第23話 宿屋で過ごす夜(2)

 ルーファスが湯浴みを終えて戻ってくると、部屋の一角に置いてある小さな机に向かって唸り声を上げているバーナデットの姿が目に入った。机の上には、伯爵家と話した内容を記したメモ用紙が並んでいる。


「なんだ、まだ寝ていなかったのか」

「はい。もう一度、内容を確認しようと思いまして」

「ハッ、相変わらず真面目だな」

「それだけが取り柄ですので」


 既にお決まりとなったやり取りをして、ルーファスは机に並ぶメモ用紙を眺めた。


「結局、決定打となりそうな手掛かりは得られませんでしたね」


 繰り返しメモ用紙を手に取るバーナデットが、落胆の声を漏らした。

 確かに、聞き込みを行った伯爵家からは、アーノルドの名前は出なかった。これに関しては、口止めをされているのだろう。

 また、バーナデットの力で魔術電報の履歴も探ったが、これも空振りだった。つまり、情報共有の方法は口頭もしくは手紙。口頭なら形に残るものはないし、手紙は読んだ後に燃やしてしまえばいい。ルーファスとバーナデットのように詮索をされても、内容が外部へ漏れないよう、入念に対策をしているのだろう。


「いや、手掛かりが何もなかったわけではない」


 ルーファスは、鞄からハンカチに包まれたナイフを取り出し、バーナデットへ差し出した。バーナデットは、ナイフの柄に彫られた紋章を見て、ハッとした顔をする。


「追っ手の男が投げてきたナイフだ」

「これは、今日訪ねた伯爵家の一つですね」

「そうだ。つまり、俺たちをつけていたこの伯爵家は、確実にアーノルドと繋がりがある、ということだろう」


 それに、と言葉を区切ったルーファスは、バーナデットが握っていたメモ用紙を取り上げた。急に手元からメモ用紙を取られたバーナデットは、恨めしそうにルーファスを睨む。ルーファスは気にせずメモ用紙を読み進め、やはりそうだ、と小さく呟いた。バーナデットが首を傾げる。


「不自然な点が一つある」

「え? 何が不自然だったのですか?」

「聞き込みを行った殆どの伯爵家が、軍隊の軍事演習へ領地を貸していることだ」


 バーナデットにメモ用紙を返し、該当する箇所を指差していく。


「しかし、王国の軍隊は戦争が終わった際に解体され、最近になって再結成されたものです。未熟な軍人もいるでしょうから、演習の数をこなすのは普通のことでは?」

「そうだな。だが、俺が王子として城にいた頃は、城の敷地内でのみ行っていた」

「より実践に近い状況で演習を行うために、城以外の地で行う機会を設けた、という可能性は?」

「ゼロとは言えない。でも、考えてもみろ。再結成されたとはいえ、戦争は三十年前に終わっている。軍隊が出動するような機会はそう無いはずだ」

「それもそうですね。王国の警備を担当する騎士団と同等の仕事をしていることが多かったですし」

「ああ。軍隊の在り方としては、王国を護るための戦力として体制を整えているに過ぎなかった」

「それなのに、急に動きが活発化しだした、ということは……」


 バーナデットの顔から、みるみるうちに血の気が失われていく。小さな蠟燭だけが照らす薄暗い部屋では、まるで亡霊のようだった。


「戦争。アーノルド様は、再び戦争を起こそうとしているのですか?」

「おそらくな。今までお前が集めた資料と俺が感じた違和感を総合して考えると、そう結論が出る」


 そして、ルーファスとバーナデットが疑問に思っていた二つの点についても答えが出るのだ。


 まず、王都に潜入するキッカケとなった、アーノルドが王家の宰相になる理由。アーノルドの目的が“戦争”であるのなら、王国の軍事勢力を自由に動かせる宰相ほど、適した職務はないだろう。王家に連なるラスボーン公爵家でも、王国の騎士団や軍隊を動かす力は無い。となれば、その立場に立つために様々な工作をしていたのも頷ける。


 次に、ルーファスを排除した理由。それは、ルーファスが王子の頃より戦争に反対だったことと、魔力量に関係しているのだろう。

 例え宰相の立場になったとしても、最終的な判断を下すのは、国王だ。現在の王位継承権第一位を有するイアンが、戦争を起こすことに賛成するとは思えない。だが、アーノルドは洗脳魔法が使えるという。洗脳魔法のかかりやすさは、意志の強さと魔力量によって左右される。控えめな性格で意志が弱く、魔力量も人並みのイアンは、容易くかかりやすい。意志が強く魔力量も強大な自分よりも、何かと都合が良かったのだろう。


「一体どこの国と! 何のために? 戦争を起こす理由が分かりません!」


 バーナデットは微かに震える足で椅子から立ち上がり、ルーファスの胸ぐらを掴んだ。シャツを強く握り締め、答えなければ離さない、とでも言いたげな目で睨みつけられる。揺れる菫色の瞳の奥には、恐怖故に縋るような弱さが見えた気がした。


「落ち着け、お前らしくもない」


 ルーファスが静かな声で諭しても、バーナデットはシャツを離そうとしなかった。


「アーノルドの目的が明らかになった。今はそれで十分だろう。理由は計画を阻止してから、直接奴に聞けばいい」

「……はい。そう、ですね。元々、目的を明らかにするために王都に来た訳ですし、私たちの目的は達成、ですね」


 バーナデットは少し冷静さを取り戻したのか、シャツから手を離した。ルーファスは、握られてシワになったシャツを軽く叩いて伸ばし、ベッドへと寝転んだ。


「そうだ。だからもう寝ろ。まあ、不安で眠れないというなら、添い寝してやってもいいが?」

「いいえ! 結構です! ご遠慮いたします!」


 バーナデットの尖った声がルーファスの鼓膜を突いた。体を起こして目をやると、ついさっきまで青い顔をしていたのが嘘のように、元の顔色を取り戻している。

 バーナデットは、机の上のメモ用紙を素早く纏め、それを鞄へ突っ込むと、もう一つのベッドへ横たわった。ルーファスに背を向け、頭までスッポリと被った掛け布団の下からは、わざとらしい寝息が聞こえる。


「冗談だろうが」

「……もう寝ました!」


 ルーファスは、相変わらず可愛くない女だ、と苦笑しながら、部屋を照らす蝋燭を吹き消すのだった。

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元殿下は元婚約者とダンスを踊る。 慈あゆむ @utsumi_ayumu

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