炸裂! 有能メイドの㊙二刀流!

無月弟(無月蒼)

炸裂! 有能メイドの㊙二刀流!

 ここはイセカーイ王国の、貴族の屋敷。

 そしてあたしは、この家の一人娘なの。


 で、今は勉強の時間なんだけど、こんなにいい天気なんだから。こっそり抜け出して、下町に遊びに行っちゃおう。


 そう思って、自室の窓から外に出たんだけど。


「あらお嬢様、どちらへお出掛けですか?」

「げっ。マ、マリアさん!?」


 窓から出た所に待ち構えていたのは、メイドのマリアさん。

 黒くて長い髪をした美人さんで、スタイルもいいお姉さんメイドなの。


 そんなマリアさんはあたしの前に立って、行く手を阻む。


「お嬢様、あんまりお転婆がすぎると、旦那様に言いつけちゃいますよ」

「ひえ~。そ、それだけはやめてー!」


 もしもそうなったら勉強をサボったことまでバレて、こっ酷く怒られちゃう。


「さあ、お部屋に戻って、お勉強の続きをなさってください。そしたら、今回の件は内緒にしておいてあげます。それと町へ行きたいのなら、後で私と一緒に行きましょう」

「え、連れて行ってくれるの? ありがとうマリアさん大好き!」

「あらあら、調子のいいお嬢様だこと」


 ムギュッと抱きつくあたしの頭を、ニコニコ笑いながら撫でるマリアさん。

 厳しい所もあるけど、話がわかるから好きなんだよねー。


 と言うわけで、勉強をちゃっちゃと終わらせて。やって来たのは下町にある露天市。

 前にもお忍びで来たことがあるけど、面白いものが売ってるんだよねえ。


 二人であるいていると、地面に装飾品を並べていたおじさんが、呼び止めてくる。


「よう、そこの可愛いお嬢ちゃん。この綺麗なブローチはいかがかな? なんとあのターカイ社のブローチなんだけど、お安くしておくよ」

「え、本当? うわー、キレーイ。おじさん、これくださ……」

「お待ちください。お嬢様、それは偽物です。私の目は、誤魔化せませんよ」


 え、そうなの?

 店のおじさんはギクリと顔を引きつらせ、逃げるように退散して行った。


「まったく、あこぎな商売をしてくれますね。はっ、お嬢様後ろ! その男スリです!」


 えっ!?

 慌てて振り返ると、スカートのポケットに入れている財布に手を伸ばしていた男と、パチリと目があった。


「やべえっ!」


 男は一目散に逃げて行く。

 危なかったー。


「ありがとう。けど、よく気づいたねえ」

「メイドですもの。普段からご主人様の動きを見て、サポートするのも仕事です。となれば、人の動きに敏感にもなりますわ」

「そんなものかなあ。あとブローチの偽物にも、よく気づいたね」

「目利きはメイドの嗜みです」


 いや、それは違うと思う。

 いったいどうしてそんなことができるのか、謎だわ。


 考えてみたらマリアさんとは長い付き合いだけど、彼女のことを何にも知らないんだよね。


「ねえ、マリアさんっていったい何者なの?」

「何を言っているのですか。私はただの、しがないメイドです」

「絶対ウソだ。本当は裏で、秘密のミッションをやっているエージェントなんじゃ?」

「いやですわ。そんなわけ無いじゃないですか」


 そうは言うけど、マリアさんならできる気がする。

 何せマリアさんはあたしの自慢の、有能メイドなのだから。


「そんなことよりお嬢様。この辺、だいぶ治安が悪くなっているみたいですね」

「本当ね。そう言えば最近色々と物騒だってお父様が言っていたっけ。ひょっとしたら下町だけでなく、うちにもそのうち賊が入ったりして」

「もう、縁起でもないことを言わないでください」

「ゴメンゴメン。冗談だってば」


 あたしは舌を出して、ハハハと笑う。

 だけど。


 本当に冗談のつもりだったのよ。この時はね。

 だけど町に遊びに行った三日後、本当に賊が現れたの。


「ごらぁっ、大人しくしろ!」

「さっさと金目のものを出せ!」


 突如家に押し入ってきたのは、二人組の筋骨隆々な男。

 お父様や使用人の多くは出払っていて、家にいたのはあたしとマリアさんの二人だけ。


 ひぃ~、こんな強そうな人達に襲われたら、ひとたまりも無いよ~!

 あたしは一目散に、キッチンでお昼の準備をしていたマリアさんの元へと逃げた。


「マリアさんマリアさん大変! 強盗、強盗だよー!」

「なんですって? お嬢様、私の後ろに隠れてください」


 言われたとおりマリアさんの後ろでガタガタ震えていると、強盗がキッチンまでやって来た。

 すると、マリアさんは小声で言ってくる。


「私が時間を稼ぎます。その間に、お嬢様は逃げてください」

「えっ? そんな。マリアさんを置いていけないよ!」

「大丈夫です。私には、これがあります」


 そう言ってマリアさんが手にしたのは――フライパンとお玉?


「はははっ。バカかコイツは」

「そんなもので俺達とやり合おうってのか?」


 おかしそうに笑う強盗。だけどマリアさんは、落ち着き払った態度で、獲物を構えた。


「右手に握るお玉が救うは、迷える魂。左手に握りるフライパンがまとうは、地獄の業火。お見せしましょう、冥土めいど二刀流を!」

「め、冥土二刀流⁉」


 え、マリアさんそんなのできるの⁉

 凛とした態度に、強盗達も笑うのを止めて身構える。


「め、冥土二刀流だあ? そんなもの聞いたことねーぞ」

「それはアナタが無知なだけでございます。二刀流は、メイドの嗜みです」

「そ、そんなハッタリが、通用すると思うな!」

「ハッタリかどうか、お試しになられますか?」

「てめえ、舐めるな!」


 怒った強盗が、マリアさんに襲い掛かる。

 迫り来る二人の強盗。マリアさんはそれを、迎え撃った……。



 ◇◆◇◆



「あのー、マリアさん?」

「なんでしょうかお嬢様?」

「なんでしょうか、じゃなーい! 何あっさりやられちゃってるの! まさか本当にハッタリだったなんて、どういうことよ!」


 あたしとマリアさんは仲良く縄で縛られていて、強盗は家の中を物色中だ。


 冥土二刀流なんて言ってたけど、マリアさんは弱かった。秒でやられた。

 いや、やられたと言うか。勝手に足を滑らせて転んで、持っていたフライパンに頭をゴンしちゃったんだけどね。

 これには強盗も、ポカンとしてたよ。


「逃げる時間すら稼いでないじゃん! 冥土二刀流は何なのさ⁉」

「だからハッタリですって。もしかしたら、時間稼げるかなーって思ったんですー!」

「だいたいメイドって、強いって相場は決まってるじゃん! 元暗殺者だったり、スカートの中にナイフを仕込んでたりしないの⁉」

「変な本の読みすぎですよ! メイドは戦闘職じゃないんですから、戦えるわけないじゃないですか!」


 た、確かにその通り。あたしがよく読んでいる小説では戦うメイドさんが普通に出て来てるけど、よく考えたらそれっておかしいんだよね。

 どうして戦うメイドって、ある種の定番になっちゃったんだろう?


 そうしている間に、家探しを終えた強盗が戻って来た。


「へへっ、金目のものはたっぷり頂いたぜ。後は」

「こんな上玉がいるんだ。このまま帰る手は無いよな」


 強盗が下品な笑いを浮かべながら、いやらしい目をこっちに向けてくる。


「お、お嬢様には指一本手出しさせません! 襲うなら、どうぞ私を……」

「はあ? 当たり前だろう。こっちはハナから、お前一択なんだよ!」

「誰が好き好んで、こんなちんちくりんを襲うか!」


 ち、ちんちくりん⁉

 酷い言われようだけど、おかげで襲われずにすむなら、喜ぶべきか悲しむべきか。

 いや、喜ぶはないよね。だってマリアさんは、襲われちゃうんだもの。


 可哀想にマリアさんは、いつもの凛とした態度はどこへやら。目に涙を浮かべている。


「ヤダヤダヤダヤダヤダー! ダレガダズゲデー!」

「やかましい、静かにしないか! ちっ、縛ってるせいで、上手く服を脱がせられねーな。いったん解くか」


 マリアさんの縄が解かれる。

 すると一瞬の隙を突いて、マリアさんは強盗から離れた。そして何を思ったのか、床に置いたままになっていたフライパンとお玉を、再び手に取る。


 もしかして、また戦うつもり?

 けど、弱さは既に証明されている。


「ひゃひゃひゃ。なんだ、また冥土二刀流を見せてくれるのか?」

「懲りねえなあ。そんなもんでどうしようって言うんだよ」


 今度は強盗も警戒すらしてくれない。

 するとマリアさんは、泣きじゃくりながら一言。


「ご、ごうずるのでずー!」


ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!


「「「「うるさーい」」」」


 突如フライパンとお玉を、ガンガンと打ち付け始めたマリアさん。

 耳を塞がずにはいられない騒音が、屋敷中に響く。


 だけど、この一件無意味と思える行動には、ちゃんと理由があったのだ。

 なんとこの騒音は屋敷の外にまで響いて、驚いた衛兵が駆けつけてくれたのだ。


「なんだあこの音は⁉ あ、何だお前達は? 怪しい奴め、神妙にしろー!」


 やって来た衛兵によって強盗達はすぐさま捉えられ、縛られていた私も解放された。そして。


「ま、マリアざ~ん!」

「お、おじょうざま~!」

「「ご、ごわがっだ~!」」


 お互い涙でぐしょぐしょの顔でひしと抱き合い、嗚咽交じりの声で無事を喜び合う。

 

「ごめんなざい~、おじょうざまをギケンにさらじでじばいまじだ~!」

「何言ってるの~、マリアざんがいだがら、だずがっだのよ~! あなだはいのぢの恩人よ~!」

「あ、ありがだいお言葉です~!」


 こうして、強盗事件は無事に幕を閉じた。

 結局マリアさんに裏の顔なんて無く、戦えば弱い事が判明したけど、彼女の弱い一面を見て、何だか前よりも距離が近くになった気がするや。


 ちなみに。マリアさんが衛兵を読んだあの技は後に、冥土二刀流奥義、『衛兵さんいらっしゃい』と言う名前が付けられた。


 いざという時役に立ちそうだから、あたしも覚えてみようかな、冥土二刀流。


 それとみんな。メイドは主に、家事をやってくれる使用人のこと。普通なら強いなんてことはないはずだから、そこんとこ忘れないように!



 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

炸裂! 有能メイドの㊙二刀流! 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ