5.観覧車は揺れて。

 次にスカーレットが行きたがったのは遊園地だった。街より少し小高いところに造られた、ガラクタみたいな遊園地だった。

 ファーストは特に文句も言わずに付き合った。気の済むようにさせれば、その内、宇宙連合機構に保護されることも嫌とは言わなくなるだろうと思ったからだ。


「あれに乗りたいの!」


 夜が街を覆い始め、明かりが灯る街並み。それを見下ろす、きらびやかなデコレーションの施された観覧車を、スカーレットは指さした。


「観覧車か――」

「ね!良いでしょ?」

「そうだな、悪くはない」


二人は観覧車に乗り込む。二人を乗せ、ゆっくりと、上昇して行く観覧車。

 スカーレットは嬉しそうに、ガラスにくっついて窓の外の景色を見る。まるで宝石箱を見るみたいに喜ぶスカーレットの横顔。


「すごい!きらきらしてる!」


 彼女の横顔を見るファーストにも、自然と笑みがこぼれた。


「良かったな。楽しいか?」

「うん!すごく楽しい!ほら見て!人があんなに小さく見える!」


 見た目は大人の良い女なのに、観覧車を喜ぶ姿はまるで子供のようだと、ファーストはスカーレットを見ながら思った。そんな彼女を見る視線にスカーレットは気付くと、ファーストに向き直った。


「何見てるの?」

「夜空に映える女は、良い女だと思ってな」

「ふふっ」


 スカーレットはファーストの腕に両腕を絡め、強く抱いた。


「あなたで、良かった」


 微かな声で呟くスカーレットに、ファーストは「何がだ?」と聞いた。スカーレットは小さく頭を振って、「何でもないわ」と答えるとすっかり笑顔になってファーストを見つめた。


 妖艶にも見える美貌が、まるで香るようだった。


 スカーレットの唇が、ファーストの唇に近づく。


 彼は何も言わず、その唇を受けとめた。




 唇はどのくらいの時間重なっていたのだろう。二人の静寂を、不意に光が切り裂いた。


「見ぃぃつけたぞぉっ!ファーストぉ!」


 プロペラの無い二人乗りの超小型ヘリ、エアジャイロに乗った二人組、その長身のほうゾーグがライトをファーストに向けて叫ぶ。

 ファーストは何の躊躇もなく重いブーツでガラスを突き破ると、スカーレットを抱きかかえてゴンドラの外に飛び出した。


「ここで会ったが百年目!くたばれ!」


 ゾーグは叫びながら、ブラスターマシンガンを連射する。ファーストはそれよりも早く、1個下のゴンドラへ飛び移る。彼の頭上を、今いたゴンドラの破片が舞った。


「てめえのお蔭で高額な保釈金と店の修繕費を払わせられたんだ!」

「まあ、払ったのは兄貴の実家ですけどね。兄貴の実家が大金持ちで良かったぁ」

「うるせえ!」


 ゾーグは操縦桿を握るヤーンキをぶん殴る。そして巨大な筒、いわゆる地球で言うバズーカを構えた。

 ドン!と音がして、ファーストがちょっと前まで立っていたゴンドラが吹き飛ぶ。破片を浴びながらファーストは舌打ちした。


「どこのどいつだ!裏の奴らには、お前に手出しするのは俺が相手と同じだと言ったのに!」

「何だかあいつら、あなたが目当てみたいよ?」


「俺か!」


 ゴンドラを次々飛び降りるファースト。次々に爆発したりハチの巣になるゴンドラ。ついにファーストは、地面まで降り立った。

 状況を理解出来ず、ポカンと空を見上げる遊園地スタッフにファーストは言う。


「安心しろ、必ずあいつらに弁償させる」


 そう言って走り去るファースト。追うエアジャイロ。

 ファーストに抱きかかえられ、彼を抱きしめながら、スカーレットは驚くべき光景を目にしていた。


「ちょ、ちょっと!どおなってるの!?」


 スカーレットは軽い。だが軽いといっても、重さが無いわけじゃない。その自分を抱え、走る速さが普通ではない。一般的な人型宇宙人の身体能力を明らかに凌駕している。

 エアジャイロが追ってきても、全然その距離は縮まらない。しかも後ろに目でもあるのか、ゾーグが喚き散らしながら乱射する武器が、まるで当たらない。

 爆風と共に吹き飛ぶコーヒーカップ。飛ばされて、空中を走ることになるメリーゴーランドの馬。それらを見てもスカーレットは一つも怖くなかった。


 この人の腕の中なら大丈夫。


 その安心感の中、スカーレットはより強くファーストを抱きしめた。


「ああもう!面倒くせえ!」


 この状況に、最初に根を上げたのはファーストであった。彼は急に立ち止まると、スカーレットを地面に下ろし、手近なところにあった標識を手に取った。

 このときファーストの青い瞳がより青い輝きを放ったが、スカーレットは見逃した。

 標識を引っこ抜くとファーストは、エアジャイロめがけてぶん投げた。




「兄貴!ファーストの野郎、ずいぶんと良い女を連れてやがりますぜ!」

「ほんとだ。野郎、のんきに女といちゃつきやがって!」


 そこに標識が飛んできた。


 横向きで、常識的じゃない速さで飛んでくる標識だったが、二人は妙にゆっくりに感じた。

 アドレナリンである。

 だが、残念ながら認識したときにはもう、二人を盛大に標識がなぎ倒す。特注の強化防護服を着ていたから二人は、気絶で済んだ。

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