玉響
劇団キャメルステーキの座付き作家、神田川修司は悩んでいた。
前作『
客入りも悪く、さらに震災後の自粛ムードも相まって興行は散々だった。
次は何としても当てないと、借金が返せなくなり、劇団の解散は免れない。
次回作は、前作『
そう思って神田川修司は筆を取った。
しかし、一向に面白いアイデアが思いつかず、書いては消して、書いては消してを繰り返す日々だった。
原稿用紙に向かう筆が止まったまま、本日十杯目のコーヒーを飲み、気晴らしにテレビをつけて眺めていた。
テレビでは、『激情!クロスファイト』が放送されていた。
神田川は、なんとなく見るとはなしに番組を眺めていた。
番組では、司会の田原総一朗とゲストの政治家が討論をしていた。
そして、神田川はふと、一つのアイデアを思いついた。
そうだ。地球に宇宙人が来るのだ。
宇宙人は高度な文明を持ち、この地球がどういう星なのかを見極めルート為にやってくる。
しかし、先遣隊としてやってきた宇宙人は、米政府の極秘作戦によって捕らえられた。
先遣隊の宇宙船と乗組員は、ネバダ州の空軍施設に厳重に拘束されてしまっていた。
宇宙人たちは、この星は危険な星だから攻撃して植民惑星にするべきだと言う意見と、いや、平和的に交渉を続けるべきだと言う意見に分かれた。
和平派は、まず捕らえられた仲間を救出すべきと主張。
強硬派は、捕らえられた仲間は尊い犠牲になったとして、すぐにでも侵略すべきと主張。
真っ向から対立する意見。
そこに新たな意見を持つ宇宙人が現れた。
まず期限付きで交渉に向かおう。
期限内に交渉が纏まらない場合には、全面戦争に突入する。
宇宙人達はそれで意見が纏まった。
そして、交渉役の宇宙人は、仲間が捕らえられた米国は危険と判断し、米国と協力関係を持つ第三国の政府と交渉を行う事に決めた。
交渉役の宇宙人は、なるべく地球人を刺激しないよう、姿を地球人そっくりに擬態する事にした。
その姿は、その国では誰もが知っており、そして数々の人物と関わり合ってきた者の姿になれば、地球人は安心して交渉を上手く進める事が出来る。
それは、田原総一朗である。
そうして、田原総一朗の姿に擬態した宇宙人は、地球に向かった。
そして日本にやって来たのだ。
しかし、宇宙人には一つの誤算があった。
身長である。
地球人、田原総一朗そっくりに擬態したはずの宇宙人だったが、実際には寸法を見誤っていた。
地球人の三倍大きな姿になっていたのだ。
三倍大きな姿の田原総一朗が現れ、地球はパニックに陥る。
そして、宇宙人には『三倍星人』と言う名の名称を与えられた。
宇宙人との交渉は、最初は上手く行っているように思われた。
しかし、あと少しという所で米国に向かって飛んで行った宇宙船が、正体不明の戦闘機によって撃墜されたのだ。
最早交渉は不可能と悟った地球の人々は、宇宙人との全面戦争を覚悟した。
三倍星人の宇宙艦隊が攻めて来るまで、地球時間で約一か月。
終末戦争に向かう地球でそれぞれの人がどう過ごすのか、と言うテーマの演劇。
神田川は、これだ!と叫んで膝を手で叩いた。
早速、原稿用紙に向かい、ものすごい勢いで戯曲を書き上げた。
そこからの進捗は、驚く程に順調に進んで行った。
マスコミに発表し、箱とセットの手配も済み、書き上げた戯曲を劇団員に手渡して、稽古に取り掛かった。
チケットはこの時期には珍しく、即日完売となった。
通し稽古も無事に終わり、いよいよ明日が公演初日となった。
神田川は、全ての準備を終えて、リハーサルを終えた劇団員を帰し、一人セットの中に立ち、最終確認を行っていた。
神田川は、何かの音が聞こえた様な気がして、ふと入り口の方を見た。
そこには、見たことのある人物が立っていた。
「田原総一朗……さん」
その人物とは、田原総一朗その人であった。
おかしい。
演劇は、本人をキャスティングはしていない。
この演劇は、若手の劇団員がそのまま田原総一朗役を演じる事になっていた。
本人ではないが、田原総一朗と言う
もちろん、本人は別に関係者として観劇が出来るよう、前もって手配はしているのだが、前日に来ると言う予定にはなっていなかった。
もしかして、激励の為にわざわざ訪ねてくれたのだろうか。
であれば、ここはしっかりと挨拶しておかねば。
「田原さん、わざわざ来て頂けたのですか。ありがとうございます」
そう言って、神田川は急いで田原総一朗の元に向かって行った。
しかし、そこで気づいた。
現れた田原総一朗の姿をした男の身長は、明らかに大きかった。
かなり大きめなセットだったので、遠くにいる時には気がつかなかったのだが、近づけば近づく程に、その大きさに違和感が生まれた。
まるで、この身長は、私が作った戯曲の中に出てくる宇宙人ではないか……
そう気がついた神田川は、途端に背中にびっしりと汗をかいた。
いや待て、いくらなんでもそれはない。
何故なら、それは私の創作だからだ。
自分が創作した宇宙人が現実に目の前に現れるなど、あり得ない。
きっとスタッフの誰かの悪戯だ。
サプライズで後から、トリックが明かされるに違いない。
よく見たら近くにビデオカメラが回っていて、メイキングフィルムとして公開され、笑い話になるのだ。
神田川はそう思った。
否、そう思う事にした。
しかし、その人物から発せられた言葉は、神田川にとって、意外な物だった。
「ナゼ……キヅイタ……」
「えっ……」
「ワレワレノ
「た……田原さん?」
「ナゼ、ヲ
神田川は悟った。
これは、サプライズではない。
どうやら、私の書いた戯曲が本当になっていたのだ。
「
「何をする!う、うわああああー」
…………
僕は彼女が去った後のホテルで原稿を書き終えた。
部屋の隅に設置してある、ハイビスカスのスロットから放たれる、色彩豊かな光が目に眩しい。
今書き上がったのは、『劇団キャメルステーキの座付き作家、神田川修司と言う名の一人の劇作家』が主人公の二次創作、という依頼の品である。
そう、これが僕の仕事。
二次創作ゴロである。
難しくて分かり難ければ、なんでも良かったのだ。
「さて、と。腹が減ったな……」
次の依頼は、主人公がファンタジーの世界に転生して、冒険しながら大勢の若い女を
書き終えるのに時間がかかるだろうから、先にラーメンでも食べてから取り掛かろう。
僕は原稿用紙と万年筆を鞄に
そして、僕はホテルの部屋を出た。
華胥 海猫ほたる @ykohyama
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