッチを押した。


 かちん。


 そんな、乾いた音がした。それは、一つの命を刈り取るには、あまりに無機質な音だった。


 スカーレットは、糸の切れた操り人形のように姿勢を崩す。ファーストはその体を、地面に触れさせることなく受け止めた。


「スカーレット!」

「ごめん、ね」


 スカーレットは弱々しい声で言った。


「私の中の探知機には、私を殺す機能もあったの。ごめんね、私なんかの最後に付きあわせちゃった」

「バカだな、謝ることじゃない。それよりもしゃべるな、今すぐ宇宙連合機構に連れて行ってやる」

「無駄よ。それまでは持たない。それよりも、ねえ、キスして?」


 ファーストは優しく、スカーレットの唇に触れた。すうっと、スカーレットの頬を涙が一筋流れる。


「ありがとう」


 苦しそうな息が、スカーレットから洩れる。


「あなたなら、良いと思った。私の最後を見届ける人が」


 それでも微笑むスカーレットの流す涙に、一滴、涙が落ちて重なった。


「私なんかのために、泣いてくれるの?」


 スカーレットは、ファーストの頬に触れる。


「意外と泣き虫さんなのね、ファースト。でも、嬉しい。本当に、嬉しい――」


 スカーレットの手が、ファーストの頬から離れる。それきり、彼女の口から言葉が発せられることは無くて。ただただ、彼女を抱きしめる腕の中でスカーレットは、いつの間にか黒猫の姿になっていた。

 もうあの笑顔を見せることのない黒猫を、もう我儘をいうことの出来ない黒猫を、ファーストはそっと革ジャンで包んだ。


「てめえら」


 鬼気迫る殺気で、ファーストは立ち上がる。


「ただじゃすまさねえ」


 気迫に押された黒スーツの一人が、ふと気が付く。


「あの男、まさか!?」


 その言葉と、畏怖の感情は瞬く間に伝達する。


「もしや、あの!?」


 別の黒スーツの声に、でっぷりした男の額を汗が流れた。


「撃て!撃ちまくれ!」


 男の声に弾けるように、黒スーツたちはブラスターを乱射する。ファーストはその場から動くことすらなく、スタンロッドの光だけが煌めいた。


「うっ!」

「ぐっ!」


 ファーストがスタンロッドで打ち返した光弾が、黒スーツの腕を脚を焼く。でっぷりした男はモノクルを弾き飛ばされ、こめかみを焼かれた。


「あ!ああっ!いでええええ!」


 うずくまり奇声を上げる男に、ファーストはゆっくりと近づくと言った。


「俺の名はファースト」


 その言葉に、場にいた誰もが焼けるような恐怖を感じた。


「こいつが、あの――」

「表向きはC級だが、その実カウント外の『S級捜査官』!」


 恐れは、再び引き金を引かせた。

 2本の光弾が闇を走る。

 ファーストはそれを見向きもせずにスタンロッドで弾き返すと、光弾は二人の黒スーツの肩を焼いた。

 その、ほんの数秒のうちに、でっぷりした男は逃げ出す。


「機動兵器を用意しろ!この男を殺すんだ!」


 こめかみを抑えながら逃げる男は、体格からは想像も出来ない速さで宵闇に消えた。そしてその消えた闇の中から、代わりに巨大な、30メートルはあろうかというロボットが姿を現す。紫と灰色の角ばったデザインのロボは、観覧車を押し倒し、ゴーカートを踏みつける。


「わははは!死ねえ!ファースト!」


 拡声器からはあのでっぷりした男の脂ぎった声が響く。ファーストはその光景に怯むことなく、革ジャンに包んだスカーレットを抱いたまま言った。


「――ダンライオン」


 紫と灰色の敵ロボはその拳をファーストに叩き付けるべく大きく振りかぶる。だが、その拳が振り下ろされることは無かった。


 亜空間より姿を現した人型形態のダンライオン。その双眸が、敵ロボを睨みつける。


 ダンライオンは敵ロボの頭部を掴むと、軽々と、簡単にその体躯を押し返した。押し返しながら、ずるりと、亜空間からその全身を宵闇に晒した。

 光エレベーターがファーストの体を包み、コックピットへと移動させる。


 苦々しくダンライオンを睨んでいたでっぷりした男は、「やれ!」と黒スーツに命ずる。敵ロボは両手を合わせ振りかぶり、ダンライオンに叩き付けようとした。いわゆる、ダブルスレッジハンマーという技である。巨大なロボが放つその技はその大きさゆえにゆっくりしたイメージがあるかもしれないが、この世界のロボの動きは速い。十分に、必殺の一撃となりうる。


 しかし、その一撃は、必殺とは成り得なかった。


「バカな!」


 でっぷりした男から驚愕の声が漏れる。

 紫と灰色のロボの手は、ダンライオンの頭部を捉えることなく、代わりに断雷剣の柄尻を叩いた。ロボの手首が、ひしゃげて曲がる。敵ロボの手首が脆いのではない。断雷剣が硬すぎるのだ。


 苦し紛れに敵ロボが放つ膝蹴りを、ダンライオンは軽くいなすとその腹部に前蹴りを見舞った。敵ロボは大きく後ずさる。


「おのれ!何とかしろ!」


 でっぷりした男が喚く。敵ロボは肩を開き、ミサイルを発射しようと試みるが――。

 一条の光が煌めき、発射前のミサイルと敵ロボの頭部は、まるで紙のように、断雷剣によって容易く斬られた。


 爆発するミサイル。


 ファーストは、吐き捨てるように言った。


「あの世で、スカーレットに詫びな」

「うわああああ!」


 でっぷりした男が悲鳴を上げる。ファーストの動きは止まらない。


断雷斬だんらいざん!」


 三体のダンライオンの残像が、敵ロボの四肢を斬り裂く。四体目の残像が構えた最後の一刀から放たれた光刃は、コックピットごと、でっぷりした男を縦に真っ二つにした。

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