異変



(やられた……詐欺だ……)


 集まった面々を見た玲は、それはもう、分かりやすーくゲンナリした。


「やぁ! バイト予報士のくせにまた現場に来るのか、二年坊主」


 無駄にきらりと白い歯をのぞかせて挨拶をしてきたのは、咒技科三年の神野だ。きっちり着込んだ制服に、不自然すぎるぐらい胸を張った姿勢、几帳面さを前面に表す眼鏡、という完璧な優等生スタイルを貫く咒技科の首席咒操士だ。


「そうですねぇ。人材不足なんですかね?」

「咒技科は人材が豊富なんだがなぁ」

「そうですねぇ。なのに人材不足なんですねぇ」

「……豊富だぞ?」

「じゃあ帰っていいですか……?」

「何故だ?」

「普通科なので」

「知ってるぞ?」


 心底不思議そうに、だが何故か自信満々に胸を張る神野を無感動な瞳で見つめた玲は……暫くしてから大きく嘆息した。


「……はぁ……。咒技科って学力関係ないの、本当に残念ですよね……」

「む。いきなりなんの話だ?」

「――バカにされたんだよ、お前」


 含み笑いと共にあっさりと言い放ったのは、神野の隣に現れた華やかな容姿の男の先輩だった。

 意味がわからない、と口を尖らせる神野の肩に腕を置き、緩い笑みを浮かべ、玲を見下ろすようなポーズで立っている。


「あ、王様先輩」

「やぁ御神楽。今日も全力でやる気の無さそうな顔だね」

「それはもう。午前中から由賀に引っ張り回されて最悪です」

「いつもながら仲の良いバディだな」

「それ嫌味じゃないなら嫌がらせっすからね」

「御神楽が俺を王様って呼ぶのも相当だぞ?」


 たいして嫌がっていない楽しそうな口調の王様先輩、こと咒技科三年の久城。

 神野がバランスのとれた首席だとしたら、この久城は本当に王様のように全てを薙ぎ倒していくタイプの強さを持った、将来有望な咒操士だ。

 何を言ってもサラリと受け流す余裕さと、どんな場面でも強気な姿勢を崩さないことから、咒技科を統率する言動力を持っている。……と玲は評価している。


「…………で、私が何だって?」


 自信満々の笑みを崩さない神野が、未だに話についてこれずに頭の上にハテナを浮かべているが、それはもういつものことなので玲も久城もスルーだ。

 あんな優等生風の首席なのに、致命的にお馬鹿なんて詐欺だと思う。咒操士に憧れる子供達の夢を壊すんじゃないだろうか、と他人事ながら心配してしまうのは自分だけじゃないはずだ。


「――あ、由賀が戻ってきた」

「ふーん、今日は一年の真紀も一緒か」


 今回の集合場所は、既に咒禍の発生現場のすぐそばだった。

 学校から少し離れた竹林に、既に咒力ネットで隔離されたエリアがあるらしい。

 近くの空き地に集められた面々は、咒操士としては由賀、咒技科としては三年の神野と久城、それに優秀な一年の真紀、という構成だ。

 そこに何故か、普通科でただのバイトの玲……。謎すぎる。


「待たせてすみません。ようやく後方支援部隊と調整が終わりましたー」


 これから咒禍の討伐に行くとは思えない明るさで歩み寄ってきたのは、スマホを片手に持った由賀だ。後ろに容姿端麗な真紀を引き連れていると妙に、貫禄があるように見えるのがムカつくが、まぁそこは今は目を瞑る。


 ひとまず、咒操士が動ける状況になったというで戻ってきたらしい由賀。

 後方支援部隊から、咒操士へと状況がバトンタッチされたのだ。これで後は自由に動ける。


 引き継いだ咒禍の情報を周囲と共有していく由賀。

 こういう時だけは本当に的確なのだから、玲としても由賀の咒操士としての適性は揺るぎないと認めている。


 由賀の説明が一通り終わったところで、久城が納得したように頷いて口を開いた。


「おっけーオッケー。俺と神野がアタック、由賀と御神楽がサポート、真紀は情報整理、って感じだな」

「そうですね。まぁF級なんで、そこまで危険はないと思いますが……。真紀もそれで大丈夫だろ?」

「勿論です。……けど、由賀先輩のバディ、咒技科の僕じゃなくて、普通科のこの人なんですか……?」


 由賀に確認を取られた真紀は、当然のようにはっきりと肯定したが、その後に続けたのは少しの不満だった。王子様のようだと騒がれているらしい端整な眉を若干顰めて、玲を見る。


 その視線をバッチリと受け取った玲は、きょとんとしたように言われた内容を反芻してから、


「あ。全然全然、交換しましょう。自分、ただの普通科なんで」


 どーぞどーぞ、と心底、本気で、切実に、身振り手振りで自分の前を示した……のだが、間髪入れずに後頭部がいい音を立てる。


「すぐにそうやってサボろうとすんな!!」

「お前は俺の頭を楽器か何かだとでも思ってるのかな!?!?」


 由賀に景気よく叩かれた頭を抑えながら、涙目で抗議する。

 ただでさえ咒操士は日々鍛えているのだ。一般職員候補の自分みたいな凡人相手にフルスイングをかましていいわけがない。


(絶対に後で人事局にクレームだ……。これは事案だ事案。一般職員の立場を守るための労使協議会を要求するんだ……)


 心の中で呪いの言葉を吐き出しつつ、由賀に諭される真紀を見る。


「さっきも言ったろ、真紀はまだ咒具を持ってないからサポートはそれからだ」

「でもっ、そんなこと言ったらこの人なんて、咒力すらないじゃないですか! なのに前線に出されるって聞いたことないですよ!」

「そうそう」


 すぱーん、と更にいい音が鳴る。


 ……ただの本心からの合いの手なのに……。


「まぁ玲はそういう意味では予報士とは別物なんだって。危ないときには俺が何とか出来るし、玲もそのやり方に慣れてるから。このメンツだと今日は真紀がちゃんと記録を取っててくれ」

「……わかりました。……でも、この人が全然使えないと思ったら、次からは僕にしてくださいね」

「それが良いと思います」

「だぁから玲は黙っとけ!!! わかったよ。……と言っても、玲が今日使えるかどうかは怪しいな……」

「おま……っ!! そこは無理に連れて行くんだから、最後まで持ち上げろよ!!!」


 真剣に悩ましげな表情で玲をチラ見する由賀。

 その哀れむような謎の視線が非常に癪に触るのだが、……いや、でもよく考えたらここで活躍しなかったら次から巻き込まれないのだ。そっちの方がお得なのか……?


 微妙な問題で悶々としながらも、状況は刻一刻と迫っている。


「さ、そろそろ行きましょうか」


 由賀の先導により、咒力ネットの入り口へと向かう五人。


 咒力があればそこにあるネットが鮮明に見えるらしいが、そんなもの無い玲には全く見えていない。


 ただ、そこに異様な特異点があるのだけは見えた。


『……エ☆ィ%A〜・!?……』

「え…………?」

「……玲?」


 

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【奇術師・玲の異端な挑戦】〜咒力ゼロなのに最強な、一般人バイト高校生の受難〜 しののめ すぴこ @supico

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