4.スカーレットのやりたいこと。
スカーレットがファーストの手を引いて連れて来たのはこの街のメインストリートだ。様々な店が並び、明るい雰囲気で、治安も良さそうだ。街行く人の波も、華やかで裕福な感じである。
雑な街並みも、薄汚れた路地裏も、このきらびやかなメインストリートの裏映しだと思えば納得もいく。先程までいた街の裏側が、嘘のようだ。
スカーレットは繋いだままの手を上にあげて、「うふふ」と笑いながらそれを見る。手を繋いで歩くことが、よほど嬉しいらしい。
「手を繋いで歩きたかったの。猫の手じゃ、出来ないでしょう?それにほら、こうしていると、まるで恋人同士みたい」
「俺なんかで、良いのか?」
「あなたなら、良いわ。ネコ婆さんのところに来たときから見てた、ずっと。あそこにいる猫たちの勘はあてになるし、ネコ婆さんへの対応も良かった。だから、あなたなら良いの」
「まるで猫じゃないみたいな物言いだな」
「そうね。私は猫?それとも人間?どちらなのかしら。でもそんなことはどうでもいいの。どっちだったとしても、私が女であることには変わりないわ」
そう言ってスカーレットは、手を繋いだままファーストの腕に抱き着く。彼女の体温と柔らかな体と、ほのかに香る良い匂い。見上げたスカーレットの微笑みは綺麗で、ファーストはドキリとしたが、表情には表さなかった。いや、表さないのではなく、表せないのだ。無表情で冷静に見える彼の態度は、その実、頭の中の処理が追いつかなくなっているだけなのだ。
そんなファーストの内心を知ってか知らぬか、スカーレットはますます彼にくっついて嬉しそうに笑みを見せる。
「こんな日が来ること、夢見てたんだ」
彼女は整備された公園の前まで来ると、「ここ」と言って公園の中に入った。
ファーストはカウボーイハットのツバを軽く持ち上げる。
「ここって、ここはただの公園だぞ?」
整備された公園は綺麗で、そこにいる人々もまた、整った身なりをしていた。ファーストは今までいた雑多で薄汚れた街を思い出し、明暗を感じる。
ここは、光の側なのだ。
「ねえ、こっちよ」
立ち止まっているファーストの手を、スカーレットは強く引いた。
彼女の歩みは、デコレーションされたエアビークルの屋台の前で止まる。
「これ、飲みたい」
スカーレットが指差したのは、地球でいうところの生クリームの乗ったタピオカ入りミルクティーみたいな飲み物だ。
それを見てからファーストは、続けてスカーレットの顔を見た。
「飲めるのか?」
猫のことは特別詳しくは無かったが、なんとなく気になった。
「大丈夫」
スカーレットは答える。
「今の私は人、だから」
そういうもんなのかとファーストは、ミルクティーと、自分用にコーヒー的なものを注文した。
「次はこっちよ」
スカーレットは飲み物を受け取ると、ファーストの袖を引っ張って、ベンチに連れて行く。
「ここで二人はお互いのことを語り合うの」
「やれやれだ」と口にしつつも、ファーストはベンチに腰かける。そしてコーヒー的なものを、一口飲んだ。
「それも飲みたい!」
スカーレットに言われてファーストはコーヒー的なものを渡す。匂いや味は地球のコーヒーに似たお茶のような飲み物だが、決定的に違うのは色だ。微かに透明がかった、紫色をしている。
「苦い」
一口飲んだスカーレットが、眉間にシワを寄せて言う。その姿に、「ふっ」とファーストは笑った。
「大人の味だ」
「私、子供で良い」
口直しに甘い生クリームをミルクティーにストローでかき混ぜて飲むスカーレット。ファーストは「ははは」と笑った。その笑いに不服を感じたのか、スカーレットは軽くファーストを睨んだ。
「人間て大変ね。そんな苦いものを飲まなきゃならないんだもの」
「そうだな。だが慣れれば
「ひどい」スカーレットは頬を膨らませた。
「私といるとストレスが溜まるってこと?」
言葉とは裏腹に、ファーストの腕を抱き身を寄せる。
「違うな。美人に腕を抱かれれば、緊張ぐらいする」
ファーストの言葉にスカーレットは目を丸くして驚いてから、満足げに彼にもたれた。
「上手ね」
「年の功さ」
「年?そんなに年寄りじゃないでしょう?」
「どうかな?宇宙には見た目は平均的な人型でも、中身がそうじゃない奴らはたくさんいる」
ちなみに地球人は、宇宙でも平均中の平均な寿命である。
「そうね」スカーレットは遠い目をして言った。「私は2歳だけどもうこんな大人の姿をしてる。猫の年生きるのか、人の年生きるのか」
彼女はそこから「でも、そんなことはどうでも良いの」と続けたが、その言葉はほとんど声にはならずに、唇だけが動いた。
スカーレットはファーストの手を引いて、嬉しそうに明るい街並みを歩く。
黒髪の美女と金髪の美男の組み合わせは、道行く人の視線を集めた。
「ここ、入りたい!」
女性物の服を取り扱う店先で、スカーレットはファーストの手を両手で掴む。ファーストは嫌そうに眉を動かしたが、スカーレットは彼の手を離さず、より力を入れて引っ張った。
そして、スカーレットのファッションショーが始まる。
「じゃじゃーん」とか「かわいい?」とか言いながらスカーレットは次々に服を試着してその姿を見せる。
ふりふりのワンピース。
男の子っぽいジーンズ姿。
ラフな格好。
大人のドレス。
水着。
くるくる回ってその姿をファーストに見せるスカーレット。
「気に入ったのがあれば、買ってやるぞ」
最初は店の雰囲気に馴染めず複雑な顔をしていたファーストだったが、楽しそうに笑うスカーレットの表情に解され、そんなことまで言った。
「ありがとう。でも、いらないの」
「何だ、服が欲しかったんじゃないのか?」
「いっぱい着てみたかったの。そしてそれを、私が良いと思った人に、見てもらいたかったの」
「何だそりゃあ」
良く分からんといったファーストに、スカーレットは「ふふっ」と笑った。
「次は」と言うスカーレットに連れられてファーストは小さなレストランにいた。ドレスコードが必要な店ではなく、庶民的な気軽に入れる個人経営の店である。
「このお店、ずっと入ってみたかったの」
レモンスカッシュのストローをくるくる回し、缶詰のサクランボをスカーレットは口にする。
惑星の形態が似ているということは、そこに根付く文化も似てくるということだったりする。この街のこの小さなレストランで出来る食事は、日本の洋食屋に似ていた。
「このお店に入る家族も、出てくる家族もみんな笑顔なの。だからここには、きっと笑顔になるものが詰まってるんだわって思ってたの」
ハンバーグとエビフライを前に満面の笑みをスカーレットは浮かべる。それを見て、ファーストは微笑みながら聞いた。
「どうだ、詰まってたか?」
「うん!」
笑って答えるスカーレットだったが、直ぐに眉を顰める。
「でも一つ予想外だったわ」
「何だ?」
「あなたはきっと、お酒とステーキしか口にしないと思ったのに」
ファーストの前に並べられた、ハンバーグとナポリタン、オムライス。クリームソーダをストローで、ファーストは吸い上げた。
「酒は飲むが、仕事中はやらん。酔った感覚があまり好きじゃねえからな」
「そうなんだ。ふふ、可愛い」
「おい、からかうな」
「お酒だけじゃない、食べるものも可愛い」
「何だって好きなものを食べるのが一番だ。格好だけじゃ、味覚は満たされないからな」
ナイフとフォークを絶え間なく動かすファーストを、スカーレットはじっと見つめる。
「どうかしたか?」と聞くファーストにスカーレットは、「ううん」と首を横に振った。
「あなたを見ていたいの」
「どうした、急に」
「そして私を見て欲しいの」
真剣な眼差しを向けるスカーレットに、ファーストはフォークの動きを止めた。
「スカーレット――」
ファーストの真っ直ぐな眼差しを受け止め、スカーレットはにっこりと微笑んだ。そしてその整った顔立ちに見つめられることに、すこし頬を赤らめた。
「半年間、私はずっと旅をしていた。猫の姿で、いろんな星や街に行った。いろんなものを見た。最初は楽しかった。見るものすべてが輝いて、何もかもが新鮮で。でもいつからか、それ以上に、人の目が気になるようになったの」
「ハラデル製薬の追手か」
「そう。そして疲れきった私がたどり着いたのが、ネコ婆さんのところだった」
スカーレットは一度ファーストから目を逸らして、遠い眼をした。それからもう一度、彼の目を見た。
「そしてネコ婆さんところで、あなたに出逢った。思えば私は、ずっとあなたを探していたのかもしれない」
潤んだ瞳で見つめるスカーレットに、ファーストは笑みを返した。
「お前からそう言われて、嫌がる男はいないさ」
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