実食
新大陸アルカディアへと向かう途上、俺たちは妖精島でキャンプファイヤーをして楽しんでいた。
妖精たちが
「ありがとね、アル。こんなに素敵な誕生日プレゼント、初めてだよ」
はにかんだような笑顔のロザリーが俺の横に並んで丸太の上に腰を下ろした。
俺からのプレゼント、北の大陸だけにしか咲かない氷の花をガラス玉で閉じ込めて作ったペンダントが首元からキラリと光る。
この島に立ち寄ったのは、俺たちからのサプライズの誕生日プレゼントのためだ。
気に入ってもらえてよかった。
「こっちこそ、喜んでくれて嬉しいぜ。でも、オーズさんもかなり気合いの入れた物を作ってもらってたぜ?」
「え? もしかして、ついにマリー先輩に?」
「あれ? 気づいてたの?」
「当たり前じゃない。ずっと前からオーズさんがマリー先輩のことを好きなの知ってたわよ」
「へえ、すげえな! 俺は北の大陸に行く直前まで気付かなかったぜ」
「……ああ、アルは鈍感だからね」
ロザリーはどこか呆れたような半目で俺を見てため息をついた。
俺は鈍いつもりはなかったけど、女の勘ってやつには素直に驚かされる。
さて、二人はどうなるのか、帰ってきたら楽しみだぜ。
オーズが冬将軍から帰ってきて一番楽しみにしている料理は、多分、アレだな。
ロザリーとレアと出会う前の話だったな。
☆☆☆
「うおおおお! でっけえ卵!」
俺はこの日は仕事を休みにしたので、冒険者ギルドでのんびりしようとやってきた。
準備中の食堂に入ると、厨房に巨大な卵を運び入れようとしているオーズを見かけてつい叫んでしまった。
そんな俺を見て、マリーは楽しそうにウキウキと笑った。
「すごいでしょう? これはグリフォンの卵ですよ」
「グリフォンって、あの! ……って卵を産むのか、知らなかった」
「意外でしょう? でも、すっごく貴重で美味しいのですよ」
と、マリーは説明してくれた。
それから、オーズが掛矢で卵の殻を割ると、巨大な黄身と白身が出てきた。
ダチョウの卵は見たことあるが、それ以上の大きさだ。
「ありがとうございます、オーズさん。楽しみに待っていてください」
俺たちはそれぞれ好きなことをして出来上がるのを待っていると、厨房から何とも家が恋しくなるような香りが鼻腔をくすぐる。
そうして、大きな皿を抱えたマリーが食堂にやってきた。
「お待たせしました!」
「おお! 出来たてでうまそう!」
テーブルの上に現れたのは『キッシュ』だ。
タルト生地の中に、卵や生クリーム、肉や野菜を入れてオーブンで焼いた素朴でシンプルな料理である。
フランボワーズ王国は、異世界版のフランスのような国なのでこちらでも家庭料理の代表だ。
マリーがキレイに切り分けて俺たちの取皿の上に乗せてくれた。
「ああ、美味い!」
キッシュはやはり、この卵の優しい風味が大事だ。
グリフォンの卵は濃厚な黄身の味わい、甘みも感じる。
表面は香ばしく焼けているのに、中はふんわりと柔らかい。
しかも、牛に似た幻獣アウズンブラの生乳から作られたクリームチーズが、深いコクのある味わいを出している。
細かく刻まれたカリカリのベーコンからは、芳醇な肉の旨味と塩気で味わいを豊かにしているようだ。
弾力のあるキノコとしっとりとした仄かな甘い玉ねぎも、良いアクセントになっている。
もちろん、香ばしいバターの香りでサクサクした生地も忘れてはならない。
この生地が料理の土台となる。
暖かい家庭のように具材をまとめて1つにしたもの、それがキッシュなのだ。
「……ああ、美味いな。このキッシュを食べると安らげる場所に帰ってきたようになるんだ」
オーズはしみじみと、それでいて幸せに満ちているかのように小さく笑った。
☆☆☆
オレは冒険者ギルド食堂のドアの前で浮足立つ足に喝を入れるように大きく息を吸い込んだ。
静かにドアを開ける。
「あ、オーズさん! おかえりなさい!」
クッションの上で丸まっていたユーリのもふもふの毛皮を撫でていたマリーは立ち上がり、いつも通りの満面の笑顔で出迎えてくれた。
「ああ、ただいま」
「今年も無事に戻ってきてくれてよかったです。冬の間、ずっと心配していたのですよ」
「……ああ、すまない。今年はいつも以上に大変な年で……」
「話は食べながらにしましょう。ずっと待っていましたよ。……あれ? おじいちゃんは?」
マリーはオレが一人で帰ってきたことに怪訝そうに首を傾げた。
オレはギルドマスターの爺さんとの戦いを思い出し、言い淀んで頭をかいた。
「あ、ああ。傭兵ギルドマスターのピエールの爺さんと今夜は飲み明かすそうだ」
「ええ? せっかくオーズさんが帰ってくるからキッシュをたくさん焼いたのに、もう!」
マリーは少し怒ったように頬を膨らませたが、すぐに笑顔に戻った。
「仕方ありませんね。今夜はお店は休みにしたので、二人っきりですね。あ、ユーリくんもいましたね」
と、ユーリの頭を撫でて厨房の中に入っていった。
マリーの焼いてくれたキッシュを食べながら、オレは今年の冬将軍について話した。
兄貴分のビョルンの死には同じように悲しんでくれ、アルセーヌとヴィクトリアの大活躍には嬉しそうに笑ってくれた。
オレは食べ終わり、ああ、ここにまた帰ってこれたのだ、と一息ついた。
しかし、胸の鼓動が戦いの時よりも激しい。
床に丸まっていたユーリと目が合い、オレたちは頷き、意を決した。
「オレはずっと君に伝えたいことがあった。だが、オレは何も言えなかった」
テーブルの前に座るマリーは何を言い出すのだろうかと不思議そうにオレを見ている。
オレはさらに話を続けた。
「今日、帰ってきて君が笑顔で出迎えてくれた。いつものキッシュを食べて確信したんだ。ここがオレの帰ってきたい場所なんだって。オレは口下手だから、気の利いたことは言えない。だから、率直に言う。結婚してほしい」
オレは懐からベルベットの小箱を取り出し、中の指輪を見せた。
オレの出身地である北の大陸の永久凍土の下から掘り出された小ぶりのダイヤモンドのついた、神の金属オリハルコンの指輪だ。
永遠の愛の象徴でもある。
このプロポーズが爺さんと戦っていた理由だ。
爺さんに勝ってきっちりとケジメをつける。
オレが爺さんに代わって、彼女を守り、将来を共に歩んでいきたいという決意だ。
マリーは何と答えるのだろうか?
オレは永遠に近い時を待つかのように胸の鼓動が激しく鳴り響く。
マリーはやがて口を開いた。
「……私の答えは……」
―了―
『大切なあなたと一緒に築く家庭で食べたいキッシュ』
byマリー
管理者のお仕事 グルメ編3 ~冒険者ギルド食堂よ、永遠に!~ 出っぱなし @msato33
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