4:裏側



***




 国立・咒力技術高等学校。情報部、部室。


「――あれ、崎迫さきさこ先輩だけですか?」

由賀ゆが……ドアを開けてすぐに言うことがそれだけかぁ?」

「あ。お疲れ様っすー」


 崎迫が御神楽みかぐらとの通話を終え、諸所への報告やらデータの更新やら、雑務を全て終えて帰ろうとしていた頃、突然、部室の扉を開いたのは由賀だった。

 涼しい切れ長の瞳にスポーツマンらしい体躯は、咒操士じゅそうしとして一流であることの証のような風体だ。

 いつもながら人懐っこい遠慮のなさで、部員でも無いのにずかずかと部室に入ってきた由賀。……と、その後ろにもう一人、少し背の低い男子生徒がついてきた。

 崎迫も知っている、咒技科じゅぎかで優秀と話題の一年、真紀まきだ。

 由賀のように体格に恵まれたわけではないが、それでも十分に均整のとれたスタイルをしており、少し長めの茶色がかった髪も相まって、女子が王子様だと騒ぐのも無理もない整った容姿をしている。


「由賀先輩、情報部に何か用事でもあるんですか? 急がないと……」


 その真紀は、部室に入ってきた時から困惑気味で、のんびりと崎迫の元へと歩いてくる由賀を急かすように、袖を引っ張っている。


「いや、どっちかというと手品部に用事なんだけど……玲はいないかぁー……」

「手品部? 何でですか、ここって情報部の部室ですよね?」


 あれ、と扉のプレートを覗きに戻る真紀。

 その疑問も当然だ。この部屋は情報部の部室で間違っていない。部長を務める崎迫の根城と言ってもいいぐらいの年季の入った部室だ。

 けれど同時に、手品部の部室にもなっていた。部員がいなくて部室を割り当てて貰えず、途方に暮れていた手品部部長の御神楽を、崎迫が共同使用という形で受け入れたのだ。


「へぇ、手品部っていうのがあるんですか。知らなかったです。……じゃなくて呼び出しが……」


 真紀の急かす言葉を聞いて、崎迫はあれ、っと思う。


「呼び出し……って、そういえばE級咒禍じゅかの討伐サポートで、咒技科に人員の募集が出ていたけど……それか?」

「さすが人事局! それですよー、そのサポート案件、なぜか俺も呼び出されてて……まぁいつも通り玲を連れて行こうと……」


 そう言って御神楽が普段使っている席へ視線をやる由賀。

 確かにE級程度の危険性が低い咒禍じゅかであれば、訓練がてら咒技科が呼ばれることがある。由賀も、普通科とはいえ咒操士じゅそうしとして活躍している実績があるから呼び出されることもあるだろう。

 ……が、こんなことで無関係の御神楽を巻き込めば、また烈火のごとく怒るぞ……と苦笑してしまう。


「そのE級は御神楽の予報じゃないだろ」

「まぁそうなんすけど。今朝一緒に現場に行ったって話をしたら、連れてこいって先輩が……」

「えっ、御神楽……って、バイトで予報士やってる二年の普通科の人ですよね? 予報士を現場に連れてこようとしてたんですか!? 危ないですよ!!」


 驚く真紀に対して、不思議そうに首を傾げる由賀。


「あいつ、お前より現場経験あるぞ?」

「……何でなんですか……」


 胡乱げな真紀。

 それも仕方ないだろう。普通、予報士は現場に入ったりしないのだから。


「というか、御神楽は今日はもう来ないと思うが。午後も予報士のバイトで街に出てたしな」

「うわっ、そういえばそんなことも言ってたわ……。ちょっと人事局ー、あんまり玲をコキ使わないでくださいよー俺に協力してくれなくなるじゃないですかー」

「残念ながら、御神楽はお前の専属ってわけじゃないんだよなぁ」


 笑って苦情を言ってくる後輩に、ちょっとした意地悪を返してみる。

 御神楽の力は、そこらへんの咒操士とは比べ物にならないぐらい希少で重要なのだ。それを知りもしないで、簡単に使い潰されては堪らない。


 お前こそ、咒力じゅりょく技術連盟を挟まずに勝手をするなよ、というニュアンスで試すように見つめれば、一瞬驚いたように表情を固まらせた由賀。

 けれどすぐに普段の陽気な雰囲気とはうって変わって、落ち着いた、少し苛立ちすら感じられるような、口の端だけの薄い笑みが返ってきた。


「ふーん……人事局もバイトの名目で、玲を都合良く使ってることを認めるんですか」

「おぉ、それは痛いところを突くなぁ。由賀もそういう自覚があるってこと?」

「どうですかね。俺は、玲が適材適所で動ける場所が、現場だと思ってるだけなんで」

「…………」


 冷静にこちらを見返してくる瞳に、完全に予想外だったと悟る。


 何も考えず、ただ同じ普通科で咒力技術連盟に属している、という気安さから巻き込んでいるのかと思っていた。けれど、それ以上にちゃんと御神楽が現場で発揮する能力を評価し、それを生かすために前線に連れていっていた、ということらしい。


 思っていたより人を見る目があるじゃないか……、とその意外性に言葉を詰まらせれば……、


「あ、そうだ……。俺って、動体視力いいんですよ」


 そう言って自分を指差し、先ほどの空気を払拭するように明るく笑った由賀。


 一瞬、それがどうした……と聞き流しかけて、ハッとした。

 元々由賀がスポーツ万能なことは知っている。そりゃあ動体視力も良いだろう。


 ……ただ、咒具を展開して自身の身体能力を引き上げた状態であれば、その動体視力も更に強化されている可能性に気付いてしまったのだ。


 咒操士とはいえ身体能力は人それぞれの個性だ。画一的な情報がなく、全員がそうだということは決してない。が、わざわざこの場で自称する、ということは、それなり以上の能力だと言いたいのだ。


 ――つまり、これまで御神楽が手品と称して誤魔化していた一連の動作全てを、由賀はちゃんとその目で見て、知っていた……?


「……まいったな……」


 崎迫は思わず苦笑してしまった。


 由賀の、陽気で誰にでも好かれるマイペースなキャラという評判のせいで、少し見誤っていたのかもしれない。


 崎迫が考えるより何倍も、思慮深い男だったようだ。



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