番外編 紅雪
これは、ベニとユキがアル達の町の近くに引っ越してきた後くらいの話。ベニとユキは、いつものように外で遊んでいた。
「ちぇっ。今日はお兄ちゃん達いないのね。つまんないなー」
ベニは不服そうな顔で言った。庭の椅子に座って、足をぶらぶらさせている。
「しょうがないでしょ。今日はアル達三人で仕事の依頼を受けているんだから。そもそも、私達は見た目でギルドのメンバーに入れないみたいだし、アル達の仕事に一緒に付いていくのがバレたら大変になるのよ」
ユキは洗濯物を物干し竿に掛けながら、そう言った。
「えー。ギルドって、シャラ達以外だったら、ほとんどが私達よりも弱いじゃない。何で私達がギルドに入れないのよー?」
「まー。そうなんだけど。そこは大人の事情だからねえ。でも、大人も大変みたいよ。仕事をしないといけなかったり、人間関係で病んだり、というのはアルから聞いたんだけど……。私には良く分からなかったわ」
「うーん」
ベニは腕を組んで何か考えていた。
「よしっ!魔物を召喚しようっ!」
バシッとユキがベニの頭をはたいた。
「痛ったーい!」
「アルに言われたばっかりでしょ。この辺りでは魔物召喚しないって」
「でもでも、暇じゃん。何か面白いことしたいよー。このままじゃあ、暇すぎて、私が観劇の魔女だったら、暇の猛毒ですぐに死んじゃうくらいだよー」
「誰よ。観劇の魔女って……。うーん。でもねえ」
「あ。分かった!」ベニがポンと手を叩いた。
「アルはベヒちゃんみたいな魔獣が大騒ぎになるから駄目って言ってたんだよね?だったら、可愛らしいのなら良いでしょ?」
ユキは疑うような目つきでベニを見た。
「あんた、それ出来るの?そんなこと言って、いつも厳めしい奴ら召喚しているじゃない?」
「大丈夫だってー。私も修行したんだよ。やって見せるっ!」
ベニは妙に自信満々だった。
ベニは、何やら魔方陣を地面に描き、詠唱を唱え始めた。
「出でよ。眠れる地獄の獅子よっ」
「もうこの時点で全然、可愛らしさの一遍も無いわ」
ユキは呆れてそう言った。そして、すぐに始末できるようにナイフを手に取った。
魔方陣が光り出し、円状の光線が真上に伸びた。そして、光の中から、一匹の小さな可愛らしい黒柄の猫のような動物がぴょこんと飛び出した。
「あら」
ユキはどんな魔獣が出てくるかと思っていたが、意表をつかれて、ナイフを収めた。
みゃお、と猫のようなというか召喚獣、というか、猫が鳴いて、ベニの腕の中に飛び込んだ。
「ほらあ。ちゃんと可愛いのを出せたでしょ?」
ベニは腕の中の猫をなでなでしていた。
「確かにそうね。でも、本当にただの猫なの、それ?眠れる地獄の獅子とか言ってたけど」
「うーん。あれは適当に言ってるだけだから……」
ベニは、ペロッと舌を出した。
「あっそう」
「でも、あれじゃないかな。ケットシーっていう猫の召喚獣が居たじゃない?あれじゃない?」ベニは言った。
「そんな可愛い系もあったわね」
しかし、ユキには、只の黒猫にしか見えなかった。
「よし。名前を付けよう。黒猫だから、クロちゃんね」
「相変わらず安易ね」
「クロちゃん。こっちで遊ぼう!」
そう言って、ベニがクロを抱いて行こうとした時、クロが出てきた魔方陣が再び光り始めた。
「ベニ。あなたまだ何か召喚してたの?」
「違う。私じゃない」
魔方陣から光線が放たれ、そこには一人の男が立っていた。男は黒いマントに黒メガネ、黒いシルクハットを被っており、ちょび髭を生やしていた。
「だれ。このオッサン?」
ユキが聞いた。
「うーん、知らない」
ベニも知らなかった。
黒いシルクハットの男は深くお辞儀をした。
「吾輩の名前はワルイダー。悪の組織の幹部をやっている者です。早速ですが、そのケットシーを頂戴したいと思います」
「ワルイダー?」
ベニとユキは顔を合わせた。
「どっかで聞いたことあるような……?」
「ベニも?私もよ。そして、なんか知っている顔だわ」
「……ていうか、クロを奪おうとしてるってこと??」
ベニはクロを抱きしめた。
「いえ。ただ、そのケットシーの魔力を使えば、我が悪の組織が更に成長するのです。だから、早く寄こすのです」
ワルイダーと呼ばれた男は強引にクロを奪おうと手を伸ばしてきた。
クロは、フギャーと警戒の鳴き声を上げた。
「駄目っ!クロが嫌がってる」
「黙れ。小娘っ。早くそいつをよこせっ!」
ワルイダーがベニの方に詰め寄ってきたが、ベニは咄嗟に後方へ避けて、すぐさま、ベヒーモスを召喚し、飛び乗った。
「ベニ。コイツは自ら悪の組織とか言っちゃってるし。やっつけて良いと思う」
ユキは言った。
「オッケー。私も何だかコイツは性に合わないみたい。心の底から倒したい気持ちが湧き上がってくるよ。クロちゃん。ちょっと待っててね」
「聞き分けの無いガキ共だ。あの頃を何も変わっていない。少し痛い目に合わないといけないようだ」
ワルイダーはそう言って、身体を丸めた。すると、むくむくと身体が大きくなり、牙を生やした大男となった。
「これが吾輩、ワルイダーの真の姿だっ!」
グサッ!!
大男となったワルイダーの胸にベヒーモスの角が刺さった。
「ぐへぇっ!」ワルイダーが鈍い呻き声を上げた。
「ちょ、ちょっと待てえ。人が説明している最中だろうっ!」
「そんなの知らない。あなたの都合をこっちに押し付けないで」
ワルイダーはそのまま、どてっと後ろに倒れた。刺されたところから黒い血のようなものがドロドロと流れていた。ワルイダーは傷口を抑えながらベニを睨みつけた。
「もう終わり?」ベニが言った。
「小娘がっ!調子に乗りよって」
ワルイダーが再び立ち上がろうとした、その時。
「待ちなさい」
ワルイダーの後方から声がした。そこにはクロやワルイダーが出てきた魔方陣が光って、そこからもう一人、今度は女性が出てきた。
「ワルイダー。引きなさい。あなたでは相手にならないわ」
「イ、イジワルダ様っ!しかし……」
「引きなさいと言っているのが分からないの?」
イジワルダと呼ばれた女性は、ワルイダーを睨んだ。ワルイダーは竦み上がって、すごすごと下がった。イジワルダと呼ばれた女性は黒いドレスを身にまとった大人の雰囲気の女であったが、顔は幼い、十代半ばくらいであった。
「また変なのが出てきたわね。どうせ、大したことは無いでしょう。ベニ、あいつもやってしまって」
ユキはベニの方を向いて言った。しかし、ベニは何故かベヒーモスから降りて、蹲っていた。
「ベニっ!どうしたの?何かされた?」
ユキはベニの方に駆けつけた。ベニは苦しそうな顔をして、蹲ったまま、何も言わなかった。ユキはイジワルダの方を見た。イジワルダは、にやにやと笑っていた。
「何なの、ベニ。あいつに何か攻撃されたの?」
「わ、分からない……。あいつの顔を見たら、なんか苦しくなって。立ち上がれないの……。何だかムカムカするけど、何もできないようなもどかしさがあって、ここからすぐにでも離れたいの……」
「ベニ……」
ユキは再び、イジワルダを見た。ユキはどこかで見たことがある顔だと思った。そして、ベニほどではないが、ユキも胸の苦しさを感じ始めた。
イジワルダはそんな二人を見ながら、ゆっくりと近付いてきた。
「可愛い、カワイイ、魔法少女のベニちゃんとユキちゃん。私が思う存分、可愛がってあげるからねえ」
ベニとユキはその場に蹲っていたが、ユキは力を振り絞り、立ち上がった。
「あらぁ、強いのね、ユキちゃん」
ユキはナイフを取り出した。そして、イジワルダ目掛けて、斬りかかった。しかし、イジワルダは簡単に避けた。ユキはふらふらと倒れた。
「そんな刃物を持って、私、怖いわぁ。私は二人と遊びたいだけなのに……」
ユキは再び立ち上がり、イジワルダに斬りかかった。イジワルダはユキの攻撃を容易くかわしていった。そして、イジワルダが掌をユキに向けると、ユキは金縛りにあったように動けなくなった。
「女の子はお淑やかにしくちゃ。ユキちゃん。このまま、私の部屋に飾ってあげるわ」
「べ、ベニ……」
「ユ、ユキっ!」
「ベニ。あなただけでも逃げてっ!」
「駄目っ。ユキと一緒じゃなきゃ嫌だっ!」
ベニは涙を浮かべながら叫んだ。
「美しい姉妹愛ねえ。二人とも食べちゃいたいくらいカワイイ、可愛い、かわぁいいわぁ~」
イジワルダは顔を歪めて笑うと、口が大きく開いた化け物のような顔になっていた。
「く、くそっ……」
ユキは何とか金縛りから抜けようとするが全く身動きが取れなかった。イジワルダがじりじりとユキに近付く。その時、ケットシーのクロがユキの前を横切った。
「クロ。あなたまだいたの。さっさと逃げなさい」
しかし、クロは全く動かず、ユキの方をじっと見ていた。すると、クロの額がピカッと光った。よく見ると、その額にクリスタルのようなものが浮かび上がっていた。ユキは吸い込まれるようにクリスタルを覗き込んだ。すると、ユキはハッと何かを思い出した。
「みんな、まとめて食べてあげましょうねえ」
イジワルダが更に大きな口を開けて、ユキに襲い掛かっていった。
ユキは身体を捻じり、くるりと回転した。イジワルダの顔面から鮮血が噴出した。
「ぎゃあああああ!」
ユキのナイフがイジワルダの鼻先を斬ったのだ。ユキは金縛りから解放されていた。
「その汚い顔を近づけないでくれる?」
「こんの糞ガキがぁぁぁっ!」
イジワルダは、なりふり構わず、ユキに襲い掛かった。さっきとは変わって、今度はユキがイジワルダの猛撃をかわしていった。一撃をイジワルダに浴びせたものの、激昂させてしまったのか、ユキはイジワルダの猛撃に防戦一方だった。
「ベニっ!」
ユキは、イジワルダに応戦しつつ、ベニに声を掛けた。
「そんなところでいじけてないで、戦いなさいっ!」
「ユキ……」
「ベニっ。さあ、思い出してごらんなさいっ。あんたがどんな存在だったのかを!あんたは戦うヒロイン、魔法少女ベニでしょうっ!」
クロは今度はベニの前にちょこんと座った。
「クロちゃん」
クロの額が光る。ベニはその光を覗き込むと、眼をカっと見開き、飛び起きた。すると、ベニの身体がピカピカと光り出し、その光はドレスを形作った。そして、ベニは気が付くとピンクのフリフリのドレスを身に付けていた。手には、先端に星型のオブジェが付いた謎のステッキが握られていた。
「な、なに、これ……?良く分かんないけど、凄い力が湧き上がってくる」
ベニがステッキを見ると、そこから光が噴出していた。
「ベニっ。それをコイツに向けて撃って!」
「わ、分かった!」
ベニはステッキをイジワルダに向けた。すると、ステッキから、大量の小さな星が飛び出して、イジワルダとワルイダーを包み込んだ。小さな星は眩い光を放ち、イジワルダ達は光の中に沈んでいった。
「ぎゃあああああっ!!」
イジワルダとワルイダーの悲鳴が上がった。星が消えると、そこにはイジワルダとワルイダーの姿は消えていた。
「やったのかな……?」
ベニは言った。
「そうみたいね」
「あっ!」
ベニのドレスは再び、光を放つと、元の姿に戻っていた。星型のステッキも消えてしまった。
「消えちゃったね。何だったんだろう」
ベニはユキの方を見た。
「ねえ。ところで魔法少女って何?」
「え?」
「さっき、ユキが言ってたじゃない。戦うヒロイン、魔法少女って」
「うーん。実は私も良く分からないの。勝手に頭の中に浮かんで、思わず叫んだだけなのよ。でも、ベニのあの姿は何か見覚えがあるのよね」
ユキは、うーんと頭を傾げた。
「私も確かに見覚えがあったけど。クロちゃんを見てから……、あっ。クロちゃんは?」
ベニは辺りを探した。すると、ベニが魔方陣を描いたところに、クロがちょこんと座っていた。そして、魔方陣は光り始めた。
「クロちゃん!」
クロは、にゃお~と、お別れの挨拶のような鳴き声を上げて、光の中に消えていった。
「行っちゃった……」
ベニは膝を落として、魔方陣の方を名残惜しそうに見ていた。
「大丈夫よ。クロは召喚獣でしょう。また会えるよ」
ユキはベニの肩をポンと叩いた。
「それにしても、あのワルイダーとかイジワルダって奴ら、私達の事知ってたみたいだし、イジワルダに見つめられたら、急に苦しくなったのは何だったのかしらね」
「うん。胸が苦しくて逃げ出したくなる感じだった」
ベニは自分の胸を拳でギュッと抑えた。
「でも、クロちゃんの光を見て、戦わなきゃいけないって思い出したんだ」
「私もよ。あの光を見て、ベニを守らないといけない、って勇気が湧いてきたのよね。もしかしたら、私達はクロに助けられたのかもね」
ベニとユキはお互いに見合った。そして、ふふふ、と笑いあった。
「おーい!」
その時、遠くからベニとユキを呼ぶ声がした。
「お兄ちゃんっ!」
アル達が帰ってきたのだ。ベニはすっ飛んでアル達の方に行った。
「お兄ちゃん。聞いて聞いてー。今日、凄いことがあったんだよー」
ベニがアル達と話している中、ユキは魔方陣の方を振り返り、じっと見つめていた。
「私達がどんな存在だったのかを思い出せ……、か」
ユキは独り言のように言った。そして、楽しそうに喋っているベニを見た。それは、ユキがずっと探し求めていた光景だったような気がしていた。
ユキは、囚われた魔法少女ベニを取り戻すために何年もの月日をかけて頑張ってきたことをすっかり忘れてしまっていたが、それはもう彼女の中では終わったことだった。今の温かい気持ちがユキの中で残っているだけで、もう良かったのだ。もう、ここには冷たい雪は降っていなかった。
最後にもう一度だけ、ユキはクロが消えていった魔方陣を見た。
「私もベニみたいなのやってみようかな……」
と言って、ユキはナイフをステッキみたいな振ってみた。
「何してるの、ユキ?」
ベニが突然、後ろから声を掛けてきた。ユキはビクッとなって、赤面したが、何でもないとだけ言って、アル達の方へ駆けて行った。
ここまで読んで頂いて本当に有難うございました。
これで本当におしまいです。次回作に乞うご期待!!
それは、ちょうど異世界転生ものの小説のように まゆほん @mayuhon
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