駆け出し勇者のシイタテ焼き

ハルカ

男子高校生三人組のくだらない日常

「やーい、シイタケ、シイタケ!」


 小学生の頃、よくそんなふうにからかわれた。

 断っておくが、べつに俺は菌類の仲間などではない。これでも人間である。

 名前は椎名しいな 武雄たけお


 からかわれる原因は、この名前だ。

 俺としては、「椎名」はそれなりにイケてる名字だと思うし、「武雄」だっていかにも勇者みたいでカッコいい。

 だが悲しいかな、小学生のセンスにかかればたちまち「シイタケ」である。これでシイタケ嫌いにならなかった俺を褒めてほしい。


 小学六年間を「シイタケ」と呼ばれて過ごした俺は、中学で運命の出会いをした。

 滑川なめかわ 幸太こうた

 彼は小学生時代は平穏無事に暮らしていたらしいが、中学で俺と同じクラスになってから「ナメコ」と呼ばれるようになってしまった。菌類仲間の誕生である。


 おまけに滑川は見事なマッシュルームカットだった。

 よく今まで「きのこ」とも「ナメコ」とも呼ばれずに過ごしてきたものだと不思議なくらいだ。


 ともかく、中学生になった俺は必死に勉強した。

 頭の良い高校に行けば変なあだ名でからかわれることもないだろうと思ったからである。

 ときには遊びの誘いを断り、ときにはゲームを我慢して、ときには寝る間も惜しんで教科書に向かった。

 その結果、県内で二番目に偏差値の高い学校に合格することができた。俺にしてはよくやった方だ。滑川はというと、さして苦労もせず俺と同じ高校に受かっていた。


 これで「シイタケ」なんてあだ名とはおさらばだ。

 そう期待したが、甘かった。

 運の悪いことに、高校のクラスには同じ中学出身の奴がいた。俺と滑川は相変わらず「シイタケ」「ナメコ」と呼ばれ続けた。


 しかも、高校でも俺は運命の出会いをすることになる。

 木倉きくら 研一けんいち

 彼は俺たちに巻き込まれるかたちで「キクラゲ」というあだ名をつけられてしまったのだ。


 さすがに「やーい、シイタケ!」などと低レベルなからかいをしてくる奴はいなかったが、俺たちは三人まとめて扱われることが多かった。それでも木倉は不満そうな顔を見せないのだから、いい奴だ。

 そういった奇妙な縁のおかげで、いつしか俺たちは三人でつるむことが多くなっていた。


   🍄 🍄 🍄


「それでさ、英語でのことを『mushroomマッシュルーム』って言うんだよ」

「えっ、そうなの?」

「じゃあマッシュルームはなんて言うんだ?」

「それもmushroomマッシュルームだね」

「へえ~」

「変なの~」


 爽やかな山道に俺たち三人の声が響く。

 天気のいい週末。毎日マックやゲーセンに行くのにも飽きてきた頃で、かといって新作ゲームを買いあさるほどの金もなく、たまには山にでも行ってみようと誰かが言い出したのだ。


 といっても、登山やトレッキングなどという本格的なものではない。どちらかといえばピクニックに近いものがある。このゆるさが俺たちにとってはちょうど良かった。

 いい感じの木の棒を拾ってかざせば高校二年生になっても充分ワクワクできたし、ぐだぐだとくだらない話をしながら山道を歩くのは楽しかった。


 とくに木倉は物知りで、いろんなことを話してくれた。彼の話は授業よりよっぽど面白かった。


「それでさ、他のきのこはなんて言うのか調べてみたんだ」

「マツタケとか?」

「シメジとか?」

「そうそう。マツタケはmatsutake mushroom、シメジはshimeji mushroom、エリンギはelingi mushroomだってさ」


 あまりにもやっつけ感のあるネーミングだ。

 そして、気になるのは自分たちのあだ名である。


「まさか、シイタケはshiitake mushroomじゃないだろうな?」

「ナメコはnameko mushroomなの?」


 俺と滑川が興味津々に尋ねれば、木倉は我が意を得たりとばかりに頷く。


「その通り。ちなみにキクラゲはwood earだ」

「えっ、kikurage mushroomじゃないのか」

「wood earって『木の耳』?」

「ほら、木耳って書いてキクラゲって読むだろ」

「待て待て、クラゲどこ行った」

「木倉くんだけ違うのズルい」


 そんなくだらない会話をダラダラと続けながら、整備された山道を進んでゆく。

 そのとき、林の中に気になるものが見えた。


「おいあれ、なんだろう。丸太が並べてある」

「ほんとだ。まきに使うのかな」


 滑川と二人で眺めていると、木倉が教えてくれた。

「あれは『ほだ木』だな。きのこを栽培してるんだ」

「へぇ、きのこってああやって栽培するのか」

「ねぇ見て見て! あっち! きのこ生えてる!」


 そう叫ぶなり、滑川は目にも止まらない速さで駆け出した。


「待て滑川!」

「戻ってこーい!」


 二人して慌てて追いかけるが、滑川はためらわず林の奥へ突き進む。イノシシかお前は。

 たしかに、そこ並べてある丸太からはにょきにょきと立派なきのこが生えていた。しかもよく見ればシイタケじゃないか。


「うはぁああ……美味そう! ねぇねぇねぇ、ひとつくらい食べたっていいよね!?」


 滑川の腕がシイタケに迫る。

 俺は慌てて滑川のリュックをつかんだ。

「おい待て! ダメに、決まって、るだろー!」

 なんで俺、シイタケを守るために体を張ってるんだ!?

 こんな状況の中、俺の横で木倉が叫ぶ。

「いいぞ椎名、そのまま押さえててくれ!」

「いや、お前も一緒に止めろよ!?」

「肉体労働はお前に任せる! 俺は頭脳戦だ!」

 どうしよう。今日はこいつらの言動が謎過ぎる。

「い、意味わかんね……あっ、こら滑川! 駄目だ! ハウス! ステイ! おすわり!」


 すでに手元のリュックも俺の指もみしみしと嫌な音を立て始めている。

 どうしよう、このままではシイタケが……!

 そのとき、ふと木倉が滑川の前に立ちはだかった。


「滑川、聞いてくれ!」

「なに? シイタケの美味しい食べ方?」

「いや違う。実は世の中にあるほとんどのキノコは生で食べることができないんだ」

「そうなの? でもシイタケなら平気だよね?」


 木倉の説得も虚しく、滑川の勢いは止まらない。

(……おい、ヤバいぞ!)

 俺がアイコンタクトを送ると、木倉からもアイコンタクトが返ってくる。

(すまん、もう少しだけ持ちこたえてくれ!)


「んぉおおぉいぃぃ! いい加減止まれよ滑川ぁああぁ!」


 全体重をかけて滑川のリュックを引っ張るが、彼はびくともせずシイタケに熱い視線を送り続けている。

 こんな小柄な体のどこにそんなパワーがあるのか不思議なくらいだ。


「滑川、聞いてくれ!」

「今度はなに? 栽培中のシイタケを合法的に食べる方法?」

「シイタケから、離れろ滑川ぁあ!」

「いや、まさに話題はシイタケのことなんだが」

「木倉ぁあ! ややこしい言い回しはやめろぉおぉ!」


 二人に次々とツッコミを入れる俺の額に汗が浮かんでくる。

 これ以上は俺の腕が持たない!

 だが、木倉は済ました顔でなぜかスマホをいじっている。


「滑川は『シイタケ皮膚炎』を知ってるか?」

「なにそれ、シイタケを焼いて食べる病気?」

「いや違う。シイタケを生、あるいは生焼けの状態で食べることによって生じる症状だ。強い痒みとともに肌に特徴的な炎症が現われる。ひっかいたところが全部赤くなるから、だいぶ悲惨な見た目になるぞ、ホレ」


 そう言って差し出されたスマホの画面には、シイタケ皮膚炎の症例がたくさん表示されていた。どれもが「うげ」と言いたくなるような酷いものだ。


「生で食べると、こうなるってこと?」

「そうだな。バーベキューなんかで生焼けのシイタケを食べたりするとなることもあるらしい」

「え、なんか恐いね?」

「そうだぞ、恐いぞ」

「わかった。生で食べるのやめる」


 急に滑川の推進力が途切れた。


「う、うわぁっ!?」

「わわぁっ!?」


 俺と滑川は、二人して勢いよく地面の上に倒れ込んだ。


   🍄 🍄 🍄


「そんでさ~、『義理チョコだよ』って差し出されたのが、よりによって『き○この山』だったんだよ。俺も、せっかくくれるなら受け取らなきゃって思ったんだけど、そしたら急に相手の女子がこっち見て『あっごめんね、椎名くんだと共食いになっちゃうよね(裏声)』ってさ。いや、そこはもっと他に気遣うところあるだろ!? って思ったね。よりによって教室のど真ん中でさぁ」

「ハイハイ。モテ自慢乙」

「いや、義理だって言っただろ」


 ハイキングの帰り道、俺と木倉はそんな話をしながら山道を下っていた。

 せかっくとっておきのコイバナ(?)をしてやってるというのに、滑川はさっきからずっと上の空だ。


「あぁあぁぁぁ……僕のシイタケがぁ……」

 どうやらよほど心残りだったらしい。


「お前のじゃないだろ」

「お前のじゃないよ」


 俺と木倉は、滑川のリュックをつかんでズルズルと引きずってゆく。

 帰ったらリュックが壊れてないか調べたほうがいいと思う。

 そんなどうしようもない俺たちに、救いの神が手を差し伸べた。


「おい、あれ見てみろよ」


 木倉が指した方に、野菜の直売所があった。

 小さな小屋に小さな棚があり、そこに今朝採れたばかりの新鮮な野菜たちが並んでいる。その中にシイタケもあった。

 横にある箱に小銭を入れるスタイルの無人販売式である。


「……買うか?」

「買っちゃう?」

「買おう、買おう!」


 俺たちは顔を見合わせた。

 滑川がにんまりと嬉しそうに笑っていた。


   🍄 🍄 🍄


 山から帰った俺たちは、さっそくシイタケを味わうことにした。

 うちに集まり、どんな料理にしようかと話し合う。

 手軽に食べることができて、それでいて素材のうまみを堪能できる料理ということで、オーブントースターで焼くことにした。


 袋から出してみると、なかなかお目にかかれないほど立派なシイタケだ。

 カサは大きく肉厚で、柄もどっしりしている。それに、森林の土のような深い香りがした。自然と期待が高まる。


 まず、オーブントースターの天板にアルミホイルを敷く。

 その上に、柄を取り除いたシイタケを並べる。このとき、ヒダがこちらに向くようにして置く。

 俺たちは、そこに各々おのおのマヨネーズをかけた。


 面白いもので、こんなところにも性格は出る。

 滑川はヒダが隠れるくらいたっぷりマヨネーズをかける。木倉は細い絞り口を使い、お好み焼きにかけるかのごとく何本もの線を描く。俺はショートケーキの生クリームみたいにワンポイント的に絞り出すのが好みだ。


 マヨネーズを絞り終えたら、上からアルミホイルを被せる。

 まずは余熱なしで10分。

 しばらくするとシイタケの濃厚な香りとマヨネーズが焦げる油の匂いが漂ってくる。

 上に被せたアルミホイルを外し、さらに10分。

 焦らずじっくり焼き上げる。


 オーブントースターが高らかに鳴り、俺たちの腹も盛大に鳴った。


「焼けた! いい匂い~!」

「よし、箸と皿を出せ」

「火傷に気をつけろよ」


 この料理は熱いうちに食うのがうまい。

 食卓の中央に天板を置き、それを三人で囲む。

 そっと箸でつまむと、シイタケのうまみをたっぷり含んだ汁がじゅわっと染み出す。こぼさないようにそっと皿に取る。


 さっと醤油をかけてハフハフしながら口の中に放り込む。

 醤油の強い香りとシイタケのうまみ、マヨネーズのまったりとしたコクが絶妙なハーモニーとなってあふれる。最高にうまい!


 食べ方にもまた個性が出るらしい。

 小柄なくせに食い意地のはっている滑川は、惜しみなくシイタケを口の中へ放り込んでゆく。その一方で、木倉は七味唐辛子をかけて味変しつつ、ゆっくり味わうように食べている。


「美味しいね、僕のシイタケ」

「絶品だな、シイタケのグリル」

「シイタ焼き、サイコー!」


 口々にそんな感想が飛び出し、俺たちは顔を見合わせた。


「おい滑川。なんでお前のシイタケなんだよ、三人で買ったろ」

「最初に食べたいって言ったのは僕だから『僕の』で合ってますー。木倉くんこそ、シイタケのグリルってなに、グリルって? シャレた言い方しちゃってさ」

「オイ喧嘩すんな。冷めないうちに食えよ、シイタテ焼き」


 俺の言葉に、二人が振り向く。


「聞き間違いかと思ったけど、やっぱりシイタテって言ってる」

「なんだよシイタテ焼きって。なんでテなんだよ」

「いやぁ、これ肉厚で盾みたいだから、シイタケとタテをかけてシイタテ焼きだなって」

「出た、椎名くんのゲーム脳! さっき木の枝振り回してたもんね」

「あの木の棒もこのシイタテも、どう見たって序盤の装備だろ」

「わかってないな。ゲームは序盤が一番わくわくするんじゃないか」

「あ~、確かに?」

「なるほど、一理ある」

「だろ」


 そんなくだらない会話で盛り上がりながら、俺たちはだらだらと時間を過ごしてゆく。

 シイタテ焼きを乗せていた天板はいつの間にかすっかり空になっていて、シイタケとマヨネーズと醤油の香りだけがわずかに残っていた。

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