5:咒技科


***




由賀ゆが先輩……お話し中、申し訳ないんですけど、本当にそろそろ行かないと……っ」

「あ、悪ぃ、そうだな。れいは捕まえられなかったけど、しゃーないから行くかぁ」


 由賀は、隣からちょいちょいと袖を引っ張られたのを感じ、視線を上げた。

 思わず崎迫さきさこ先輩と話し込んでしまったが、時計を見れば集合時間が迫っている。

 隣の真紀まきが、意味の分からない話と時間の無さで、焦れたように眉間にシワを入れているのを見つけ、指でつんつんと指摘してから、崎迫に退出の挨拶をした。


「じゃ、すいません、行きますね」

「おぉそうだな、引き止めて悪かった。由賀も真紀も、気をつけろよ」


 少々お互い本音の溢れた会話を繰り広げてしまったが、崎迫も、普段の大らかな先輩としての笑顔で手を上げる。


 それに自分も片手を上げて返し、扉を開け…………ようとして、やめた。


「由賀先輩……? どうしたん――」

「――お疲れ様でーうわっっぶ……っ!!」


 真紀の問いかけに被せるようにガラリと開いた扉。

 そこから現れた人物は、お手本のように勢い良く由賀の胸元にぶつかって、弾き飛ばされるように廊下に尻餅をついた。


「…………大丈夫か?」

「てめ……っ、変な罠張ってんじゃねぇよ!!!!!!」


 床から見上げるように喚いているのは、由賀が探していた人物、御神楽みかぐら 玲だった。


「いや、そっちが勝手に突っ込んできただけだけど」

「そうなんだけどさぁ!!!」


 認めるのが早いのは潔くて良し。


 ぶつけた鼻の頭を抑えながら立ち上がる玲に手を貸してやりながら、勘が当たったなーと思う。


「やっぱり出てきたな。丁度良かった」

「なに、どういうこと?」

「いや、どうせ部室に来るだろうと思って」


 午前中にトランプを一組ダメにしている以上、部室にある予備を取りに来るのではないかと思っていたのだ。バイトの時給に細かい玲が、わざわざ自費で新しいセットを買うわけない、という華麗な推理である。


 ほらな、という意味で、驚いて立ち尽くしている真紀に視線をやれば、その動きで、ようやく隣にいる一年に気付いたらしい玲。真紀とこちらを何度か見比べた後、非っ常〜〜に嫌そうな顔をした。


「……なに……この不穏な感じ……」

「その反応は間違ってない」

「おいぃぃいいい絶対嫌だからなぁああああ!!」


 すぐに察して逃げ出そうとする腕を、ガシッと掴みホールドする。


「待て、まずは条件を聞け」

「嫌だ。びっくり人間大集合な咒技科じゅぎかが集まるとか地雷でしかない」

「な……っ、咒技科を何だと思ってるんですかっ、失礼ですよ、由賀先輩のご友人でも!」


 恐ろしいほど歯に衣を着せない、素直すぎる言葉に、真紀が愕然とした表情で抗議してくる。


 そりゃそうだ。

 咒技科は特別だと持て囃される学校で、普通科の人間から地雷扱いされるだなんて夢にも思ってなかったに違いない。


「あ、玲はズレてるから。いちいち気にしても意味ないぞ、抑えろ真紀」

「……お前は俺に対して失礼すぎると思うんだ」

「それは認識の相違だな」


 しれっと言い放ってから、憤慨する真紀の肩を叩いて一旦堪えてもらう。話が進まなすぎる。

 むぅ……と不機嫌そうにしつつも、大人の対応で口を噤んでくれる真紀を確認してから、隙を見て逃げ出そうとする玲に向き直る。


「まぁとりあえず聞けって。今日の現場は美味い話だぞ? お前は咒技科じゃねぇし、特別協力手当てが出るかもしれねぇってよ。……ね、崎迫先輩?」


 そう言って、部室内に残っている崎迫先輩を振り返った。

 本当はそんな条件は特になかったが、玲を買っているらしい崎迫先輩なら、人事局に属する特権を使ってどうにかしてくれるんじゃないかと踏んでのことだ。

 ……まぁ、無理ならチョコ菓子でも渡しときゃ喜ぶんじゃないかな、なんて思っているのは内緒だが……。


 すると一瞬面食らったような顔をした崎迫先輩だったが、すぐに意図を察してくれたようで、苦笑しながら頷いた。


「あぁ、まぁそうだな……予報士の時給から1.5倍ぐらいは出るんじゃないかな」

「……1.5倍……」

「協力って名目だから、時給査定の時にいい評価がつくんじゃないか?」

「……査定……」

「しかもE級咒禍じゅか

「それは由賀一人で行ってこいよ!」


 崎迫先輩の誘惑にフラフラと乗りそうだった玲が、我に返ったように突っ込む。

 ……いや、それは俺だって重々思ってる……とは言わず、


「そんな簡単な現場でバイト代(しかも手当て付き)貰えるなんて、ビックリするぐらいウマイ話だろ?」


 押す。

 玲の押しの弱さは一級品だ。雑魚だ。チョロいなんてもんじゃない。


 案の定……。


「……まぁ、確かに……」


 しかめっ面をしつつも、コストパフォーマンスを計算してしまったらしい。

 玲の口から納得する言葉が出た瞬間、


「よぉし合意!!!! さぁ行くか!!」


 間髪入れずに廊下を引きずって行く。考える隙は与えちゃいけないのだ。


「え、いや、ちょ……まだ微妙に決心が……」

「三年が待ってるから急ぐぞー」

「あ! やっぱ急用思い出した! もしくは急病!! 咒技科の三年がいるなら俺は急病かもしれん!!!」

「ソリが合わないからって仕事を選り好みするのは良くねぇぞー」

「お前は俺とソリが合ってないことをそろそろ理解しろよ!!!!!」


 ……よし。

 まだまだ玲は元気、ということで☆


 ぎゃあぎゃあ騒がしい二人の後ろで、困惑したような真紀が、少し離れてついて行くのだった。




***




いつもお読みくださり有難うございます!

書きながら長くなってしまいました。。。悪い癖ですね……;;

別作品の書き下ろし作業もあって、ちょっと更新ペース緩めになると思います……時間が足りず……すみません……;;


宜しかったら更新ペースの参考にさせて頂きますので、フォロー・レビュー等頂けると嬉しいですー!


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